1970年代のある日のことです。

大阪郊外枚方市のとある小学校の二年生の教室です。

「さあ授業を始めますよ~。算数の教科書を出しなさい。今日は九九の復習をします。」

先生が大きな声を張り上げると大騒ぎだった子供たちがいっせいに前を向いた。

「 九九やてぇ~ く、くるしぃ~ ギャハハハハ」 ←ココもシャレ、わかります??

後ろの席の子に向かって一人騒いでいる子がいます。

幼い頃のsawch君です。

「こら、前を向きなさい!!」

「sawch(本名ではありません)!!二の段を言いなさい」

「ににんがし、にさんがろく、にしんが食いたい、、ギャハハハハ、」

「真面目にやりなさい!!あなたは廊下に立っていなさい」

「は~~い、」

と突然のいい返事です。

「先に行ってるから、はよ来いよ」

悪びれた様子もなく、ある友達に話しかけるとさっさと廊下に出てしまいました。

当時の二年生の校舎は外廊下になっていて吹きさらしでした。

その分景色もよかったのです。

いまはマンションや病院が立っているのですが、当時はかなり遠くまで見えました。

淀川の向こう、15kmくらい離れているのでしょうか、

新幹線が走るのが見え、サントリーの山崎工場が見えました。

その背景には天王山もよく見えました。

淀川の向こうの未知の世界に思いを馳せながらその風景を眺めるのが大好きでした。

(今思えば、休み時間にも見る事が出来たのですが、、、)

しばらくするといつもの悪友も出てきました。

待っていましたとばかりに授業中に考えていた自作の幽霊話を始めます。

「うわ、めっちゃこわい!!」

時々大騒ぎをしながらの幽霊話は至福の時間でした。

その時のために授業中は先生の話もそっちのけで、一生懸命 幽霊話を考えていたのです。

のんびりとした時間は永遠に続くかのようでした。

 『淀川の向こうへ行ってみたいな~ 』

そんなことを思いつつ友達との幽霊話に花が咲きました。



今思えばしゃれノートに続く第二弾ですね。

勉強しているよりもずっと頭を使ったと思います。

旅への憧れもそこで生まれたのかもしれません。

それで今こうして家を離れて信州にいるのかもしれません。。。

もっとも二年生の可愛い俺を毎日立たせるなんて今なら虐待ですよね。

本当にひどい先生でした。とっても感謝しています。(笑)

そこからの写真がなかったので、小学校のプール辺りからそちらの方面を撮ったものをアップします。

今から10年位前のもので、残念ながら新幹線もサントリーも写っていませんが、

当時の俺が見ていたのと同じ方向です。

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昨日 小学校のマラソン大会のことを記事にした。

そのマラソン大会を見ていて気になったことがある。

あまりにも走るのが遅い子が多いということだ。

もちろん速い子もいれば遅い子もいるのはわかる。

しかし、同じ一年生で倍近くの時間がかかるような子が何人もいるというのはどういうことだろう?

何人もの子が200m足らずのトラックを一周して出て行く時点ですでに倍近くの時間がかかっている。

こうなると単に個性とかいう事ではないと思う。

高学年になると、毎日のように体を鍛えている子とそうでない子との差が大きくなってくる。

しかし、まだ一年生である。

休み時間はみんな元気に外で遊んでいると思っていたのは間違いなのだろうか?

これだけ遅い子はどう考えても運動不足、外で体を動かして遊んでいないのだろう。

先頭辺りでゴールした子達はポヤンと同じ団地に住んでいたり、すぐ近くだったりして、

いつも一緒に駆け回ってる子だ。。。

例年、この団地の子達は足が速い。

マラソン大会の上位や、リレーの選手が多い。

それはきっと普段から団地内の庭で走り回っているからだろう。

学校からかなり遠くの地区の子達も平均して足が速い。

きっと毎日長い距離を歩いているからだろう。

やはり普段の生活の中で体を動かす習慣が大切だ。

一年生の今、体を動かさない子が高学年になってどれだけ運動を楽しむことが出来るだろう?

子供の頃に運動の経験が無いとどんな大人になるのだろう?

高齢化社会と呼ばれているが、今のお年よりはみんな子供の頃はしっかり体を動かしてきたはずだ。

食べるものも和食の質素なものが中心だったはずだ。

俺たちの世代。食べるものは変化してきたが、子供の頃はみんな体を動かしてきた。

今の子供はどうだろう?

この子たちが大人になり、老人になったらどうなるのだろう??

勉強も大切、心も大切、それにも増して大切なものが健康だと思うのだが。

この3つのバランスをとりながら、どれも高めていかなくてはならない。

今年から高学年の走る距離が短縮されたのも、きっとあまりにも差が大きいからなのだろう。

みんな、もっと体を動かそうよ。。。

写真は学校の庭です。

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ダジャレのコンテストで小学生が優勝した、と今朝のテレビが語っていた。

それを見てふと思い出したことがある。。。

皆さん、小学一年生のノートの種類と言えば??

国語、算数、理科、社会、それに連絡帳なんかもあるだろうか??

さすがのポヤンもそんなものだろうと思う。

俺はそれに加えて「しゃれノート」なるものを持っていた。

表紙にしゃれノートと書いた、大学ノートだったと思う。

少し大きめの大学ノートを持っていること自体が俺にとっては優越感だった。

授業中、そのノートににたくさんのしゃれを書いていくのである。

レベル的にはかなりのモノであったと思う。

今でも覚えているのが、

ドイツ人はどいつや??

パンをたたくとパンパンと音がする、、、etc.

そんなことをたくさんしゃれノートに書いて一人悦に入っていた。

おかしな一年生である。

今、そんなダジャレを言うと世間はすぐに「親父~~」と言ってくる。。。

「ジャ、お前ら、なんかしゃれを言ってみろ」

と、中学生やわが子たちに言っても何もでてこないのが関の山である。

ダジャレすらでてこないような奴が俳句や川柳、ましてや小論文など書けるはずがない。

そもそも落語なんて、しゃれの塊ではないだろうか??

落語はれっきとした日本の文化である。

落語家の方々はテレビの落語以外の番組などでもダジャレを連発しているではないか??

ダジャレ=親父ギャグ という図式が出来ているようだが、

これはダジャレさえも言えない奴らの負け惜しみに過ぎない。

ダジャレを言うことで頭が柔らかくなり、語彙が増え、小論文を書く能力も高まり、

やがては芥川賞、ノーベル文学賞へとつながっていくのではないだろうか?(飛躍しすぎ?)

ダジャレ=親父ギャグ などと言っていないで、

皆さんもダジャレを言ってみなシャレ!!

そして子供にはしゃれノートを作らせることで一流の文化人を育てましょう。
この場所に来ると町の中にもかかわらず地球を感じることが出来るのです。

田んぼの真ん中でその周囲は高い山に囲まれています。

ココに来ると地球が丸いなどとは信じられません。

周囲にそびえる高い山が世界の終わりであるかのように感じるのが自然です。

この場所は我が家から200mくらいしか離れていません。

昨日はいい天気だったので山が綺麗に見えました。

まずは西を向くと中央アルプスが見えます。

駒ケ岳と宝剣岳、千畳敷が見えます。

今回は山の名前も載せてみたのでわかりやすいでしょう。

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同じ角度でアップにして見ました。

ホテル千畳敷まではバス、ロープウェイを乗り継いで誰でも簡単に行くことができるので驚きです。

冬でも行くことができます。

間もなくホテルの場所で富士山から上る朝日を見ることが出来る時期になります。

俺は見たことがないですが、素晴らしい眺めだと思います。

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この千畳敷から続く山並みを南に角度を変えるとこの写真の風景です。

ちなみにこの空木岳の山麓に養命酒の工場と中央道駒ケ岳SA、海外青年協力隊の研修所があります。

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アップにして見ました。

覆いかぶさってくるような迫力ですね。。。

今頃あの山の上はどんな世界なのでしょう。

すぐそこに見えるのに、想像さえもつきません。

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次は180度 体をまわして東を向きます。

南アルプスが見えます。

一番正面に見える仙丈ケ岳を中心に日本で二番目に高い北岳など3000m級の山が普通に見えます。

見る場所によって全く違った風に見えるのでどの山がなんという山なのか、いまだに覚えられません。

少し場所を変えると北岳はよく見えるのですが、甲斐駒ケ岳が見えないという風になります。

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最後に仙丈ケ岳のアップです。

すり鉢状のカールが迫力を感じさせますね。

カールというのは氷河が侵食して出来た地形で、千畳敷などの地形もカールです。

北アルプスなどにも見られるU字型の地形はたいていカールだと考えてもいいでしょう。

この山は夕方西日を浴びて真っ赤に染まることがあります。

その美しさは表現しがたいほどです。

時間と共に段々赤い部分が少なくなっていき、やがて頂上にだけ残り、闇へと消えていくのです。

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昨日は各地で雪が降ったようですね。。。

俺の住む信州の南部地方はちらほらしたものの里には全く残っていない程度です。。。

俺のところは寒いと思っている人は信用してくれません。

そこで証拠写真を撮りました。

ケイタイで写したのでわかりにくいですね。。

山の方はすっかり雪景色になったようです。

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この夏、俺は足の怪我のため二ヶ月も歩くことが出来ずに、しばらくは近くの総合病院で入院していた。

初めての入院体験だったが実にいろんな事が起こった。。。

運動をしないためか、やはり精神的なダメージもあったのか、夜になっても寝付けないことが多かった。

その夜もなかなか寝付くことが出来ずに色んなことを考えていた。

「もしかしたら、このままずっと歩くことが出来ないでいるのだろうか??」

ついよくないことを考えてしまうのは気持ちが滅入っている証拠だろう。

ベッドから起き出して、車椅子に乗って廊下に出た。

もう消灯時間はとっくに過ぎている。

廊下の明かりも落とされていて暗い。

今日は看護師の姿も見かけない。

廊下の端に談話スペースがあり、椅子があって大きな窓ガラスがはめ込まれている。

そこへ行くと外がよく見える。。。

歩けない足でずっと病院にいると外の景色が違って見えてくるから不思議だ。

深夜だからなのだろう、町の灯りはあまり残っていない。

山が明るく見えるのは月明かりのためなのだろうか??

星がいくつか見える。。。

もっとたくさんの星が見たい。。

三階からではイマイチよく見えないのである。。。

六階まで行くともっと綺麗に見えるのだろう。。

俺は車椅子でエレベーターへ向かった。。。

途中にあるナースステーションにも誰もいない。。。

エレベーターのボタンを押した。。。

やってきた。。。

エレベーターに乗り込んだその瞬間 B のところが明るく光った。。。

6階に行こうと思ったのに、タイミング悪く誰かが先に押してしまったのだろう。

車椅子でまた外へ出るのも面倒なので、そのまま地下へ下ってまた6を押せばいいと思った。

エレベーターは静かに地下へ着いた。。。

ドアが開いたが誰も乗ってこない。。。

そういうこともあるかな、と、気にもせずに6を押した。

しかし何故か6のボタンが明るくならない。

二、三度押したが明るくならないので、俺は何気なくエレベーターから外へ出てみた。

するとその瞬間ドアが閉じてしまい、エレベーターは行ってしまった。。

何せ車椅子なのですぐに反転してボタンを押すことが出来なかったのだ。。。

この階の廊下は真っ暗である。。どこまでも続いているようにさえ思う。。。

そういえば地下に来るのは入院以来初めてだ。。。

あまり気味のいい場所ではない。。。

何かゾクゾクするような嫌な風を感じる。。。

エレベーターの明りを見ていると六階に行った様だ。。。

何度もボタンを押すとようやくエレベーターが下りてきた。。。

早く来てくれ~~と思っていると廊下の奥から足音がする。。。

一瞬、ドキッとしたが、どうやら普段聞きなれている看護師の靴音のようだ。。。

暗闇からの影が段々はっきりしてきた。

やはり看護師だ。

こんな時間にこんなところにいたら叱られるかな?

4人の看護師がベットを押している。。

こんな時間に??

救急車で運ばれてきた人だろうか?

静かにこっちへ向かってくる。。。

もしかしてエレベーターを譲らないといけないのだろうか?

ベットと車椅子はきっと一緒に乗れないだろう。。。

なぜか看護師たちは俺の存在に気がつかないように前を通り過ぎてエレベーターに入っていく。

ふと、ベットに寝ている人を見てぎょっとした。

顔には白い布がかけられているのである。。。

まあ、病院だから、、、

努めて冷静でいるように自分に言い聞かせたが、胸はどきどきしている。

エレベーターのドアが閉まり、また俺は置いていかれてしまった。

さっきよりもさらに廊下の闇が暗くなったように思う。

その暗い廊下の奥に、たくさんの人がいるような嫌な気配がする。。。

大勢の人がこちらを見ているようにさえ思う。。。

車椅子の俺はエレベータに乗るしか術はない。。。

でも、今のエレベーターに乗るのもあまりいい気がしない。

早く下りてきて欲しいが下りてきて欲しくないような不思議な恐怖感だった。。。

さっきのエレベーターはまた6階へ行ったようだ。

何のために6階へ??

きっと霊安室はこの地下にあるのだろう。。。

やがてエレベーターが下りてきた。。

ドアが開く瞬間、俺はかなりの恐怖と戦っていた。

しかしそこから逃げることが出来ないのである。

エレベーターのドアが開いて看護師たちが4人出てきた。

先ほどのベットはなかった。

ほとんど6階で折り返しただけの時間のように思えたのだが、ベットはどこへ行ったのだろう。

看護師たちは無表情で全く言葉を話さなかった。

普通は 「こんばんは」とか言うはずである。。

俺の前を通り過ぎた瞬間こちらから「こんばんは」 と声をかけた。

一人の看護師が振り返った。。。

顔は青白く、目は異様に細く、俺のほうを見て無表情の顔の口元だけが少し緩んだ。

しかしその口からの言葉は何もなかった。

俺はぞっとした。

あわててエレベーターに乗り込んだ。

なんとなく生臭い臭いがする。

3を押した。6階に行かないことを心の底から願った。

幸運にも3階で止まってくれた。

俺はあわてて部屋に戻って自分のベットに潜り込んだ。。。


この話が本当なのかどうか確かめたい人は来年の夏、ご自身で体験してみてはいかがでしょうか?


写真は俺の出た小学校の校庭です。。

なんとなくこのお話のイメージに合ったので載せてみました。
皆さんにとって心を打つ音って何かありますか??

きっと心を打つ音楽ならあるでしょう。

その多くは音楽そのものというよりもその音楽を聴いた頃の思い出がよみがえってくるという類のものかもしれません。

音そのものが心を打つって、あまりないでしょうか??

俺にとってのそれは蒸気機関車の汽笛の音なのです。

あの力強く、かつ郷愁を帯びた音を聞くとジーンとして涙さえもこみ上げてくるから自分でも不思議です。

もちろん小さい頃に蒸気機関車に乗ってその思い出があってそうなるということはありません。

これまでに実際の蒸気機関車の汽笛を聞いた経験はごくわずかです。

しかしその度にぐっとこみ上げてくるものがあるのです。

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大学生の頃のおいしいバイトと言って思い出すのが、京阪バスのバイトである。

仕事は、流動調査と言って乗客がどこのバス停から何人乗ってきてどこのバス停で何人降りたのかを調べるものである。

時給は660円ほどだったと思う。しかし朝5時くらいの始発から夜の12時位の最終便まで乗っていると、一日に13000円を超えるのである。。。

仕事はいたって簡単だった。二人一組になって営業所からバスに乗り込む、当時の京阪バスは後ろから乗って前で降りるのだが、バス停に着くたびに乗ってきた客に後ろの担当がバス停の番号が書かれた紙を渡す。

前の担当はは降りる客からその紙をもらい、バス停の番号が書かれた袋に入れる、、、ただそれだけだ。
それを集計してダイヤの改正に役立てるらしい。。。

このバイトの最もおいしい点は昼休みが長いということだ。きっと6時間くらいはあったと思う。
もちろんその間は家に帰って寝ていた。寝てる間も同じだけの給料をもらえるのだ。

これは俺の推測だが、年に一度の流動調査なのでバイトの確保が難しい。
特に早朝、深夜はバイトが集まりにくいので、その時間帯の勤務のものだけに特典をつけたのだろう。

昼だけの時間帯のバイトにはこの特典はない。また、この休憩時間の件はは募集要項にも書かれていない。やはり書きづらいのだろう。

友人のお父さんが京阪バスの運転手をしていたので、この情報を入手し、その友人と一緒にバイトに入った。

大変なのは朝のラッシュ時くらいだ。
それ以外の時間は、バスに揺られてあちこちドライブできるだけでも充分楽しい。

地元とは言え知らない道もあったりして、観光気分でさえある。
仕事と言えば紙を渡したりもらったりするだけなのだから。

時間帯によっては客が誰もいないこともある。
そんな時は運転手さんのところに集まっておしゃべりをするのである。

俺たちは大学生だったので、友人のお父さんはかなりのベテランだった。
たいていの運転手さんはお父さんの後輩に当たるらしい。。。
「むかし○○さんにはお世話になったんやで~」などと色んな話をする。

また京阪バスの路線は狭い道が多く、車や自転車も多い。
そんな中を走る運転手さんの技術に免許取立ての者としては驚くばかりだった。

残念ながら美人の乗客との出会いはなかった。。。
通勤、通学のわずかな時間の路線バスではさすがにそこまでは難しいのかもしれない。

昼を過ぎると車でそれぞれの家に戻り、仮眠するのである。

一つの営業所で年に一回行われる。
いくつかの営業所で日をずらして行われるので、4ヶ所くらいは行ったと思う。
それで5万円を超える収入になったので、学生としてはかなりおいしかった。

確かこのバイトは二年目もしたと思う。。。

今もあるのなら今でも行きたいくらいである。。。(笑)

写真はHPから頂いたものだ。
ニュースキャスターの筑紫哲也が亡くなったことは皆さんご存知だと思う。

俺は仕事から帰ると「報道ステーション」を見たあと、筑紫さんの「NEWS23」を見るのが

日課となっている。。

筑紫さんの語り口は穏やかで、すごい事件であっても我々にわかりやすく伝わってくる。

しかしその反面「多事総論」のコーナーでは冷静な語り口ながらもずばりと核心をついた意見を述べる。

「なんと気が強く、芯のしっかりとした方だろう。」と感心させられる。

きっと色んなところからの非難や圧力もあるだろう。。。

それにも屈せずに我々が思っていることをテレビではっきりと言ってくれるのが嬉しい。

男らしい男だとも思う。

俺がその問題に気がつかずに済ませていることを気付かせてくれることも多い。

色んな現場へ出向き、世界中のすごい方々とのインタビューにも臆することもなく、

いつもの穏やかな語り口で笑顔を持って話しかけている。。。

しかしその切り口は鋭く、見ている側がハラハラするくらいである。。。

新人類という言葉をご存知の方も多いだろう。。。

筑紫さんが作った言葉らしい。。。

折りしも西武ライオンズがプロ野球で日本一になったが、

当時の選手であった、工藤、渡辺(現監督)、清原、らの選手がデビューの頃はそう呼ばれていた。

俺も同世代である。。。

それまでの世代とは異なる人種だと思えるほど、理解不能な突拍子もない若者たち、といったところだろ

うか?まさに的を得た言葉だと思う。その新人類も随分落ち着いてきてしまったこのごろではある。

心からご冥福をお祈りしたい。
プロ野球西武ライオンズが日本シリーズでも勝利し、日本一となった。。。

心からおめでとうと言いたい。

俺は西武のファンではない。アンチ巨人ではないという事もない(笑)

みなさん今年の西武の選手の名前をどのくらいご存知だろうか??

日本一になったチームなので活躍した選手ばかりなのは言うまでもない。

ただ、長年にわたって実績がある、いわゆるビッグネームと言われる選手は少ない。

その証拠が年俸である。。。

西武のレギュラー9人の年俸を合計しても巨人の李選手一人の年俸よりも少ないそうである。

なんとなく痛快な話ではないか??金で集めるだけではだめだということの証である。

実際、巨人のビッグネームは良く活躍したと思う。

だからセリーグで優勝できたのだろう。。。

しかし、巨人にも優秀な若手はたくさん出て来ているではないか。

ビッグネームばかりだと若手の出番が少なくなってしまう。

今年活躍した若手も、来年は他チームからのビッグネームにポジションを奪われるかもしれない。

それでは選手は育たないだろう。。。

そう考えると生え抜きの若手中心の西武が優勝したということは、実に愉快である。。。

多くの皆さんにとっては優勝セール以外には興味がないということかもしれないが、、、