我が家の車はトヨタカローラスパシオ。

もう12年を超えた。家族旅行には欠かせない。

北海道に3回、東北、四国、など数々の旅行をしてきた相棒だ。

走行距離は16万キロを越えた。

家族の皆がスパシオを愛していて、買い替えには反対している。


12年前汽拭璽鵑任海舛蕕僕茲浸?砲麓屬鮖?辰討い覆った。

ここで車が無い生活は考えられない。

自転車に乗ってあちこちのディーラーを回った。

たまたま訪れたトヨタのディーラーが親切で、かなりの無理も聞いてくれた。

スパシオが我が家の一員となった。

0歳2歳の二人の子供を乗せて毎週のようにあちこちドライブをした。

見るべきところはいくらでもあった。世界が広がった。


1年もしないうちにスパシオに異常が起きた。

なにやら警告ランプがついて消えないのである。

ディーラーに持っていった。

買った時の営業はもういなかった。

メカニックが対応した。

「エアバックを制御するコンピューターの異常です。」

俺の常識ではこの言葉には「申し訳ございません。」が必要だろう。

「で、どうなるの?」

「エアバックが正しく開かない可能性があります。」

「修理は出来るの?」

俺は無料で直してくれるの?と聞いたつもりだった。

「もちろん出来ます。7万くらいかかります。」

買って間もない車のこちらが全く使ってもいないところが故障したのである。

家電でも無料保証期間内でしょう??

12年たった今もそのランプは点いている。


また、買ってから2,3年の頃、家の駐車場で突然作動しなくなった。

JAFにきてもらったが、

「原因がわからないのでディーラーまで牽引します。」

あまり乗り気ではなかった。

「燃料を供給する部品が壊れています。10万円です。」

メカニックはこともなげに言う。

[何でそんなところが簡単に壊れるの?]

愛するスパシオのことを悪く思いたくは無かったが、信頼が落ちた。

修理が終わってスパシオを取りに行った。

俺の常識ではディーラーの人間は修理の内容を詳しく説明し、事務所の前まで直った車を持ってきて、

車のドアを開けて「ありがとうございました。大変ご迷惑をおかけしました。」

そして俺は車に乗り込み。エンジンをかける。

バックミラーを見るとディーラーの人間がずっと頭を下げたままでいる。

そんなところだろうか?

しかし現実はそうではなかった。

精算を済ますと事務所で鍵を渡され、「ありがとうございました。」それで終わり。

俺は自分で駐車場のかなからスパシオを探してそこから消えた。


それ以来、このディーラーには行ってない。

オイル交換のメンバーもやめ、車検は他でしている。

二代目の車はニッサンとホンダの中で探した。

しかしスパシオは頑張っている。

そのとき以来、一度も故障がなくなったのである。

あのディーラーに行きたくない俺の気持ちを理解してくれているようである。


そういえばこちらに来た頃にトヨタのリクルートを受けたことがある。

県内の営業のトップの方から連絡があり、

「採用の件で話がしたい。」と言われた。

その方と会って話を聞いた。そこで働くつもりは無かった。

「わが社では3ヶ月に一度(正確に数字は覚えていない)は全ユーザーと会うようにしている。

顧客満足がわが社のモットーですから。」

自信たっぷりに彼はそう言った。

トップの人はこれほど現場のことが見えていないのか?

ここの会社は大丈夫か?

それから数年、営業からの電話、DMさえも次第に無くなっていった。


ちなみに俺はトヨタの株式をわずかながら持っている。

ここのところはもちろん下がる一方である。

世界企業に期待をしてはいるのだが、、、

今回のリコール騒ぎで目を覚まして欲しい。
長男の小学校卒業旅行の札幌、

ポヤンの保育園卒園旅行の横浜、

どちらもついこの前だった気がするのですが、

早いものであれから2年がたったようです。

今回は次男の小学校卒業旅行です。

順当に長男の札幌に続くと次男は福岡となるのです。

というのも地元松本空港から飛行機が飛んでいるのがこの二都市なのです。

そのつもりで計画をしていたのですが、

もっと面白いことはないかな??

そこで思いついたのが車中泊によるぶらり旅です。

しかも軽自動車で、、、

行き先は渥美半島から伊勢、そして潮岬からならを抜けて大阪の実家に立ち寄ります。

琵琶湖から関が原を抜けて岐阜を通って戻ってきます。

泊まる場所はやはり道の駅でしょうか?

最近は車中泊が人気で道の駅などにはたくさんの方が車中泊をされているようにネットでは見受けます。

子連れの父としては責任もあるのでなかなかのプレッシャーです。

いい思い出を作れることが一番の望みです。

みなさん何か良いアイデアがあれば教えてください。

差し入れ、我が家に泊まってもいいよという提案、お茶、など大歓迎です。

その他、どうしても俺の顔が見たいとおっしゃる方も歓迎です(笑)

まあ、どこに行くか、いつ行くか(おそら3月下旬)などもはっきりは決めていません。

これから楽しみながら決めていく予定です。。。
今朝目が覚めると、また外が真っ白になっていました。

今年は雪が多いです。

例年より晴れる日が少ないように思います。

それほど寒い冬ということもないのですが、天気の悪い日が多いです。

この日の雪も重そうです。

きっと午後には大方溶けているでしょう。。。

子供たちはべチャべチャで大変です。。。

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7パーティーです。。

セブンイレブンで買って来た物でパーティーをしました。

普通にお弁当を買うと一人一品ですが、こうして色んな一品料理を買ってきて、

みんなで取り分けるとかなり豪華な雰囲気になります。

たったそれだけのことですが、なかなか評判でしたよ。

なんでもイベントに持っていくのが俺流です。

この日は夜の仕事がなかったので一瞬外食にしようかと思ったのですが、

冷たい雨が降っていたのと、ポヤンが少しせきをしていたのでこれに変更しました。

ちなみにキムチ丼が一番人気だったかな?

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伊那の生徒さん宅を訪問した帰りです。

市内西側の広域農道、ますみヶ丘辺りから撮ったものです。

少し夕日が当たりとてもきれいでした。

山の名前は間違っているかもしれませんので参考までに、、、

甲斐駒ケ岳 2967m

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仙丈ケ岳 3033m

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間ノ岳 3189m

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塩見岳 3047m

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赤石岳 3120m

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伊那市の西側のグリーンファームという産直の店の近くから見るとこんな感じです。

夕方がきれいだと思います。

この広々として風景を独り占めすることが出来ます。

ただ山の名前は良くわからないので、詳しい方は教えてください。

追加として全体の写真を入れます。

もう少し早い時間に撮ったものです。

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朝青龍が引退してしまいましたね。

相撲ネタが続きますがこの件に関して自分の意見を書きたいので、記事にしました。

俺の一番の感想は、「もうちょっと上手く、監督してやれなかったのかな~?」ということです。

真実もわからないので暴行事件や一連の不祥事についてどうこう言うつもりはありません。

ただ朝青龍の子供のように無邪気な笑顔を見ていると、今の日本人が忘れてしまったものを持っているよ

うに思えるし、決して悪い人間ではないと思うのです。

やはりそれを指導監督する大人が責任としてきちんとしないまま、番付と年齢を重ねてしまっていったの

で、今の相撲界の体制では制御できなくなったのではないでしょうか?

子供じゃないので本人の責任は在ると思います。でもわれわれの社会とは異質の相撲界で育ってきて、

しかも急に周りがちやほやしだすと、芸能人と同様、感覚がおかしくなるのも理解できます。

それを監督するのが親方なのだと思います。

ただ親方にとっても一生のうちに横綱を監督する機会なんてそうあるものじゃないし、

まして朝青龍のようにスピード出世すれば、監督するほうがついていけないのも当然だと思います。

組織全体の監督、指導体制を変えないといけない時期なのかもしれません。

朝青龍の流暢な日本語を耳にして思うことは、さぞ苦労したのだろうな、ということです。

われわれ日本人の多くはハングリー精神に欠け、努力をしないので、

英語を身に付けることすら出来ません。その部分だけでも充分尊敬に値します。

白鳳の涙の訳を知りたいです。

郷土の先輩が日本の相撲界に振り回されたことに対する悔しさから来る涙ではないだろうか、

と危惧するのは杞憂でしょうか?

朝青龍やモンゴルの人たちが日本という国に対してどういう思いを持っているのかも気になります。
大相撲で貴乃花が理事の一人に当選した。

細かいことはわからないがこれまでの慣習からしてすごいことらしい。

一連の不祥事や日本人力士の弱体化などテレビで報道される問題は明るくない。

その問題がすべてこれまでの相撲協会の問題というわけでもない。

まして貴乃花が理事になれば解決するということではないと思う。

ただ間違いなく言えるのは貴乃花の勇気である。

テレビで見る先輩の理事の人たちはいかにも怖そうである。

よくその人たちに逆らってまで立候補できたと感心する。

きっと貴乃花が現役の頃からすでに親方だった人ばかりだろう。

今となっては親の七光りも祖父の七光りも無い貴乃花である。

その勇気は俺を感動させる。


もう20年近く前のことである。

当時働いていたドイツのデュッセルドルフに大相撲の巡業がくることになった。

そこにいた日本人たちの注目はまだ駆け出しだった若貴が出世をしてドイツ巡業に来るかどうかだった。

巡業決定から1年以上が過ぎ、二人は若花田、貴花田 というしこ名でやってきた。

前頭くらいになっていたと思う。

日本書店で立ち読みをしていると武蔵丸が来て隣で立ち読みをしていたのが懐かしい。

彼は本当に大きくてユーモアがある雰囲気を持っていた。

俺の後ろを窮屈そうにしてすり抜けていった。

俺たちにとっては大相撲を間近で見て、街で力士に出会えたことはすばらしく楽しい思い出だ。

その頃の大阪場所といえば夕方6時頃にその日の取り組みが終わるともう外には次の日のチケットを求めての行列が出来るのであった。

現在、国技といっても相撲を取る子供などはほとんど見かけない。

学校の授業でやるわけでもない。

一体どこが国技なんだろう?

俺も特別相撲に詳しいわけではないが、勇気ある貴乃花を応援したい。

そして相撲を日本の国技として立派に育てて欲しい。

一つ思うのは兄、若乃花はこの弟の行動をどう考えているのだろ、それが知りたい。

写真はそのドイツで撮った当時の貴花田である。

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「兄ちゃんとお母さんってば~かみたい。」

当時中二だった女の子の生徒が勉強中にポツリと言った。

「なんで?」

「だってさぁ~兄ちゃんの合格通知が届いて、それを見て二人で抱き合って大泣きしてんの。」

「あり得ないでしょ?」

「いろんな思いが爆発したんだろうね、、、」

冷静にそういう俺に対して、その女の子はこう言った。

「あんな兄ちゃんなんて大阪でもどこへでも行ってしまえばいいんだ。」

そして俺は言った。

「そうやな。大阪へ行って不良にからまれてボコボコにされたらええねん。」

その兄ちゃんの方も俺の生徒で高校卒業後は大阪の学校への進学が決まったのだった。

俺はそう冗談で言い、彼女のほうを見るともう涙目になっていた。

そして一言、、

「先生ひどい、、、」

「うそ、うそ、、冗談やんか、、、冗談、、、」

俺がそう言った時にはもう遅かった。

「先生ひどい、、、うわ~~~~ん。」

彼女も大泣きしてしまった。

もちろん彼女は本気で俺に怒っているのではない。

爆発できずにいた兄への思いが一気に爆発してしまったのである。

母と兄妹の三人家族なので一層その絆は強いのだろうと思う。

合格させることが俺の仕事ではあるが、合格すると寂しさもあるから複雑です。


ということで我が家はまだまだ一家団欒のお鍋シリーズです。

流行のトマト鍋、市販のスープに缶詰のトマトを入れました。

ソーセージとしめじで洋風に仕上げ、やはりフランスパンが合いますね。

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鍋シリーズ第三弾

カレー鍋 すいとん鍋に続く第三弾で早くも鍋の王様がやってまいりました。

そう、もちろんこのかに鍋です。

子供たちも残念なことにカニが好きなようで、必死になって食べていました。

「タラバのほうが旨いね。」などと言いながらタラバの身の大きそうなところを奪い合うので、困ります。

タラバに続いてズワイガニのほうも足の太い部分から無くなっていき、あっという間にカニが消えてしまい、あとはいつもの水炊きのようになっていました。

しかし、いつもと違うのは鍋のあとのおじやです。

かにのダシが出てすごく旨かったです。。。

もう一度くらいはしたいものです。

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我が家のお正月といえばこれを欠く事は出来ません。

そう、お寿司です。。。

今年はまず俺が握りました。

この写真は全部俺が握ったものです。

最初にこのくらい握っておかないと落ち着いて食べることが出来ないのです。

このあと第二段として子供たちが自由に握りました。

そりゃ、あちこちご飯粒だらけですが、まあ、いいとしましょう。。。

彼らの腕が上がると俺は寿司職人を引退することが出来そうです。

やっぱり中トロが一番人気であっという間になくなりました。

でも、寿司って満腹になったようでもすぐにお腹が減るから不思議です。

それにネタを買って自分で握るのはそれほど安上がりでもないようです。

安い握りをいくつか買うほうが安いかもしれません。。。

でも、それもまあいいですね。

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