ハンタ・・・、おっと、失礼。
谷中さんは最近お見えになってませんね。
あのヒトは、来られるトキは毎日だけど、来られないトキは何ヶ月もお見えにならないンですヨ。」
――ん?ハンター?って言ったよナ・・・
ドタキャンの日から2週間が過ぎた。
ここは梨乃さんの自宅近くにある、いつものショット・バー。
あれから梨乃さんからは全く連絡がなかった。
梨乃さんの自宅はこの近くと聞いていたが、私は実際に自宅へ行ったコトは無かった。
だから、ここに来れば何かわかると思ってやって来たが、マスターの歯切れは悪いようだ。
「マスター、つかぬ事を訊きますが、梨乃さん、いや、谷中さんは既婚者ですか?」
「あ、やっぱり・・・」
「やっぱり?そりゃあどういう意味です?」
「い、いや、なンでもありません。
ただ、ときどき貴方のような質問をする方がおられるモンでね。
私が聴いている話では、どうやら独身のようですね。
でも、高校生のお子さんはおられるようですが・・・」
――なンと!
それは初耳だった。
病院の勤務に加えて風俗のバイトをしていたのは、あるいはソレが理由なのか・・・
「ところで、マスターは今、ハンターって言いましたよネ?
ソレはどういう意味です?」
「う~ん・・・。
コレは言ってもイイのかなぁ」
――マスターは何かを隠している。
直感的にそう思った私は、日頃コンプレックスに感じてる自分の人相の悪さを利用して、マスターをちょっと睨みつけてみた。
「い、いや、言いますよ!
だ、だから、そンな顔で睨まないでください‼︎」
――そンな顔で悪かったナ!
「谷中さんはね・・・」
マスターの話によると、梨乃さんはこの店に来るお客さんで自分が気に入った男がいると、片っ端から狩っていくクセがあるらしい。
だから、モノにするまでは足繁く通うが、トラブルがあれば糸を切ったように姿を見せなくなるそうだ。
そして、口の悪い常連客や選に漏れた非イケメン達からは、陰で「ハンター」と呼ばれているらしい。
「と、と、ところで・・・」
私はあまりのコトについ吃ってしまったが、ここまで来たからには梨乃さんの自宅を訊かねばならない。
「もとい。ところで、マスターは谷中さんの自宅をご存知ですよネ?」
「私が?いいえぇ!知りませんヨ!
確か、この近くのファミレスの裏とは聞いてましたが、どのマンションの何号室かまでは知りませんヨ。
私がお店のお客さんに手を出すと商売がしづらくなりますのでネ。ハイ。」
――じゃ、電話を間違えて持ち帰られた話も・・・
「マスター、モヒートをお代わり!
ついでに、知ってるコトあったら・・・
いや、もうええワ。」
そのコトを確認する勇気は、今の私にはもう残っていなかった。
「リンさん、でしたよネ?
さっき、やっぱりって言ったのは、そうやってご兄弟の方が同じ表情で同じコトを訊かれるモンでね」
「兄弟?兄弟がいてるンか?」
「あ!コレは失礼しました!
兄弟と言っても、あの、下世話な方の兄弟のコトでして。」
――なンのこっちゃ・・・
ん?兄弟?あ!
あ、あ、穴兄弟か!
「いやいや、リンさんは何度もウチに来られているので、てっきりご存知かと思ってましたよ。
知っててお付き合いされてるので、なかなか度量の大きいだと感心してましたのに・・・
ほら、カウンターの端にいる彼、それから後ろのテーブルにいる彼、そしてさっきまでお隣にいた彼も、みんなご兄弟ですヨ」
――え、え、え、えええええ?
ホンなら、知らんかったのは私ダケかいな???
私の名はRIN。
癒えたハズの恋の傷痕が、またもや化膿し始めた34歳。
恋人と信じていたのはハンターで、どうやら獲物としての賞味期限が切れてしまった、哀れな中年サラリーマンだ。
つづく