鳥居龍蔵は
幼少時から歴史に興味を持ち
十代で地元の発掘に参加、
25歳より海外調査をはじめた、

それから、人生の大部分を
度重なる海外調査に費やした、
それも、戦乱の中・・・

日本全国各地ですら 味つけは様々、
海外はなおのこと、
味付けの種類は数知れない。

海外踏破の龍蔵、
歩んできたのは辛い道?甘い道?

台湾はおおよそ甘い、と言われるが、
中国の四川省など、辛いのは有名、

数ヶ月にわたる西南中国調査、
辛さを避けきるのはむりであろう?

すなわち、辛さも甘さも
龍蔵は満喫してきたはず、

だから、龍蔵は辛党でもあれば、
甘党でもある、と言える。
どちら一方だった、とは言いがたい。


自宅にいる時、龍蔵に「選択権」あり、
そのほうが、龍蔵の味の好みが分かる:

これも意外や意外
龍蔵は、大の甘党だった!

和菓子も洋菓子も大好き、
コーヒーも紅茶も、
お砂糖とミルクたっぷりで頂く、

お料理も和洋中なんでもよく、
味付けにクレームしたことなし、

なんでも「美味しい、美味しい!」
だからきみ子夫人はとても楽だった!

結婚当初からそうだったので、
きみ子夫人はいつも楽しく料理した。

きみ子夫人の味付けはまろやか、
お客さんたちをも魅了した。

人生の大半を海外調査に奔走する龍蔵
この穏やかな家庭生活は
こよなく幸せで楽しいものと感じ
龍蔵は大変満足していたようだ!

そのため日々苦心したきみ子夫人あり!

さて、結論は?

龍蔵は、甘党には間違いないが、

なんでも美味しく食べる
大変幸せな「雑食動物」(失礼!)なのだ!

お話くださった方、ありがとう!

※ 雑食動物のあざらし、ほっとしたよ!


















縦横無尽に飛んだ龍
破竹の勢いの人類学調査、

このイメージで行くと、
大酒飲みで女好きのはず?

古来、「英雄」 すなわち大事業を
成し遂げた人々は 大体
大酒飲みで女好き だから?

例えば、日本でもなじみ深い
中国の歴史上有名な、楚の「覇王」は
まさにそのような「英雄」なのだ

悲劇的な最後、
最愛の姫の「お別れの舞」のあと、
覇王は大酒を飲み、旅立った・・・

涙ぐましい英雄・酒と女 の物語だ。

龍蔵に話を戻す:

意外や意外、
龍蔵はお酒はほとんど飲めず、
女のうわさも皆無・・・

龍蔵が ほれにほれ込んだのは 人類学
それ一筋で、よそ見などの暇なし!

お酒が飲めず、各地の調査に招かれ
歓迎会などさまざまの会合には
楽しく出席、皆さんとお話に花を咲かせたが
お酒は飲めなかった

しかし、龍蔵は
そういう場の雰囲気は大好きで、
思う存分楽しんでいた、

だんだん、皆が酔ってきて、

普通は 取材の新聞記者の方々が
一番先に酔って、

ふらふら龍蔵の前にきて座り
「鳥居博士」「鳥居博士」といい
にこにこしゃべり出す、

彼らが酔っていると知りながら
龍蔵はちゃんと一緒に話す、


時間が経つと、地元の方々も酔って、
すっかりくつろぎ にぎやかになる・・・

そういう時、
皆が自分に遠慮するといけないから、
龍蔵は こっそり去ってゆくのだ・・・

案の定、後から豪快な民謡・大笑いなどが
深夜まで続いたそうだ、

だから、龍蔵がきた機に、皆が
久しぶりに 大いにお酒を楽しんだようだ。

龍蔵は、お酒は飲まないが
皆さんとの交流を思い切り楽しんだのだ。

飲まずして、ノミュニケーションもOK!

そんなやさしく・大らかな龍蔵は皆に好かれた!


以上 龍蔵とお酒の物語でした。



貴重なお話を頂いた方々、ありがとう!


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鳥居龍蔵の人類学現地調査(フイールドワーク)
その主な部分は海外だが、

しかし
日本国内調査においても
国内専門の学者に
遜色をとらないほど
大変エネルギッシュに行った、

日本列島をほぼ踏破している
といっても決して言いすぎではない。

ただし、鳥居龍蔵の生涯において
その調査の主要部分は海外である:

龍蔵がかけた時間
行った地域の広さ、回数もはもちろんのこと、

彼の調査のだんとつした点は
ムダのない、効率のよいこと と
そ結果としての実績である。

今のことばで言えば、
だんとつした「生産性」を持つ調査である。

その「自然科学者」的方法論
語学堪能で横断的学問基礎力あって
こそ成しえた海外調査の偉績である。

いうまでもなく、
その人間性・ハート、
多文化受容の柔軟性、
強靭な体力・精神力・・・も必須条件だが、

戦乱の時代に、アジアも、欧州も「戦乱」
その中での調査実績は 正に空前絶後である。

だから、世界的に高い評価を得たのである。

・・・・・・

上述部分を述べたのは
他篇既述、ネット上の改ざん:

専門家の原文内容は 上述とおり、
すなわち、鳥居龍蔵の実績は

海外のみならず、
日本国内の実績も負けていない、というものを

・・・・・・

「龍蔵の実績はほとんど日本国内だ」と
改ざんされた

ネット上「WIKIPEDIA」という項目のこの部分。


・・・・・・

この改ざん者はきわめてしつこく、
一回どころか、度重ねて改ざんを行い、
元筆者が修正をすれば、必ず
又改ざんし続ける・・・
時々刻々そこに張り付いているがごとく・・・

単なる「いたずら」とは思えないほどだ。

単純に考えれば、
どうしても鳥居龍蔵の
偉大なる実績を認めたくない のが動機か?
「そんなこと できるわけがな~い」という
「声」が聞こえてきそう・・・

なんで、鳥居龍蔵と 力比べしたいのかは不明だが?
やきもち、嫉妬心 は「自然発生」する
とも言われるが・・・

・・・・・・その動機はさておき・・・

だから、今、ネット上、
「鳥居龍蔵」人名で検索すれば、
この「改ざん者」の改ざん文が
「WIKIPEDIA」のトップに現れる。


これは鳥居龍蔵活動経歴に関する
真っ赤なうそであることは、
周知の事実である(年表でも一目瞭然)

だから 専門家は
皆さんに、ネット上の情報がどれほど
「不確実」で、うそまじりのものかを
知ってもらうため、
そのまま 放置したほうが効果的と思った。

ぜひ、この「生の反面教師」をご参照ください。


ちなみに、「WIKIPEDIA」はどういうもの?
これは 「任意編集」「管理者不在」のサイト

誰でも加筆・改ざんできるサイトである。
その内容管理は全くなし。誰かを貶したい時
利用し放題のシステムといえる。

サイトの英文名称は
「百科全書」の英文に似させたもので
さも「権威性」でもあるかのよう
勘違いされやすいが、

その実態は上述とおりで、
いい意味でも悪い意味でも
「無責任編集」の「無責任サイト」といえる。


このようなサイトはネット上
無数にあるかもしれない

この「生の反面教師」を大いに参考して

皆さんとご一緒に気をつけてゆきたい!


情報ご提供の方、ありがとう!


天才科学者鳥居龍蔵
その金銭感覚・金銭管理は?

鳥居一家と親しい方々によると
龍蔵が、給料をもらえば、
持ち帰り、そのまま
全額きみ子夫人に渡す。

それをどう使うかなど
口を出したことが一度もないそうだ!

そんな「さっぱり」した龍蔵を
きみ子夫人の評価は高い:
「男らしい!」

日常の細かいことに
干渉したことは全くない!
だから、きみ子夫人は
家計の切り盛りは思うままだ。

例えば、麻布の自宅を建てる時も、
全てきみ子夫人の設計、
(彼女に設計の才 まであった)
生活しやすく おしゃれな家になった。

庭の井戸も彼女が「水が出る」と判断
掘らせたもの、

それがみごと的中、一家は
涼しく美味しい水を飲めた。

これらの経費につき、
龍蔵は全部きみ子夫人に任せた。

・・・・・・

結局、龍蔵という人間は、
金銭感覚どころか、
お金には、関心がないのでは?

他篇にある、
腰に巻かれたサイフのことを
きれいに忘れて大騒ぎになったのを見ても、
そう考えるのが適切かも?

金に執着し、又は用心深い人は
金塊を隠したりで
お金をいろいろ方法で貯めおき、
備えているもの。

龍蔵の人生を見ると、
そういうそぶりが全くない、

極端の話、龍蔵の西南中国調査途中、
金になるものを捜し求めるどころか、

龍蔵が夢中になったのは
流浪していたひとりの子犬であり、
ずっと旅の友として
一緒に行動していた・・・

国内調査時も、帰途についた時
気づくと経費が使い果てた!

その調査に同行した次女の緑が、
残りの小銭で、道端の農民から
熟した大きな柿を仕入れ

ごはん代わりに、親子で
汽車の中で、甘く美味しい柿を食べ、
「おいしい!おいしい!」とふたり・・・
それが旅の楽しみになったようだ!

素朴の龍蔵、その旅の記憶がうれしく、
「あの柿は美味しかった!」
「小銭で緑が あんなに大きな柿を・・・」と
よく皆に自慢していたそうだ!

・・・・・・


借金した知人から、取り立てなども
したことがないようだ、
貸しっぱなしだ。

・・・・・・・

金銭感覚なし?金銭管理もしない・・・?
そんな「無防備な」鳥居龍蔵では?
としか見えないのだ!

金なしでのその活躍ぶりは!
大学などのバックがあった時はともかく、

それら から飛び出した龍蔵を
心底敬愛・信頼し、支え続けた人々がいた!
だからこそ、龍は飛び続けられたのだ!

日本にもそのような人々がいたのだ!

龍蔵の偉大なる業績は、
これら名を明かさないファンたちがあってこそ
勝ち得たものといえよう!

龍蔵一家に詳しく、お話くださった方々、ありがとう!

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 初夏、武蔵野会発祥の地「芝公園」を訪ねましょう!

武蔵野文化協会からのお知らせで~す!
どうぞご覧くださいませ!
ご参加も大歓迎されま~す!

以下、武蔵野文化協会のお知らせをどうぞ:

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 里帰りした芝増上寺の台徳院霊廟模型と
           武蔵野会発祥の地芝公園を歩く


                   
6月例会は、台徳院二代将軍徳川秀忠の霊廟(模型)が里帰りした増上寺を訪ねます。併せて、本会の前身「武蔵野会」設立の発祥の地、芝公園丸山古墳を訪ねます。
この機会に、ぜひご参加下さい。

                 記
日  時  平成27年6月27日(土)午後1時集合 小雨決行(大雨中止)
集  合  都営三田線「芝公園駅」地下改札口(A4出口)
講  師 松原典明氏(石造文化財調査研究所所長、本会評議員)
解説ボランティア
会  費 1700円(特別拝観料・資料代)
コ ー ス
      芝公園駅 → 増上寺・三解脱門(浄土宗鎮西派大本山、徳川家
      菩提寺、関東十八檀林 の筆頭、国重文解脱門)・増上寺宝物展示室
(英国ロイヤルコレクション所蔵の「台徳院殿霊廟模型」。
      明治43年日英博覧会の展示物として、10分の1のスケールで製作された。
      日光東照宮のプロトタイプとなった霊廟)→ 徳川家霊廟
      (二代秀忠~十四代 家茂の6代の宝塔、戦災で焼失した台徳院二代将軍
      秀忠の復元された宝塔)→ 芝東照宮(元家康を祭る増上寺安国殿)→ 
      芝公園・丸山古墳(大正5年6月、同古墳から出土された埴輪首2点が発見。
      東京市公園課主任井下清より東京大学人類学教室鳥居龍蔵に持ち込まれた。
      これをきっかけに実地踏査が開催され、本会前身の「武蔵野会」設立となる)
      → 芝公園駅(4時半頃解散)

そ の 他  ・梅雨時です雨具をご用意下さい。

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武 蔵 野 文 化 協 会

電話・FAX 048-775-6918 (加藤方) 
メール kt-isao@jcom.home.ne.jp

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次 回  7月総会は、7月5日(日)午後1時~ 於東京都国分寺労政会館(国分寺市)
     武蔵野文化協会平成27年度総会と記念講演会「殿ヶ谷戸庭園(随冝園)と岩崎家」
樋渡達也氏 
     当日、11時~国史跡「殿ヶ谷戸庭園」見学(国分寺駅下車5分、予定)

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どうぞ、よろしくお願いいたしま~す!
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ご参考龍蔵著書
『上代の東京と其周囲』
新版新書(2014年9月 復刻版)
文字が大きく 余白も広い
きれいな色の表紙 ラメ加工で汚れにくい。



1923年関東大震災前後
東京の文化財の情況を対比(写真入り)しながら
分かりやすく書き上げた一冊。
芝公園・浅草・上野・葛飾・青砥・立石・・・など
皆さんおなじみの地名が出てきます。

学問書の堅苦しさがなく、
平明で気楽に読める、まるで調査記・旅行記、
これこそが鳥居龍蔵の味、
これはその著書全般に見られる。

「学問は皆のもの、
分かりやすいものを書く」のが
彼の座右の銘のようだ。

これを機に、こんな龍蔵に接してみないか?

本書は徳島以外、アマゾンでもお求めになれます。
(新版新書 トクシマ・ドラゴン・ブック)

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