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2023/11/9(木)
道の駅常総で目覚め
7時20分発

 

近くにジョイフルが無いので、朝食はガストにしました

ガストに向かう途中、

気になる建物が出現

神社でもなさそうだし、あまり見慣れない建物

 

右折して近くまで行ってみた

陽光子友乃会 本部

グーグルマップで検索してみたら、どうも宗教団体のようです

興味は失せたので、来た道を戻ってガストへ



ガスト 筑波学園店 7時50分着9時25分発

信号のある交差点の角にあるのですが、駐車場に入りにくいです

交差点の道から直接駐車場には入れなくて、裏道から入る感じです

ナビの言うとおりに進んで駐車場に入れました

今回のナビは、おりこうさんでした

 

 

 

バランス朝定食 800円

そこそこのお値段しますが、確かにバランスのよさそうな一品

少なめライスで-22円でした

朝は白飯、奥さんのチョイス

 

 

目玉(ベーコン ソーセージ) 650円

いつもながら、目玉焼きの出来具合には感心する

計 1428円のところ、プラチナパスポートで-71円

支払いは1357円でした

 

イチョウ並木の黄葉を見に行くんですが、ガスト前のイチョウはまだまだミドリが主体だったので、期待せず行くだけ行ってみようという感じで行きました


万博記念公園のイチョウ並木 9時40分着9時45分発

ここのイチョウ並木の黄葉はすでにブログにアップ済なので

ご興味ある方はこちらへ

イチョウ並木の黄葉

思っていた以上に黄葉が進んでいて、行って良かったです

滞在時間は、写真を撮っただけなので5分でした

 

次に向かったのは、とある神社
道の駅常総の近くなので戻ります


金村別雷神社(かなむらわけいかずちじんじゃ) 10時10分着11時発
金村別雷神社駐車場

黒字の間に「大型車専用」と書いてあるんです

キャラバンは大型ではないですが、一応ここに置くことにしました

 

駐車場?空き地みたいな所か?

駐車場の奥は、草に埋もれて車が置き去りにされている

中古車屋の一部を神社が借りているのか?

 

散歩を兼ねて歩きます

歩くのは苦ではないが、15分ほど歩いた印象あり

 

右の舗装されていない道へ

矢印を信じて矢印の方向に進みます

神社は奥の林の中にありそうだ

 

 

鳥居がでてきた

バイクで乗り付けたヒトがいるみたいです

 

雨風に耐えた木

奥さん、チョット変わった木が好きで、バチバチ撮ってました

 

桜並木の参道

今はヒトが少ないけど、春には桜を見に来るヒトが多く訪れるのでしょうネ

 

第二の鳥居

高く伸びたイチョウ

こちらの黄葉はこれからのようです

 

 

さざれ石

さざれ石は数か所で見たけど、どれも個性がある

ここのは、コンクリートの塊のように見える

 

関東三雷神

立派な社号標です

 

関東三雷神は、「金村別雷神社」の他に「雷電神社」(群馬県板倉町)と「別雷皇太神」(茨城県水戸市)を指す

いずれも、京都の賀茂別雷神社(上賀茂神社)を勧請したか、関連があると考えられている。

たしか雷電神社には行ったことがある

 

金村別雷神社拝殿

立派な龍の彫刻が刻まれている

 

回廊

回廊があるって、格式高い

 

金村別雷神社本殿

傷んでいるが立派な本殿だ

 

金村別雷神社について

京都の上賀茂神社の御祭神であった賀茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ)のご分霊を祀ったのが始まりとされています。神社がある一帯は農業が盛んである一方、雷が落ちやすい地域としても知られていたため、創建以来1,000年以上にわたって人々から深く信仰されてきました。

大河ドラマ「篤姫」や「龍馬伝」でロケ地としても使われている

 

 

 

 

 

秋季大祭

11月23日に斎行とのこと

この日は伝統的な神楽が奉納される

 

木洩れ陽

ヒトもいないし、境内を歩いていると厳かな気分になる

 

竹垣代官徳政の碑

石碑の説明文

寛政5年(1793年)この地を支配した竹垣直温(なおひろ)は、度重なる天災で疲弊していたこの地域に上郷陣屋を設置し、現代の児童手当ともいうべき小児養育金を支給し間引きを禁じ、さまざまな勧農政策を施し農民の自立を促す民生の刷新を行った。

この功績を称え、農民等が徳政碑を建立した。

 

 

 

子育て石

石碑の隣に立っていた

なでると子宝・子授・安産の願いが叶うと言われている

絵のヒトが直温?

 

 

福雷橋

参道から一般道に出て右側にある橋

 

最初、ナビは橋の向こう側から神社に案内してこの橋を渡れと指示してきた

目視でも細いので国道123号線の橋を戻ってこの神社にきたのだが、よく見るとキャラバンでも渡れそうだったなあ

こっちからくれば、駐車場はすぐ見つかった

 

小貝川

静かな川だ

水が流れている気配がない

 

車に戻って移動


水海道風土博物館 坂野家住宅 11時20分着12時発

大きな駐車場

1台しか駐車していない

 

 

 

駐車場から坂野家住宅へ向かう

立派な竹林

素人的には密になり過ぎてるように思うくらいに密集している

間に陽が入らないので良くないように思うが、周囲はよく整備されているのであえてそうしているのだろうか

 

 

よく整備されてます

 

ここは庭園になってます

 

 

薬医門(坂野家住宅の入り口)

本来は武家屋敷に設けられるもの

 

平成10年に建物と屋敷地を坂野家から譲り受け、歴史的建造物とこれを取り巻く里山風景を保存する『水海道風土博物館』として屋敷構えや庭園などを、明治25年頃の銅版画に近い姿に整備・復元し、平成13年4月より一般公開を始めた。その後、平成15~17年の保存修理工事の解体で、主屋の変遷がほぼ明らかになり、主屋の形式が最も整った19世紀中頃の姿に復元した。

 

立派な塀がある

ほう、豪農とはいえ家に塀があるのか

江戸時代の豪農は力があったのですネ

 

江戸時代の広間型民家の典型

カラブキ屋根の大きな家

敷地内の建物・庭園が、時代劇をはじめ、さまざまな撮影に使用されているそうだ

特にNHKが時代劇の撮影でよく利用している

撮影隊が訪れるので駐車場が大きいのだ

 

 

中を拝見します

土間

母方の実家が農家で、建て替える前は土足のまま入れる土間だったことを思い出す

柿は庭で採れたものか

 

2階にあがってみた

 

文庫蔵

2階の窓から見えた蔵

文書用の倉庫というより貴重品倉庫で、400点を超える書画が保管されている

もちろん文書や文献も保管されている

 

外に出て庭から撮影した文庫蔵

2階建てになっていたんだ

分厚い土壁構造になっているので、防火・防湿に優れている

 

井戸

バケツが置いてあったりして、いまでも使えそう

使えるかどうかは未確認

 

 

稲荷社

敷地内にこんな立派な氏神様を祀ってあるって、すごく力のある豪農だったと再確認した

 

 

 

座敷部の玄関

幕府派遣の役人専用で、家人の使用は禁止されていた

 

 

昼食は坂野家に来る時に見かけたお店でランチの文字があったので、そちらでいただくことにした

 

私は車に戻らず徒歩で、奥さんは車で移動

 

 

 

歩道があるので危なくはない

危なくはないが、車はとばしてくるのでチョット恐怖あり

 

 

いさみ家 12時5分着12時50分着

 

日替わりメニュー

刺身そして焼肉の定食あり

まだある 揚げ物も

 

ランチ以外のメニュー

麺類もあった

何でもある街の食堂です

 

まぐろ丼・和風ラーメン 950円

ラーメンはサッパリ系

 

中トロ生マグロ刺身定食 1150円

まあまあのお刺身でした

中トロは好きです

 

移動

坂東市観光交流センター 秀緑 13時着13時40分発

「酒造跡地」が「リノベーション複合施設」にリニューアルされた場所です

明治28年建造の本蔵を代表とした歴史的建造物群と緑豊かな景観を活かし、体験型のガラス、陶芸、木工工房や、多目的ホール、文化歴史観光案内所等が入っています

 

ここは観光案内所

 

 

ここは現在では多目的ホールになってる

ここも秀緑と書かれてる

 

「秀緑」は全国新酒品評会で5年連続金賞を受賞して初めて手にすることができる「ダイヤモンド賞」も獲得したほか、茨城県新酒品評会主席、新潟県清酒品評会第1位知事賞などの数多くの賞を受賞し、昭和60年(1985)頃の最盛期には蔵全体で年間36万リットル(一升瓶20万本分)生産、販売していました。

広く親しまれ愛された大塚酒造でしたが、世の嗜好の変化、人員確保の困難など様々な理由が重なった結果、平成23年(2011)に惜しまれつつも廃業しました。

 

 

隣のトリセンで買い物

トリセンは高崎で単身赴任していたころ、よくお世話になっていたスーパー

なつかしい

 

移動


小目沼橋 14時15分着14時40分発

谷和原IC近くにある木の橋

 

近づいてみる

川沿いの道から川へ



 

正面から

昭和31年、小貝川両岸の村(下小目と平沼)を結ぶために作られた木製橋
橋幅は狭く1.5mほどで、欄干は無い
木橋のため車では通れない

趣のあるその風景は映画やドラマの撮影に度々使用されている

 

 

車は下小目公民館において歩いてきたので戻ります

小貝川からすぐのところに祠があった

生祠 岡田大明神

約200年前の文化7年にこの地の人々が建てたもの

 

説明板の要約

江戸時代後期に岡田寒泉という著名な儒学者は、後の常陸国の幕府領五万石の代官に任ぜられ、現つくばみらい市を中心に7郡182村を治めた。勤倹貯蓄を奨励し、飢饉に備えて米を備蓄させ、育児を奨励して養育費を支給するなど、善政の限りを尽くしたという。

村人は、このような数々の善政に感動し、彼の生祠(せいし)を造った。生祠とは、生存中の人の徳を慕い生神様として祭った祠のこと。

 

岡田大明神の向かいにあるのが

八坂神社

 

神社の駐車場

橋に行くのにここに車を置けるかも

置くのは、ご本人の判断でお願いします

 

もう1泊するか迷ったが、結局自宅へ向かった


走行距離 258.2km
16時30分着
高速を利用したので早く帰れた

an end!!

 

 

 

 

 

 

 

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