やっとこさPC前を確保!
今週は忙しかった~
お仕事もプライベートも楽しい時間がいっぱいでした(^^)
仕事のほうは週開けたらお知らせできると思いますが
ひさしぶりにバイク関連のことしゃべってきたよ♪
嬉しい再会もあり笑いっぱなしの時間でした。
実は最近ようやく鉄馬活も復活できるかなぁ~と思い始め
少しずつですが準備をしております。
まぁそのへんの話はまた別の機会に書くとしてw
今日はカッパドキアならではの風景をたっぷりご紹介!
ってかさ、トルコ旅からすでに2週間たってるワケで
ホントに報告遅すぎよね(;´Д`)
働く主婦はホントに忙しいのよーお許しを!
さて、カッパドキア。
前回も書いたとおり
観光客にとってのカッパドキアといえば
きっとこれでしょ
(フリー素材でcat_collectorさんのお借りしました)
自分で撮った写真はないよ
だって前回書いたとおり乗ってないからw
(6歳以上しか乗れません)
カッパドキアの奇岩群は世界遺産に登録されていて
それらを空から眺めることのできる気球ツアーは大人気!
で、気球に乗らなかったワタシは
ひたすら下からこの奇岩群を見あげまくったわけです。
まずは写真から。
なにに見える?
しめじ。。。。だよね!
これは?
とぉ~くに見える。。。ほら、あの動物。。。
ガイドブックにもよく出てる「ラクダ岩」。。。たしかにw
ほかにもいろんなカタチがあります。
窓のようなものが掘られているのは住居跡
長い年月がたっていろんな不思議なカタチになる岩だから
人間が掘ることができた、んだよね。
下のほうから削れていってるのわかるかな?
しめじたちをよく見ると地層の線がわかると思います
これも前回ちょっと書きましたが
カッパドキアにあった活火山からの噴火で降り積もった火山灰
その上に溶岩、それぞれ地層ができるワケですよね
それで出来上がった岩山が長い年月かけて雨や風にうたれ
少しずつ侵食されるっていうのかな?
弱い部分から崩れていく(削れていく)ことになるワケで
結果、こういうカタチができてくる、と。
ガイドさんが言ってたことばですが
「これからも風雨がある限りどんどんカタチは変わっていく
いまと同じ景色がいつまでも観られるわけじゃないんです」
って。たしかにそうだよね。
数年後に行ったらもうラクダやしめじじゃなくなってるかもしれない
いや、実際にはたかだか数年で崩れてしまうようなものではないのだろうけど
自然が造るものだからこそ。
このカッパドキアならではの風土?とどう共存するか?
考えた結果、岩山を壊して街を造りそこに一から住居を造るより
凝灰岩を削ってそこにコミュニティを築く方が容易である
そう考えたひとたちが造った住居跡、教会。。。。
「オルタヒサル」という地域を眺められる場所から。
オルタ=中央 ヒサル=砦 つまり「中央の砦」
ウチヒサル(尖った砦)という地域もあって
どちらもいわゆる観光名所だそうです。
ちょっとこれも見てくれる?
ねぇ、すごい違和感じゃない?
なんかね、現代人がいちゃいけないというか
居てもいい人間の種類が違うというか
なんともいえない。。。。こう、違和感がありました。
人間が造った場所、なんだけど、自然と共存できた人間がいた場所
って言えばいいのかなぁ。。。。
現在はこれらの建造物?をいかに保存し活かしていくかを考えた結果
ホテルになっていってるものが多いそう。
またあとで紹介するけどワタシたちも泊まった
洞窟ホテルと呼ばれるものです。
で、野外博物館という施設になっている場所もいくつかあります。
ワタシたちが行ったのはメジャーなギョレメの野外博物館。
ギョレメの谷にはたくさんの岩窟教会なるものがあって
多くのフレスコ画が残されています。
フレスコ画。。。知ってる?
Weblioさんによりますと「新鮮なという意味のイタリア語。漆喰を壁に塗り乾かないうちに絵具でじかに絵を描く」
などなどと説明されております。
残念ながらフレスコ画は撮影禁止なので撮れませんでしたが
それはそれは見事でした。
ガイドブックなんかでは写真が紹介されてるので
よかったら見てみてください。
こんなに色鮮やかにいい状態で保たれているのは
岩窟教会、岩山を掘って造られた暗闇の中だったから
と考えられているそうです。
比較的見やすく、子供も行きやすい場所。
でも4歳児にはちょっと怖かったみたい(^▽^;)
住居跡を見てみると
大人数で食事したことが分かるダイニングテーブル
ホントにすべてに工夫が凝らされていて驚かされます。
自分たちの生活と比べるとね。。。。
生きている中で数あるものを選びながらの生活
生きていくために必要なものを造り出していく生活
どちらがゆたかなんだろう?
どちらが不便なんだろう?
もちろんカッパドキアで暮らした当時の方々の置かれた状況は
ワタシたちのいまとはまったく違うもので
ゆたかだなんて考えられる余裕もなかったかもしれない
でもね。
カッパドキアで見たもの、知ったこと、感じたことは
あとからどんどんワタシを侵食していってますw
絶対にまた行く。
あーいかん、やっぱ長くなるなぁ( ̄_ ̄ i)
そしてタイムアップだ。
そろそろ主婦のお仕事に戻らなくては(iДi)
トルコ旅のパートナーだった4歳児が限界のようです。
急いで夕飯の支度しよう!
あ、タイトルに偽りありだ!
ぶどうの話どころか洞窟の話までも辿り着かなかった∑(゚Д゚)
続きは夜中にでもかくとするかφ(.. )
今週は忙しかった~
お仕事もプライベートも楽しい時間がいっぱいでした(^^)
仕事のほうは週開けたらお知らせできると思いますが
ひさしぶりにバイク関連のことしゃべってきたよ♪
嬉しい再会もあり笑いっぱなしの時間でした。
実は最近ようやく鉄馬活も復活できるかなぁ~と思い始め
少しずつですが準備をしております。
まぁそのへんの話はまた別の機会に書くとしてw
今日はカッパドキアならではの風景をたっぷりご紹介!
ってかさ、トルコ旅からすでに2週間たってるワケで
ホントに報告遅すぎよね(;´Д`)
働く主婦はホントに忙しいのよーお許しを!
さて、カッパドキア。
前回も書いたとおり
観光客にとってのカッパドキアといえば
きっとこれでしょ
(フリー素材でcat_collectorさんのお借りしました)
自分で撮った写真はないよ
だって前回書いたとおり乗ってないからw
(6歳以上しか乗れません)
カッパドキアの奇岩群は世界遺産に登録されていて
それらを空から眺めることのできる気球ツアーは大人気!
で、気球に乗らなかったワタシは
ひたすら下からこの奇岩群を見あげまくったわけです。
まずは写真から。
なにに見える?
しめじ。。。。だよね!
これは?
とぉ~くに見える。。。ほら、あの動物。。。
ガイドブックにもよく出てる「ラクダ岩」。。。たしかにw
ほかにもいろんなカタチがあります。
窓のようなものが掘られているのは住居跡
長い年月がたっていろんな不思議なカタチになる岩だから
人間が掘ることができた、んだよね。
下のほうから削れていってるのわかるかな?
しめじたちをよく見ると地層の線がわかると思います
これも前回ちょっと書きましたが
カッパドキアにあった活火山からの噴火で降り積もった火山灰
その上に溶岩、それぞれ地層ができるワケですよね
それで出来上がった岩山が長い年月かけて雨や風にうたれ
少しずつ侵食されるっていうのかな?
弱い部分から崩れていく(削れていく)ことになるワケで
結果、こういうカタチができてくる、と。
ガイドさんが言ってたことばですが
「これからも風雨がある限りどんどんカタチは変わっていく
いまと同じ景色がいつまでも観られるわけじゃないんです」
って。たしかにそうだよね。
数年後に行ったらもうラクダやしめじじゃなくなってるかもしれない
いや、実際にはたかだか数年で崩れてしまうようなものではないのだろうけど
自然が造るものだからこそ。
このカッパドキアならではの風土?とどう共存するか?
考えた結果、岩山を壊して街を造りそこに一から住居を造るより
凝灰岩を削ってそこにコミュニティを築く方が容易である
そう考えたひとたちが造った住居跡、教会。。。。
「オルタヒサル」という地域を眺められる場所から。
オルタ=中央 ヒサル=砦 つまり「中央の砦」
ウチヒサル(尖った砦)という地域もあって
どちらもいわゆる観光名所だそうです。
ちょっとこれも見てくれる?
ねぇ、すごい違和感じゃない?
なんかね、現代人がいちゃいけないというか
居てもいい人間の種類が違うというか
なんともいえない。。。。こう、違和感がありました。
人間が造った場所、なんだけど、自然と共存できた人間がいた場所
って言えばいいのかなぁ。。。。
現在はこれらの建造物?をいかに保存し活かしていくかを考えた結果
ホテルになっていってるものが多いそう。
またあとで紹介するけどワタシたちも泊まった
洞窟ホテルと呼ばれるものです。
で、野外博物館という施設になっている場所もいくつかあります。
ワタシたちが行ったのはメジャーなギョレメの野外博物館。
ギョレメの谷にはたくさんの岩窟教会なるものがあって
多くのフレスコ画が残されています。
フレスコ画。。。知ってる?
Weblioさんによりますと「新鮮なという意味のイタリア語。漆喰を壁に塗り乾かないうちに絵具でじかに絵を描く」
などなどと説明されております。
残念ながらフレスコ画は撮影禁止なので撮れませんでしたが
それはそれは見事でした。
ガイドブックなんかでは写真が紹介されてるので
よかったら見てみてください。
こんなに色鮮やかにいい状態で保たれているのは
岩窟教会、岩山を掘って造られた暗闇の中だったから
と考えられているそうです。
比較的見やすく、子供も行きやすい場所。
でも4歳児にはちょっと怖かったみたい(^▽^;)
住居跡を見てみると
大人数で食事したことが分かるダイニングテーブル
ホントにすべてに工夫が凝らされていて驚かされます。
自分たちの生活と比べるとね。。。。
生きている中で数あるものを選びながらの生活
生きていくために必要なものを造り出していく生活
どちらがゆたかなんだろう?
どちらが不便なんだろう?
もちろんカッパドキアで暮らした当時の方々の置かれた状況は
ワタシたちのいまとはまったく違うもので
ゆたかだなんて考えられる余裕もなかったかもしれない
でもね。
カッパドキアで見たもの、知ったこと、感じたことは
あとからどんどんワタシを侵食していってますw
絶対にまた行く。
あーいかん、やっぱ長くなるなぁ( ̄_ ̄ i)
そしてタイムアップだ。
そろそろ主婦のお仕事に戻らなくては(iДi)
トルコ旅のパートナーだった4歳児が限界のようです。
急いで夕飯の支度しよう!
あ、タイトルに偽りありだ!
ぶどうの話どころか洞窟の話までも辿り着かなかった∑(゚Д゚)
続きは夜中にでもかくとするかφ(.. )