「ルール」

 

これがあるから

 

私たちは

 

いちいち判断に迷わずに

 

行動できます。

 

 

「ルール」

 

これに従えば

 

私たちは

 

安心や安全を得られると

 

思います。

 

 

だから私たちは「ルール」に

 

従うことになんの疑問も抱く

 

ことはあまりありません。

 

 

信号が青色の時に横断歩道を渡るのは

 

何の不思議ではありませんし、

 

信号が赤色の時に車もバイクも来ていないのに

 

渡ることもなくただただ青色に変わるのを

 

待つのは「それはそういうものだから」

 

と無条件に受け入れているからに

 

他らならないからではないでしょうか?

 

 

このように「ルール」に

 

目を向けてみると、

 

実はあなたが抱く善悪の判断から

 

困った時にとる行動まで

 

ありとあらゆるところに

 

「ルール」があって、

 

 

それを意識してかしていないかは

 

ともかくあなたはそれに従って

 

生きているということに

 

気がつくことができるでしょう。

 

 

そうだとしたら、

 

とても重要なことがあります。

 

それは、あなたが何か行動をしようと

 

思った時に抱くその感情自体、

 

本来のあなたが自由に感じる感情ではなく

 

「誰か」が「そう感じなさい」

 

あるいは「そう感じてはいけません」と

 

あなたに感じ方の「ルール」を教えたのかも

 

知れません。

 

 

本来「ルール」はそれを守ることで

 

あなたが安全に、判断に迷うことなく

 

生きられるものであり、

 

あなたにとってプラスになるものです。

 

 

でも、

 

その「ルール」に従っているにも関わらず

 

あなたがどんどん苦しくなってきたり、

 

迷いがどんどん大きくなっているのだとしたら、

 

何かおかしいとは思いませんか?

 

 

行動を起こすことが怖かった頃の

 

私はまさにこんなことに悩んでいました。

 

 

行動を起こすことが怖くなるような

 

ルールというのはどういうもの

 

だったのか?

 

 

その話はまた次回にしたいと

 

思います。

 

 

最後までお付き合いいただき

ありがとうございました。