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長野県の公立高校の受験が終わりました。
発表は今週の金曜日です。みんな受かっているといいな~。

ということで今年もなんとか一年を体調を崩したりせずに乗り切れたことが自慢です。
それほど大したストレスも無いのですが個人事業主もそれなりに精神の健康が必要です。
人と関わる仕事はどれも同じでしょうね。

段々親も子供も考えが柔軟になってきて、ただ勉強ができれば良い、勉強ができるようにテクニックを教えて欲しい、そのような人は減ってきました。そんな人たちの相手をすることはこちらにとっては大きなストレスです。

明るく楽しく生きて欲しいから受験の時くらいは全力で頑張ってほしい、そして楽しく高校生活を送ってほしい。
そんなごく普通の感覚のご家庭とのお付き合いは楽しいです。こちらにとっては心が充電されます。

そうして充電された心で新しいご家庭と出会い、そのパワーを与えて、こちらも充電させて頂きます。
そんな循環を何年も続けて来ているのが私の仕事です。

時には山に登ったり、家族との時間を持った、温泉に浸かったり、音楽を聴いたり、バカなことを言ったり、しながら心を養っていくこともあります。

でもやはり心を壊すのも養うのも人なんですね。
良い人と出会うことが一番の充電になります。
そのための準備をしておかなくてはせっかくのチャンスが逃げてしまいます。

金曜日には生徒達から連絡があるでしょう。
どんな結果であれその連絡が私の心を豊かにしてくれることと楽しみにしています。
そして新しい生徒やご家庭との出会いもまた楽しみです。

今日は雪が降っていますが確実に春は近づいているはずです。
1月9日~10日 松本に遊びに行きました。
長男が通った高校があり、懐かしくよく行く身近な街ですがゆっくりと歩いてみました。

まず七福神めぐりというものに挑戦しました。
国内には七福神めぐりが出来る場所が200とも300とも言われるほどあるそうです。
山のふもとのお寺や街中の神社など入り混じっているのが民間信仰らしくて良かったです。

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浅間温泉から日没に間に合わせようと必死になって展望台へ歩いて行きました。

松本の街並みと北アルプスが良く見えます。

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翌日は松本アメ市の日で沢山の人が出て賑わっていました。

それにしても日差しはあるものの寒かったです。

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お馴染み松本城です。この日は成人式の写真撮影でしょうか。かなりの数の若者が晴れ着で歩いていました。長男と同級生なのできっと高校時代の仲間もその中にいたのでしょう。

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これもお馴染み開智学校です。10年ほど前、子供たちと見学したのが懐かしいです。

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偶然見つけたアメを作って売るお店です。
少し買って帰りました。

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勝手知ったる松本ですがゆっくり歩けばまた新たな発見があり、良い旅となりました。

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新年あけましておめでとうございます

穏やかな新年となりましたが皆様いかがお過ごしでしょうか。

信州南部の駒ケ根も穏やかなお正月が続いています。

我が家が五人家族になったのは年末年始の3日程度でした。

特に何をするわけでもなく、美味しいものを食べて、テレビを見て、初詣に行って、

サッカーボールを蹴って、、、、、


中二の三男が一番嬉しそうでした。

いや、妻の方が嬉しそうだったかも?

明日には次男が寮に戻り、また三人家族となります。


元々は家族の日記のような形で始めたこのブログです。

毎日のように更新していた頃もありました。

一つの投稿に50人以上の方がコメントしてくださるのが普通だった頃もありました。

今は子育てが一段落してしまい、書く内容もなく、更新すらしないブログとなっています。

それでも時々覗いてコメントをくださる皆様、ありがとうございます。

お付き合いが10年ちかくにもなる方もいらっしゃいますね。

皆様はもちろんのこと、世界の全ての方が穏やかに過ごせる一年であってほしいと願っています。
夫婦別姓を認め、夫婦間で選択できるようにすることを認めるかどうか、という内容での裁判に判決が下される日が迫ってきているそうだ。
判決が出たらすぐに認められるのかどうかはよくわからない。

日本の民法では「夫婦同氏原則」というものがあり、結婚するときにどちらかの苗字に統一しなくてはいけなくて、96%が夫の苗字を選択しているそうだ。

私は4%もの人が妻の苗字を選択しているということに驚いたが、考えてみれば養子などの形で妻の苗字を名乗っている人が少なからずいるということだろう。

夫婦で苗字が違うなんて変じゃん!
いろんな場面で名乗った時に誤解されそう。
子供が親と違う苗字なんて変じゃん!!

とっさにそう思ってしまった。
しかし冷静に考えればどうして変なのだろう?
今は夫婦は同姓であることが当然なので別姓を名乗ることが変だと感じるだけかもしれない。
世の中にはそういう選択ができるんだ。ということが周知されれば別に変ではないように思う。
親と子供の姓が違うことも慣れてしまえば変だと感じなくなるのかもしれない。

別姓にすることで離婚する際の垣根が低くなる、と思わなくもない。
しかし、家を受け継がなくてはいけない、といった理由で苗字を無くせないので結婚できない人もいるらそうだ。夫婦別姓ならそういう人たちが結婚しやすくなる、ということもあるらしい。

今の案だと別姓の両親に複数の子供がいても子供の姓はどちらかを選択し、統一することになるらしい。
つまり兄弟姉妹で姓が異なるということではないらしい。

私個人としては若干の違和感がある。しかし、そういう選択をしたい人がいればしても良いのではないか、そんなところだ。
もし自分が結婚するタイミングだったら、きっと今まで通り自分の姓を名乗ってもらうように思う。
しかしなにか事情があれば妻の姓でも差し支えはないかもしれない。

自分の子供たちが結婚するときは親としてどうだろう?
別にどうでも良い。子供たち次第だ。3人の子供たちがみんな相手の姓を名乗ると私の姓は途絶えてしまう。
いずれ私の命も途絶えてしまうのだから、別にどうでも良い。

そういう選択ができて別姓にしたい人はしても良いように個人的には思う。
皆さんはいかがでしょう?
横浜のマンションで発覚した杭打ち偽装の問題が全国各地に広がっている。

多くの人が思っていた通り、まさしく「氷山の一角」だったということだ。

まだまだこんなものでは済まないのではないだろうか?

業界の中では暗黙の了解として済まされていた事実だったのではないだろうか?

杭打ちだけではなく、個人の住宅などでも瑕疵が見て取れる例は枚挙に暇がないのではないだろうか?

窓枠の立て付けが悪い、雨漏りがする、床が傾いている、結露がひどい、など住宅のトラブルなどはごく身近な問題だろう。

建築に使う材木はしっかり乾燥させたものを使うべきとのことだが、乾燥が不十分なものを使ったばかりに冬になると家の中からバキバキと音がして、戸が閉まらなくなった、と聞いたこともある。

コンクリートの水分量や砂利の種類、鉄筋の数などは指示された通りのものが使われているのかどうか、など出来てしまうと確認するのが大変になるものに不具合が多いということはどういうことだろう。

意図的なものなのか? 技術や知識不足なのか?

いずれにせよ発覚しない場合も多く、発覚しても時間が経ってからということが多いので問題がややこしくなる。
自然の経年劣化なのか、災害なのか、瑕疵なのか、素人ではわからないということもある。

食品偽装の問題、高速バスの事故、の時も根本にあるものは同じだと思う。

利用者としては安心、安全が保障されているものとして、より快適で価格が安いものを求める。
業者としては目に見えないところで手を抜いてこうした競争に挑むことになる。

未熟な人を使ってサービスを提供している場合も多いだろう。
塾などもその最たるものだと思う。相手は子供である上に、すぐに発覚しにくい。

尤も仕事を始めたばかりの頃に冷や汗をかいた経験は誰にでもあるだろう。

そのように未熟な技術者を使わなければ作業が進まないという業界の現実は多い。

監督部署のチェックが大事だが、実際にはいくらでも誤魔化せるのではないだろうか?

ずっと全ての現場に付いて見ているわけにはいかない。それこそ税金の無駄使いである。
写真を撮らせて、それをチェックすることが多いようだが、当然完全ではない。

自分の家を建ててもらう場面をイメージした場合、どのようにして安全、安心を確認できるだろう?
結局は業者を信頼するしかないのではないだろうか?
同じような家が3000万円の業者と2800万円の業者ではどちらを選ぶだろう?
安いほうの業者は安い訳をもっともらしく説明するが、それが可能ならどこの業者もそうして価格競争に勝てるようにするのではないだろうか?

中古が良いという声もあるがそれも一理である。
ただ中古であっても販売する側は売りたいがために悪い点を隠そうとするかもしれないし、若干安くして販売されると、惹かれてしまうかもしれない。住んでみないとわからないのが住宅だ。

橋などの大きな公共施設は大丈夫なのだろうか?
阪神大震災の時に倒れた高速道路や落ちた高架橋を見て、随分不安を感じだ。

大きな地震だから仕方がなかったのか?施工に不備があったのか?

私が住むのは築50年になる公団だ。雨漏りもするし、結露もする。
サッシの開閉はかなり良くない。
きっと杭などは元々ないのだろう。
鉄筋が腐食して弱っているかもしれない。

大きな地震がおこらないことを祈ることしかできないのが結局のところかもしれない。

あ~天井が落ちて来ないだろうか?
テレビのニュースを見て「心配で寝られない」
と思いながら うとうとしている今日この頃だ。
中学三年生数人と歴史の勉強をしているときだった。
北里柴三郎という人の名前が出てきた。
「知らない!だれ?」
みんながそう言うので、私が少し説明をしてあげた。
ついでに言ったおやじギャグが良くなかった。
「北島三郎じゃないぞ。」
子供たちはみんな言った。
「知らない!だれ?」
「え?知らないの?演歌歌手じゃん!」
「あ~紅白の人?」

この会話によって歴史上の人物は北里さんなのか、北島さんなのか、
中学生は今も混乱してしまっている。

今の子供たちは北島三郎も知らないのが一般的な様だ。

私が子供の頃はテレビが家に一台しかなくて、親の興味がそのまま子供に受け継がれたものだった。
大阪のローカルチャンネルでは阪神タイガースの試合を試合開始から終了まで流していた。
アメリカが作った戦争映画を見ていたので子供ながらにドイツ人は悪い奴らだと思った。
今でも黄門様の印籠が欲しいと思っている。

今の時代もまた多くの家庭はテレビが一台しかないようだ。
少し前は何台もある家が多かった。

子供たちは何をしているのだろう?
一言では言えない。

スマホ、ゲーム、パソコン、漫画、プラモデル、
家にいない子供も多い。
塾だけではなくてスポーツやピアノなどの習い事も毎晩のように練習がある。
その上学校からの学習の課題も多い。

家でのんびりと家族そろってテレビを見ているという場面が少ない。
考えてみたら、子供だけではなく親の方もそうかもしれない。

子供たちの中にはガンダムが好きな子が多い。
ガンダムとは何か?ザグ?シャー? 誰と誰が戦う?
何度質問してもよくわからない。

ディズニーが好きな子も多い。
キャラクターが好きな子、アトラクションが好きな子、キャストというランド内で働く人にあこがれる子、色んな子がいて、色んなことを教えられるがどうにも理解できない。

二次元の世界、というものにあこがれる子も多い、何のことだ?

中学生なのに山野草や盆栽が好きだという子もいた。理科のノートに山野草の名前をたくさん書いたら、理科の先生から クエッションマークをつけられたそうだ。

多文化共生社会とは同じ日本人同士、いや、同じ家族の間にさえ存在する沢山の文化を理解し、尊重することで共生して行く社会ではないだろうか?

少なくとも周りの人がやっていることを非難することは避けたい。

Hey! Say! JUMP の写真を机に飾っている中学生がいた。
「だれこれ?学校の卓球部の子?」
そう言ってしまってひどく叱られたことがある。
叱られただけならいいのだが、そのあとそのグループについて語り始めてしまった。
みんな色白なので卓球部かと思っただけなのに、、、

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先日午前中に一人で傘山に登った。1500mあまりの里山だ。
隣の飯島町にあるのだが、我が家から最も近い山である。我が家の駐車場から登山口駐車場まで精々15分だ。
こうした山は気楽に登ることができる。
きつい山は前日寝つかれないこともある。
今日はいつも通り起きて、朝食を取り、妻と息子を送り出し、新聞を読んで、ニュースを見て、仕事のメールを入れて、ネットのコメントを少し加えて、その後にのんびりとリュックの準備をした。午前中だけの仕事になるのでランチも要らない。
この気楽さが何よりうれしい。

この山には町民の森ルートと御嶽神社ルートがある。
私は二回だけ町民の森を歩いたが、あと五回ほどは御嶽神社ルートを歩いた。
御嶽神社の方が随分きついルートだが、きついのを好んでいるのではない。
登山口までの道が楽なのだ。町民の森までは山を周って車を走らせ、最後はダートをしばらく行くことになる。それが面倒なのでこちらの道を好んで登る。

登山道はよく整備されている。飯島の里山クラブの方が整備してくれている。
5年ほど前まではその存在さえ知られていない山で、どこからどう登るのかもわからなかった。来るたびに案内板やピンクのリボンなどが整備されていて、とても歩きやすい。
そのためか山頂のノートを見てもやってくる人が多くなっているのがわかる。

最初の急な登りを10分も歩けばすぐに御嶽神社だ。
ここには東屋があり、街を見下ろすことができる。
いつもここで神様にお参りをして登る。

ずっと土の道でガレ場や崖などは一切ない。
迷うようなところも無いほど、案内板が整備されている。
急な登りが多いが、それらは短く、すぐになだらかな道になるので、頑張る気力が無くならない。苦しい後には楽しいことが待っている。人生もそんなものだろうか、尤も私の人生には苦しいことはあまりない。

短い登りと平坦な道が交互にやってくるが、それらを何度か繰り返すと、約一時間で展望地へ到着だ。

ここからは駒ヶ根の街と我が家が見える。ベランダに赤い袋をかけておいたが、肉眼では見えない。一眼レフカメラと小さな三脚を持ってきたのでそれを使って写してみた。
家に帰ってパソコンに取り込むと何とか赤い袋が見える。
この展望地は町民の森ルートを使うと通らない。

その先にはこのルート唯一の大きな登り返しがある。
そこに水場があるが、小さな沢であり、飲む気はしない。
ここから先、30分ほどがかなりきつい。
短い登りと平坦な道の繰り返しはそれまでと同じだが、登りが急になり、思わず前に手をついて四つん這いになることもしばしばだ。
昨夜の雨でかなり湿っていて普段はあまり汗をかかない方だが、この日はしっかり汗がでた。
それでも気温は10度程度だろうか、暑くも寒くもないので辛くはない。

しばらくの我慢で山頂だ。
やはり無人だ。南アルプス方面は見える。中央アルプスは雲の中だ。
もともとは木に囲まれた山頂のようだが、見晴らしが良いように切り払ってくれている。
山頂にはノートがあり、沢山の方がコメントをしている。
私も何度かコメントを書いたが、ノートが更新されている。
今年の春には妻と登った。
去年の夏には次男と登った。
二年前の秋にはテニスの仲間たちと登った。
その中の山が好きな先輩二人は昨年亡くなった。
その方々と登った最後で唯一の山がこの山だ。
お二人は山が好きで、リタイアした後大阪から移住してきた。
若いころからの憧れだったそうだ。

亡くなった人のことを思うと次々と思い出される。
去年は自分の父が亡くなった。妻のお母さんも亡くなった。
そして家庭教師をしていた生徒の一人も亡くなった。

いつものことだがボーっとして山を下っているとそうした亡くなった人たちのことが偲ばれる。私の父も若いころは登山が好きだった。
山で石原裕次郎さんの真似をしたおどけた写真をアルバムで見たことがある。
父とは一度も山には登らなかった。そのことが残念だ。

そんなことを思いながらも、一度も尻餅をつかずにおりられるだろうか、とゲーム感覚で楽しんでいる自分もいる。

晩秋の信州で無人の山をのんびりと下っている。
弱い日差しが残り少なくなった木々の間からさしている。
自らの人生もそんなものだろうか、あとどのくらい残っているのだろうか、
もう弱々しくなっているのだろうか、間もなく日が沈むように終わってしまうのだろうか、

亡くなった人たちのことを思いながら歩いているといつもそんな風に考える。
しかし、そんな時間は嫌いではない。いや好きかもしれない。
もしかするとその時間があるから山に来るのかもしれない。

山頂から1時間20分足らずで駐車場についた。
父たちを偲ぶ時間はあっという間に終わってしまう。
寂しいという気持ちがないわけではないが、下りたとたん私は現実の世界に戻り、亡くなった人たちはあの世に戻り、接点がなくなる。
二泊三日で4つの温泉に入ってきました。

次男は一か月の航海実習でほぼ日本一周したそうです。
その後は我が家での一か月の夏休み、
そして富山の学校に戻るため妻と二人で車で送っていきました。
いつも別れは切ないものです。
まして段々我々の懐から巣立っていくのがわかるのですから。。。
新湊のお寿司屋さんでお別れの会?

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次男を下した後は妻と二人で白山登山を計画していました。
そのため登山口近くの平瀬温泉という小さな温泉街の宿で前泊しました。
「湯の里」はこじんまりとした素敵な宿で料理もお風呂も良かったです。
白川郷に泊まろうかとも思いましたが、こちらは温泉だったので決めました。

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天気予報はよかったのに前日夜に急変して、朝起きると、何と雨でした。

白山の山小屋で日没、御来光の予定でしたが、雨のため急きょ予定を変更しました。
一応登山口の白水湖まで山道を車で進み、素敵な露天風呂と、ヒュッテでの軽いランチを頂きました。
雨が降っていたのでほとんど人がおらず、かすかに紅葉が始まっており、時間が止まったようでした。

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そしてこの日泊まったのは急に予約が取れた下呂温泉です。
全国的にも有名な下呂温泉は朝の静かな山とは異なりかなり賑やかでした。
「湯快リゾート」という均一料金とバイキングが売りのお宿です。
人が多くせわしないのは苦手なので敬遠していましたが、
卓球をしてマッサージを堪能し、露天風呂と、内風呂と、両方とも時間を少しずらして入ったらなんと、ほとんど貸し切りでした。
温泉街はそれらしくて良い雰囲気でした。

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帰りはぐるっと回って御嶽山の登山口にある標高1800mの露天風呂に入ってきました。ここも貸し切り状態でした。番のおじさんとおしゃべりをしてのんびりすることが出来ました。指紋が無くなったのか、と思うほどすべすべになっています。

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9月6日日曜日 近くの空木岳という山に登ってきました。
確かに近くなのですが日本100名山というものに選ばれているらしく全国から登山者が集まる素敵な山です。

私は何度か登っているので割と気楽に登ります。

特に疲れることもなく淡々と登ります。

4時間半で誰もいない山頂に着きました。

雨が降ってきたので近くの山小屋に入りました。

そこの小屋番の方がちょっとした知り合いだったのでついおしゃべりに花が咲き気が付けば2時間もそこに居ました。

外は雨と風が嵐のようです。

仕方なくのんびりと下りていきました。


駒石 バックに宝剣岳も見えていました

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こういう稜線が好きです

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空木岳山頂 2,863.71m

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こういう鎖場もありますが、雨水が滝のように流れていました。
しばらく写真を載せていないので横に向いたままです。

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これをクリックするとコースが出てくるようです

このあたりの地域の日本一短い夏休みが終わりました。

20日程度しかありません。ちなみに長野県は教育県と言われているそうですが、そんな話

は知りませんでした。今はそんなことはないと思います。

中学あたりの宿題も年々増えています。

10万円もする夏期講習もあるそうです。

普通の部活でも合宿や遠征があり、練習時間が長いです。

つまり自由になる時間、本当の意味での「休み」がいくらもないのです。

何のための夏休みなんでしょうね。

色んなことを体験するための夏休みだと思うし、その体験が成長に導くのに、、、


ちなみに私が中学の頃は夏休みの宿題も少なく、ほとんどを休み前の学校で済ませて、

終わらなかった分は夏休みが終わってから慌てて片付けていました。

中三の時は夜中の2時に枚方を自転車で出発し、友人数人と自転車に乗り、大阪、神戸の

大都市を抜け、淡路島に渡り砂浜でテントを被って寝たりしました。

意味もなく商店街に出かけると誰か知人がいてたむろするのも楽しかったです。


そんな危なっかしくて無駄な様な時間はとても印象に残っています。

今の子たちはどうなんでしょう。

大人が管理する中でのみ、忙しく時間を過ごし、学校が始まってから授業中にのんびりす

るということかもしれません。

テレビで報道されているように都会の一部の子供たちは危険な場所に恒常的に身を置いて

いるのかもしれません。

今頃、学校の授業中に居眠りをして疲れを癒しているのかもしれません。