あれ?
龍蔵のこと?
と思われそう?

しかし、いいえ、
龍蔵ではなく、
ひとりの、「普通の」
「徳島のおじさん」のことだ。

木々が少し茂ったところを歩き

チャリ(自転車)を押したおじさんにばったり、

「おじさん」は立ち止まっており、
チャリにとこかへ、仕入れにでも
行くような「商品」らしきものが見える、

「おじさん」の足元に
丸々した「二人」の可愛いハトさんが
美味しいそうに穀物らしいものを食べている

「可愛い!」
と思わず言った。

すると、「おじさん」は
「ひとり」のハトさんを指さし
「ケガをしているから、皆と一緒では
食べ損なうから・・・」

ケガのハトさんへの「特別配達」だった、
やさしい「ハトおじさん」だった!

僕も 仕事帰り
「ネコ弁当」配達しており、
話が盛り上がった:

徳島にもハトさん、ネコさんたちを
いじめる連中がいるのだった、

「地球は人間だけのものだと 思っちょるんだ!」
と「おじさん」は憤慨している、

「地球は人間だけのものじゃない、
生き物皆のものだ!」 と

やさしい「おじさん」から
力強い発言を聞き、
僕ははっとした!名言だ!

おじさんは、これから、
ハトの皆さんに「お弁当配達」だ、と
「皆待っちょるんだから」 

「放っておけない」 と言い
大変礼儀正しくあいさつし、
去って行った・・・

チャリに積であったのは
ハトの皆さんの食事だった!

ハトの群れが、
元気よく、空を飛んでいた・・・
「おじさん」が可愛いがっている
幸せなハトさんたちだ!

普通の、素朴な「徳島おじさん」が
地球のことを視野に、
日々「エコ」「環境保護」に励む
その姿は感動的だ!

その勇気と行動力に
最敬礼!

・・・・・・・・・・

 「徳島の ハトおじさん」 の名言格言:

「地球は人間だけのものじゃない、
生き物みんな のものだ」

「彼らを放っておけない」

徳島の普通のおじさんが発した
こころに滲みる名言格言だ!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

          



 龍蔵の「独学」「無学歴」とは?
 その真相を探りましょう!

  
    


         鳥居龍蔵 さん
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



普通、「独学」・「無学歴」 

と 聞くと、

学校勉学を一切拒否、
独自流に「研鑽」した「偏屈者」・・・

そんなものが想像されそう。

・・・・・・・

しかし、龍蔵の場合、全く違う:

彼は、
いわゆる「学校の勉学」すべてを
学校の教師の指導を受け
(「家庭教師」 という形で)
恐ろしいスピードで全部修了! 

基礎になるものは
龍蔵はけっして手抜きしない!

「証書」はもたないものの
その習得能力は群を抜く。

「小学中退」の原因は
学校の勉学が「緩慢」すぎて、
我慢ならないためだった。

その「超人的学習能力」は
坪井さんに勧められ
東大で勉学した時にも
恐るべきものだった:

「人類学」研究のの基礎
となる科目すべてを
龍蔵は貪婪に、猛スピードで
学習した、

「医学」「解剖学」「地質学」・・・などなど

これらは、
龍蔵のその後の調査研究で
みごと生かされた:

発掘で骨の破片ひとつ見つければ
それが、「人」か他の「動物」か
すぐ見分ける、

それに止まらず、
体のどの部分の、なんと言う「骨」かも
たちまち明らかにする。

発掘現地土壌の構成も
どういう地質で、
どういう物質構成で
どの時代の地層なのか、
一目瞭然!

・・・・・・・・・

以上をまとめると、

・・・・・・・・・・・・・・

龍蔵の「独学」「無学歴」 とは

その習得「スタイル」と「スピード」が
違うだけであり、

分かりやすく表現すれば
龍蔵は「教育システム」に
「拘束」されることはなかったが、

そのシステムにある「栄養分」は
しっかり吸収したのだ!

「人類学研究」に必要となる
すべての「基礎勉強」を
手抜きなく、しっかり身につけたのだ。

いわば、
龍蔵は、非常に几帳面に・厳正に
すべて基礎なる知識を習得した
すなわち、
当時の「教育インフラ」の「頂点」に
至るまで」漏れなく吸収した。

だから、
「独学」「無学歴」から想像される
「偏屈もの野人」などとは無縁な

れっきとした
最高な教養?を身につけた
最高な?「文化人」であります。

学歴として
龍蔵は東大の「博士」号をもつ。

・・・・・・・・

龍蔵の「学力」を示すのは
「卒業証書」ではなく、

その調査研究における
「空前絶後」といえる
その「実用・応用」能力でしょう。

これこそが、
龍蔵の「偉大なる実績」の
ゆえんのひとつでは?

実力を伴わない「卒業証書」は
単なる「紙一枚」に過ぎない。

・・・・・・・・

龍蔵曰く:
「私は 卒業証書や肩書きで生活しない」

龍蔵は自分の生涯をもって
これを貫いた。

・・・・・・・・・

幼い時から、
「卒業証書」に興味なく、
「合わない」と感じたら
すぐ去ってゆく、

その早熟も、奇異であろう!

・・・・・・・・・・・・

鳥居龍蔵の「独学」「無学歴」につき
多くの「誤解」「勘違い」があると聞き、

本篇にて、
龍蔵の「独学」「無学歴」の実態を
ご紹介させていただきました。

正確に 龍蔵を知ることは
龍蔵とその学問 を理解することに
つながりますから。

まとめは、上記 
 部分です。

以上どうぞよろしくお願いいたします!

ご貴重なお話くださった皆さん
本当にありがとうございます!

「希望の星」龍雄のパリ夭折
これを「きっかけ」に (他篇既述)

「厳しい」?教育パパ から
「温存」のパパに変わり

「凡庸な父親」として
これまで「落ちこぼれ」となった
「鬼畜」(他篇既述)などを
「長期にわたり」「温存」

実質、なんら学問的「生産性」も
期待できずの「遊び人居候鬼畜」を
「人員整理」せず

ハーバード燕京研究所就任にまで
抱えて行き
「扶養」し続けた!

「鬼畜」はその「顔」、その「蟹股」で
「交際」に走りまくった!
ハーバード燕京学園内の
「醜痴」ものだった!

「コスト計算」のできない、しない
龍蔵家の最大支出をし続け
その経済的「破綻」の基を作った:

「着倒れ」「食い倒れ」の「鬼畜」の
「『交際』活動費」「生活費」全部を
出してあげ、家計を崩していった。

帰国後のそのほぼ「無一文」の
救いようのない「貧困基盤」を敷いたのだ!

龍蔵は自身の調査研究に励み
気がつかないうち
その「マイ・ホーム」は 

実質、「わが子」を甘やかす
「遊び人難民収容所」
「居候の溜まり場」に化していた

「鬼畜」の日々「終日」の「交際」に
莫大な「交際費」が重なり
それは全部龍蔵持ちだった・・・

これを見抜いた教え子たちなど
心配したが、口出しできなかった、
他人の家計だもの!

・・・・・・・・

このようにして、
偉大なる鳥居龍蔵は
生涯にわたって、

働かない「わが子」に限って
それらの生活の面倒を見続け、

長男を失ったこころの傷を
埋めようとしていた?

龍蔵本人は無意識かも知れないが
岡目八目、
教え子の皆さん、親友の皆さんには
ありあり、はっきり見えた:

失った「ダイヤ」の代わりに 
「くず」を温存し、こころの傷を
埋めようとしていたそうだ?

「巣立ち」しない「わが子」への「温存」は
「鬼畜」の毒を今日まで「流毒」させた。

そうして、龍蔵は
家庭内「鬼畜ドラキュラ」により
血を吸い尽くされた。

・・・・・・・・・・・・・

偉大なる鳥居龍蔵も
ただの 「親」だから
「親ばか」をしても 仕方ない?

天才・超人の鳥居龍蔵も
人間であり、
「神」ではないのだ?


ケッセラセラ、ケッセラセラ ・・・

・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・

貴重なお話くださった皆さん
龍蔵家族の真実を明かし、
情報提供くださり
本当にありがとうございます!

龍蔵一家を身近に見て
お付き合いしてきたからこそ
皆さんの家族の中の話題として
今も存続したのである。

本当にありがとうございます!

どうぞよろしくお願い致します!

・・・・・・・・・・・・・・
希望の星
「後継者」と期待した
長男龍雄の パリ夭折、

なにも語らず
物思いにふけた龍蔵
ひとり客間の「ソファー」で

そんな龍蔵の痛々しい姿を見て
きみ子夫人はとても心配だった、
しかし、慰めのことばはなかった:

きみ子夫人だって
こころが涙に浸かっていた・・・

そうして、同年の秋?
龍蔵は予定とおり
中国東北部人類学調査に出かけた

こころ ぼろぼろ の龍は
再び空に飛び立った!

これを境に、
龍蔵の子供たちへの接し方は
まったく変わった!

元は、「厳しい教育パパ」として
これもあれもと、わが子に
できるだけ多くのことを学ばせ
才能発揮を期待した、

ピアノ・浮世絵・語学・・・
龍蔵自身のような
抜群な習得能力を見計らったが、

「野生児」以外
すべて龍蔵似の長男龍雄 と
芸術的才能卓越なみどり は
その教育についてきたが、

残りは「落ちこぼれ」、ひがんだ。

・・・・・・・・

龍雄は
勉学においても
頭脳抜群で 常に楽々トップ

かつスポーツ万能、
性格も明るくやさしい

フランス留学中
フランス語での勉学にかかわらず
フランス人学生を超え、またトップ

早々教授の目にとどまり
大学での教職もほぼ予定された。

・・・・・・・・

この唯一後継者になりうる資質の
龍雄の夭折は
龍蔵の命運を変えた:

・ すべて自分でやり尽くすしかない、
  「後継者」はもういない!
  「生涯現役」しかない!

・・・・・・・・・・

・ 「わが子」 は、
  龍雄ほど優秀でなくてよい
  落ちこぼれでも 「『鬼畜』でも、なんでもよい」?

  ただ、ただ、生きていてほしい
  そんな哀切な父親の心情になった?

・・・・・・・・・・・・・

その後、龍蔵の 「わが子」への
接し方の「激変」に、
きみ子夫人も気付き、驚いた!

「勉学のこと、一切言わなくなった!」
ときみ子夫人は絶句した!

そこにいたのは、
「希望の星」で 最愛の?
長男の夭折から 「現れた」

ひとりの 「凡庸な」父親の
「孤独で悲しい」姿なのだ!

「凡庸な父親」である龍蔵だから
「鬼畜」を温存した?

「希望の星」を失ったその悲しい胸中は
同情の「余地」あり としても

「鬼畜」は「鬼畜」で
「希望の星」代わりにはなれない、

その「分別」がつかなかった ことは
龍蔵が 「凡庸な父親」
即 ごく「普通な父親」 である
証明なのだ。

・・・・・・・・・

いくら「明晰な頭脳」であっても
「わが子」 となったら
分別がつかなくなる~

「理性」も 「知性」も
すべてを割り切れるものではあるまい!

これこそは 世間の全て?の親が
「親ばか」であるゆえん なのであろうか?


ケッセラセラ、ケッセラセラ・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・


思うままの 
こどもっぽい タイトルごめん!

「直情的」 は 
あざらし の本性だった!

鳥居龍蔵と出会い
素人の僕は
これまではずっと
「熱烈なファン」として
綴ってきました が、

取材などにより、
龍蔵と親しかった人々
彼らの親族から
さまざま 生々しいお話を
貪婪に聞き、
真偽確認もし

そこで、もう一人の
僕がけっして
好まない鳥居龍蔵が
浮かび上がったのだ!

それは、龍蔵の
「わが子」を甘やかし、
と同時に
「わが子」への甘え

今風に言うと
子の「親離れ」
親の「子離れ」を
しっかりされていない点

「永遠の鳥居研究所」だと
龍蔵は夢見ていたかも?

しかし、親は親、子は子
それぞれ自分の道があるはず、

自分の道を捨ててまでの
親孝行は好ましいとは思えないし

と同時に、いつになっても、
親元で居候するものは、
躊躇なく「追い出すべし」

例え社会的条件が今ほど
生活しやすくないとしても、
補佐しながら自立させるべし

そこで見る龍蔵の「優柔不断」
限りない「わが子」への「甘やかし」は
評価できないと思います:

「わが子」であろうと、
生き物への「残忍さ」は許容外
それを容認し、
わんこ・カナリアたちを犠牲にしたのは
許せない。

・・・・・・・・

明治人らしく、
龍蔵は「忍耐強い」
家庭では金銭他ほぼ一切
口を出さないようだ(きみ子夫人曰く)

僕からすると、
残忍性明らかなものに対し
「出てゆけ!」と 怒鳴り
追い出すのが当たり前だし、

病気したら、
「医者を呼んで来い」と
指示を出すのも当たり前、

家庭内におけるそういう遠慮は
不要で、感情を表現するのも
当たり前・・・

家庭内の龍蔵の、
「はっきりしない」?振る舞いは
僕は好きではない。

これが、結局
龍蔵自身の命取りになった?
と関連つけられても仕方がない?

学問につき、
龍蔵は非常に「きりっとして」
「学問の真実」を守り通すが、

家庭では、たぶん「仕事外」だと
見なし、神経を使わない?
使えたくない? のだった?

僕には、それが
「煮えきれない」 に見えるのだ!

単純にまとめると
「わんこ・カナリア は 最も大事」

「鬼畜」とのつながりは、
最早時点、断絶すべし!

それをしなかったため、
その「流毒」は今まで続いた!

・・・・・・・・・・・

ワンコ・カナリア件は
周囲友人・近親者たちを
怒り震わせるものだった!

あざらしの「親戚」「同類」にあたる
わんこ・カナリア たち だから
僕はなおのこと、怒り狂う!

・・・・・・・・・・・・・・・

よって
家庭内における
「煮えきれない」龍蔵を
僕は大嫌い!

・・・・・・・・・・・・・・

しかし、
何にも恐れることなく
「学問の真実」 を守り通す
龍蔵は
実にかっこいい! と
心底思うのだ!

・・・・・・・・・・・・

まっ反対の情感をもちながら、
綴ってゆきます、
「偉大なる龍蔵」 のことを・・・

これこそは
この世の真実では?

100% のものは この世にない?

・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・