映画雑記Vol.12 いまの日本映画界における“ユーロスペース”の重要性 | 栃木県宇都宮市で攀じるパパクライマー

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映画業界不振が唱えられて久しい中、都内では黙々と閉館や売却、チェーンの改変など日々忙しなく動きをみせている。おいらも6月の最終週に、IMAXシアターをそのまま引き継いで営業していた“テアトルタイムズスクエア”が閉館するとのことでお別れしてきたばかりである(閉館日は830日)。いまの映画界は待っているだけでは商売にならない時代で、自分で知恵を絞って動きださなければ生き残っていくことは難しいだろう。


そういう意味では、B級映画ファン最後の砦“銀座シネパトス”が、名画座宣言したのは頼もしかった。山手線沿いは池袋と渋谷の西側にしか名画座がなかったので、東の名画座として是非シネパトスならではの企画をうち続けて名画座として確立して欲しいものである。


さて、そんな不振の中でも一人勝ちといってもいい状態で、今まさに全盛期を迎えているミニシアターが存在する。それが今日の話題の主役“ユーロスペース”である。数年前まで、渋谷のミニシアターと言えば、“ル・シネマ”や“シネマライズ”が代表格であったが、洋画不振のあおりを受け低迷中。唯一、独自路線で成功を収めているのが“ユーロスペース”である。


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“ユーロスペース”には最近常にお客で溢れいてる印象しかない。この前の6月の最後の土日は“ユーロスペース”に籠もってきたが、やはり全回超満員の大盛況であった。おいらの籠もってきた主たる目的は、クシシュトフ・キェシロフスキ監督特集「キェシロウスキ・プリズム」であったが、キェシロフスキの過去上映されたすべての作品以外に、日本未公開作が5本も上映されるということもあって、完売御礼が出るほどの大盛況。おいらの見た「スタッフ」「平穏」「短い労働の日」という日本未公開作品もやはり1列目両端も見事に埋まっていた。ユーロスペースの成功の鍵はどこにあるのか。おいらは番組編成と作品選びだけでなく長いスパンのビジョンの明確性につきると思う。


まあしかし、まずできるようでできないのが作品選び。“ユーロスペース”の大躍進はミニシアターシネコンビルに移転してからであろうが、移転以降、おいらが“ユーロスペース”で鑑賞した作品を列挙すれば、『サラバンドル』『合唱ができるまで』『素粒子』『絶対の愛』『フランドル』『14歳』『コマンダンテ』『ミリキタニの猫』『ジャーマン+雨』『パレスチナ1948NAKBA』『パーク アンド ラブホテル』『俺たちに明日はないッス』『愛のむきだし』『キャラメル』と、非常に豊かなラインナップとなる。当初は年輩映画ファン向けの洋画作品中心だったが、徐々に全年齢に対応できる作品を選んでくれるようになった。


最近では邦画の上映も増え、若手も若手、これからの監督の作品でも、これはというものがあればズバシと公開するあたり、他のミニシアターと完全に一線を画している。廣末監督の『14歳』や今や映画ファンなら知らない人はいない、自主映画にして公開に踏み切った横浜監督の『ジャーマン+雨』の公開。その先見の明たるや恐れ入るというほかないが、ベテランの作品でも4時間弱の大長編『愛のむきだし』を恐れず公開して、見事にヒットさせてみせた。


極めつけは、ドキュメンタリー映画の尻上がりヒットの連発である。“ユーロスペース”は07年に『ミリキタニの猫』、08に『パレスチナ1948NAKBA』と2年連続で外見上売れる要素が微塵もないドキュメンタリーを、お客の口込みだけでヒットにつなげてみせた。映画館が映画ファンを育て、映画ファンが映画館を後押しする羨ましい構図ができあがっているお客と映画館の信頼関係が確立されてこその現象である。


良い作品だけを選別して公開するだけでも至難の業。自分の目によっぽどの自信がなければ冒険をおかすリスクを取るのは難しい。映画製作にも携わっている“ユーロスペース”ならではだが、冒険をしたところで売れる要素のない作品では、お客は映画館まで足を運ばない。そこで“ユーロスペース”が考えたのが、トークショーなど上映附随物の充実である。先に書いたキェシロフスキ監督特集でも、映画評論家の和久本みさ子さんや東京外国語大学大学院ポーランド文化論教授関口時正さんの話しを聞くことができたし、現在“ユーロスペース”で連日全回満席中の『ウルトラミラクルラブストーリー』だが、あまりに奇想天外な作品なためにネットで?????が飛び交っているのを見て受けるや否や、横浜監督を映画館に呼んでのティーチインを企画。ファンと映画人の交流の場を与える。こういう状況に合わせた企画をスピーディーに打ち出せるのも、“ユーロスペース”が先横浜監督の自主映画を上映する決断をしたからこそである。ここで“ユーロスペース”は映画ファンとの信頼関係のみならず映画監督との信頼関係までも確立していることが伺える。


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おいらなんかからしても『ウルトラミラクルラブストーリー』は宇都宮でも上映されたけれど、横浜監督の作品は『ジャーマン+雨』を見せてくれた“ユーロスペース”で見てこそだなんて言って、一人勝手に恩返ししたりするのである。で、おいらの恩返しを受けた“ユーロスペース”はとなると、横浜監督の上記ティーチインなどを企画して、ティーチイン後も館内に残った横浜監督に直接感想を伝える機会を与えてくれたりするのである。ある意味、映画人と映画館と映画ファンの構図がこれほど上手く機能している状態を目にしたのは初めてだ。


そういえば、先に書いたキェシロフスキ監督特集は、余所の小さな会社の持ち込み企画だったのだけど、キェシロフスキが大好きで大好きで仕方のないその会社の企画担当は、未公開作品も含めた完全な形のキェシロフスキ監督特集上映をやりたいと企画し、それをミニシアターに売って周り、快く引き受けたのが“ユーロスペース”だったなんて話しまである。キェシロフスキ特集はここ最近では毎年のように組まれているので、“ユーロスペース”以外は手をあげなかったのかもしれないが、完全形の特集にヒットの臭いを嗅ぎ当てて、現に満席を連発している状態なのだから、見事というほかない。ある種、映画業界人と映画館の良好な関係というラインまで、ここに見ることができるかもしれない。


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これだけでもう十分であるわけだけど、“ユーロスペース”はこれだけでは終わらない。おいらの6月の“ユーロスペース”籠もりは、キェシロフスキ監督特集上映と『ウルトラミラクルラブストーリー』の5本では終わらなかった。それが“東京藝術大学大学院映像研究科 映画専攻第三期生修了制作展”で上映された作品『セジと少年合唱団』である。本制作展は、一週間に渡って第三期生五人の修了制作を上映する催しだが、その催しに“ユーロスペース”が場所を提供している。おいらが観た回では、第三期生五人と諏訪敦彦映画監督との対談もとい諏訪監督からの批評というか修了生への生ダメ出しが聞けるとても面白い上映回であった。東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻第三期生は、北野武や黒沢清から直接指導受けた生徒たちだが、こういった映画界の将来に目を向けているのも“ユーロスペース”の一側面である。


映画人を育成し、映画ファンを育成し、映画人と映画ファンの交流の架け橋を築き、面白い企画で他を凌駕する映画館“ユーロスペース”。長期スパンで積み上げてきたものが、いま花開き、まさに最上というほかない。いまの日本映画界における“ユーロスペース”の重要性はあまりにも高い。このまま継続維持していって欲しいと願ってやみません。応援しております。(おわり)