1955年にロックンロールのヒット曲が生まれたといっても、トップ10に入ったのは年間で数曲のレベル。
主流はまだまだ従来スタイルのスタンダードなポップスでした。
1955年の年間1位
●Cherry Pink and Apple Blossom White / Perez ‘Prez’ Prado (and His Orchestra)
2位 ロック・アラウンド・ザ・クロック
(前回掲載)
3位
●The Yellow Rose of Texas / Mitch Miller (and His Orchestra and Chorus)
そんな中、誰もがロックンロールに熱狂することになる大スターが生まれます。
そう、エルヴィス・プレスリーです。
特にロックンロール=不良男子が聴くもの、というイメージだったものを、彼は一般女性にまでファン層を広げました。
エルヴィスは1954年からサンレコードに所属し、「that's all right」などのローカルヒットを生んでいましたが、大ブレイクするのはRCAレコードに移籍した後の1956年からです。
1956年1月28日。
エルヴィスはテレビに初出演しました。
その時の放送がこちらです。
当時、真面目なポップシンガーしか見たことの無かった人々に、この放送がどれほどのインパクトを与えたでしょうか。
エルヴィスの前には誰もいなかったのです。
●歌声
この放送で歌ったのは、
シェイク・ラトル・アンド・ロールと
フリップ・フロップ・アンド・フライ
という曲のメドレーでした。
どちらも、ビッグ・ジョー・ターナーという黒人R&Bシンガーのヒット曲です。
しかし、前々回③でご紹介したR&B曲の白人カバーとはまるで違いますね。
エルヴィスは、黒人のリズム感、ブルーノートスケールの届きそうで届かないブルージーさを、初めて自然に表現した白人でした。
余談ですが、エルヴィスの素晴らしいところについて、その年代をリアルタイムに生きた母がこう言っていました。
「プレスリーはバラードも歌えるし、激しいのも歌えるから好きやねん」と。
おかん、分かってるやないか!(笑)
もう1つ、歌声に関するエピソードを。
1956年にカール・パーキンスというロックンローラーが全米2位になる大ヒットを生みます。
●ブルー・スウェード・シューズ / カール・パーキンス
その後に発売されたエルヴィスのカバーバージョンがこちら。
全米20位まで上昇しました。
これを聴いたカール・パーキンスが当時、
「もしエルヴィスの盤が先に発売されていたら、僕の盤が売れることはなかっただろう」
と言っています。
それほどに、エルヴィスが歌うロックンロールは頭1つ抜けていました。
●ルックス
ロックンロール元年の1955年に、一人の映画俳優が大ブレイクします。(このことが同時期であることも運命を感じます)
ジェームス・ディーンです。
「エデンの東」
「理由なき反抗」が公開され、若者のカリスマとなりました。
主演三作目となる「ジァイアンツ」の撮影が終わった後の55年9月30日、自動車事故で余りにも短い生涯を閉じました。
悲しみにくれていた若者に、翌年のエルヴィスの登場がどれほど希望を与えたでしょうか。
エルヴィスは、ジェームスディーンにも通じる若者の危うさと、寂しさを表現していたように思います。
自分たちの代弁者、カリスマが現れたのです。
歌声、ルックス、パフォーマンス、すべてを持つ大スターが誕生しました。
そして同年4月、ついにエルヴィス初のナンバー1ヒットが生まれます。
★Heartbreak hotel / 56年 全米8週1位
この後も56年だけで、4曲のNo.1ヒットを生みました。
★I want you, I need you,I love you / 1週1位
★Don't be cruel / 11週1位
(この連続1位記録は、なんと1992年の「Boys Ⅱ Men」の「End of the road」まで、36年間破られることはありませんでした)
★Hound dog (Don't be cruelとの両A面1位)
これは彼が動きに対して制限をかけられてしまう前の最高のパフォーマンスだと思います。
★Love me tender / 5週1位
1956年にエルヴィスが獲得した全米1位の週数は25週間。
一年間は52週なので、なんとほぼ半分をエルヴィスが占めたことになります。
まさにロックンロールの大スターが登場したのでした。
最後にエルヴィスの大好きなエピソードを。
彼が初めてツアーに出た頃、バックコーラスで連れていた黒人女性三名に対して、ツアー先の白人プロモーターから「黒人は連れてこないでくれ」と言われたことが度々あったそうです。
彼は激怒し「彼女たちが行けないなら僕も行かない」と言い。慌てたプロモーターが、謝罪しても、お金を積んでも、絶対に許さなかったそうです。
まさに、キング・オブ・ロックンロール!
chuma@WDRS