『リン、見てェ!雪がすっごくキレイよぉ!
でも、やっぱりアイゼンは必要だったかナ?』
ココはG市とC村の境にあるK山の麓、これから眞知子サマと2人で雪山登山に行く予定だ。
1月のはじめに眞知子サマのお店の常連客と雪山登山に行く話題が出たが、東京生まれのノンちゃんはモヤシっ子で、中年の高井サンは運動不足のメタボでとても無理、道産子の岩田クンは寒さには強いが運動はダメなヒトだった。
――それなら私がお供しますケド・・・
私はそう言いかけたが、常連客の前でそンなコトが言えるはずもなく、その話は立ち消えとなった。
しかし眞知子サマはよほど行きたかったらしく、1月下旬の今日、念願の雪山登山へ出発した。
クルマを停めた麓の駐車場からココまでは道路に雪が積もっていなかったが、登山口から山頂を仰ぎみると一面の雪景色になっていた。
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『さ、これで準備完了!リンは雪山登山って初めてでしょう?
慌てずにゆっくりアタシの後ろからついてくるのヨ♡』
登山口周辺にはアイゼンを販売している店があったので、2人はソレを購入して準備を整えた。
私は雪山登山もアイゼンなるモノを装着するのが初めてなので、眞知子サマが懇切丁寧に教えてくれた。
『そうそう、100m歩くたびにキスするのは忘れないでネ♡』
――こンなトコに来てもバカップルですか・・・(*/∇\*)
普段は明るい空の下でイチャイチャするコトが憚られる2人なので、こうして見知らぬ土地に来たトキの眞知子サマはとてもイキイキとして嬉しそうに笑っている。
私が自宅を飛び出してからもうすぐ2年が経とうとしているが、相変わらず2人の関係は誰にも秘密だった。
2人での買い物は自宅から離れたスーパーにしか行くコトができず、繁華街を歩くトキや電車に乗るトキはいつも人目を気にしていた。
2人が人目を憚らずに太陽の下を並ンで歩けるのは、旅行などの見知らぬ土地でしか有り得なかった。
――どンな場所でもこうして2人で歩ける日が、いつかは来るのだろうか・・・
私は土・日以外はいつも1人で寝ているワケだが、1人でいる時間が1年半を超えたあたり、つまり昨年の夏が終わるころからこンなコトを考えるコトが多くなってきた。
秋の終わりごろにはついにその思いが膨れ上がり、1度は眞知子サマに口答えをしようとしたが、結局はウヤムヤのままに歳を越してしまった。
『ダ・ダメェ・・・もぉ歩けない・・・』
――プっ!なぁンや、クチほどにもない・・・
モノの30分も歩くと、眞知子サマは息が上がって道端にへたり込んでしまった。
「だ、大丈夫ですか?慌てなくてもイイですヨ。ゆっくり登りましょう」
私は笑顔で励ましながら眞知子サマの回復を待った。
私がいくら雪山登山の初心者でも、これでもれっきとした格闘技の黒帯だ。
夜の商売で不摂生ばかりしている眞知子サマと違って、肺活量は6,800ccもあるので、体力と持久力には自信があった。
が、しかし、負けず嫌いの眞知子サマにはそンなコトはおくびにも出さず、しばらくすると立ち上がった眞知子サマの腰を優しく抱きながら歩き出した。
「大丈夫ですか?しンどくなったらまた休憩しますから、無理せずに言ってくださいヨ」
眞知子サマは激しい息遣いのまま無言で歩き続けた。
私はほとんど汗をかいていないが、眞知子サマはこのクソ寒い中で大汗をかいていた。
「無理しないでくださいヨ。イザとなったら私が背負って歩きますから」
『ム、ムリよぉ!だって、アタシ最近肥ったモン・・・』
「ははは。大丈夫ですヨ! 私は60kgくらいなら普通に背負って歩けるンです。
自衛隊の選手だって投げ飛ばしたコトあるンだから、眞知子サマなンて羽毛みたいなモンですワ♡」
『はぁい、お弁当!アタシの手作りよぉ♡』
なンだかンだ言いながら、眞知子サマは自力で頂上まで歩き続けた。
ソコはソレ、やはりそこいらの小娘とは根性が違うので、一度はへたり込ンでしまったものの、その後は一度も休まずに歩き続けた。
――このあたりが並みの女性とは違うトコやなぁ。
やっぱりオレが憧れて好きになったヒトやわ。
汗まみれの顔を拭きながら、私の前でにこやかに微笑む眞知子サマを見ると、自然と私の顔も綻びだした。
「めっちゃ美味しそうですネ、このお弁当!」
『さっきはごめんネ。
アタシを支えながら歩いたから、しンどかったでしょう?
おなかも減っただろうから、たくさん食べてネ♡』
「いやいや。道場で汗まみれのオトコ相手に2時間も練習してるコトを思えば、眞知子サマとぴったりくっついて歩けるなンて天国と地獄の差がありますヨ♡」
『そぉ!ありがと♡』
――太陽の下でこうやって眞知子サマと笑顔で食事できるなンて、それも眞知子サマの手作り弁当を食べれるなンて、ホンマ夢のようやなぁ・・・・
私は眞知子サマの作ったおにぎりを頬張りだしたが、なぜか涙がこぼれだした。
好き合った2人が大空の下で食事をする、そンな当たり前のコトが普段は出来なかった。
こンな平凡な幸せが、とても得難い幸せに感じられた。
『どうしたの?おなかでも痛いの?』
そう尋ねた眞知子サマの眼も少し赤かった。
おそらく同じ想いだったンだろう。
――こンな幸せがずっと続けば良いのになぁ・・・・
私は晴れ渡った空の下にある、美しく雪化粧された山を見ながらそう願ってみた。
しかし、その願いがかなうコトは永遠に無かった。
つづく
すんません。
今回はエッチシーンは無しでした<(_ _)>