川沿いはきめの細かい砂だからだ。砂に足を取られて思うように進めない。足裏に力を込めると水ぶくれの痛みが増していく。前を行くジョシーの背中が徐々に小さくなっていく。
同じようなペースで走っているのに差が開くのは、スライドが違うから。身長こそ僕の方が少し高いはずなのに、典型的な日本人の体格である僕の一歩は彼女よりも幅が短い。悔しいけれど、足の長さで負けている。アマゾンの大自然に身を置き、こんなコンプレックスを感じることになるとは思わなかった。
上り坂なら小回りの利く短い脚をフル回転させて挽回することもできるが、パワーの必要な砂地だと、控えめな長さの脚はどうも不利になるようだ。すらりと伸びた長い足がうらやましい。
それでも引き離されて一人になるのは心細い。必死に食らいつこうとしていると、右膝の痛みがぶり返してきた。
それでも引き離されて一人になるのは心細い。必死に食らいつこうとしていると、右膝の痛みがぶり返してきた。
だましだまし走っていても痛みが収まらないので再び鎮痛剤に頼る。1日の服用量を超えてしまうが、そもそも初日からリタイヤの出るような過酷なレースなのだから、1、2錠の薬が与える副作用を考える方がどうかしている。それでも汗で成分が流れているから、あまり体の負担にならないと信じたい。
調子の戻らないまま、目印となるテープと小さくなったジョシーの背中を追いかける。テープは小川の中に続いていた。日没までに通過しないと危険だと言われていた1㌔の川下りの入口だ。すでに午後4時を回り、太陽が傾きかけていた。
水の中に足を浸すと、思った以上にひんやりとしていて火照った体を冷やしてくれる。水深は腰のあたりまでで、そんなに深くないのでバックパックを背負ったまま進む。川の水は濁っていて足元が見えない。川底には流木がごろごろと転がっていて行く手を阻まれる。天然のブービートラップに引っ掛かり何度も転びそうになる。これではワニがいても噛まれるまで気づかない。
さらには足のつかない深みにはまって頭の先まで濡れてしまった。背中のバックパックも当然のごとく水没。残り少なくなった食料は防水仕様の袋に入れてあるが、浸水していないことを祈るばかりだ。アマゾンの水で味付けされてはさすがに食べる勇気がない。
ずぶ濡れになった代償として思わぬ発見もあった。バックパックの浮力で体が沈まないのだ。上半身だけ平泳ぎをして川の流れに身をまかせる。悪戦苦闘していた流木につまずくことなく、すいすいと進める。足を休められるので思った以上に快適だ。姿の見えなくなっていたジョシーに追いつき、さらに2人を追い抜いた。
他の選手は胸まで水に浸かっても泳がずに走っている。不思議に思っていたが、その理由はしばらくして分かった。
突然、ごつんという音とともに頭に衝撃を食らう。目の前が真っ白になり頭がくらくらする。何が起きたのかわからず、驚いて水面に顔を出すと、倒木が横たわっていた。川の流れを利用して泳いでいる分、勢いがついた状態で頭をしたたか打ちつけたのだ。泳いでいると水面すれすれにある障害物が見えない。道理で誰も泳がないわけだ。
いったん泳ぐのをやめて陸に上がったものの、やっかいな敵がいた。水辺ということで異常に蚊が多いのだ。虫よけが効かない上に手で払ってもすぐに寄ってくる。耳元に煩わしい羽音が鳴り響く。露出している顔周りがまたたく間に虫刺されでいっぱいになった。
かゆみに耐えられず水中に避難。何度か体をぶつけながらも泳いでいると要領が分かってきた。水面ぎりぎりに顔を出したまま目視で障害物を見極める。流木のある場所は川の流れがわずかに変わるので、怪しい場所では手を突き出して前方を確認し、直撃を防げるようになった。
体当たりの力泳の甲斐あって川を抜けるころには後続が見えなくなった。バックパックをひっくり返して水を抜き、中身が濡れていないかを確認する、行動食のナッツ類とアミノ酸の顆粒、シリアルバーが水没していた。ジャングル味にアレンジされ、不衛生この上ないが、ほかに残っているのはアルファ米3食分だけ。
いざとなれば食べられる。かもしれない。行動食を捨てる踏ん切りがつかずにバックパックに詰めなおした。
いざとなれば食べられる。かもしれない。行動食を捨てる踏ん切りがつかずにバックパックに詰めなおした。
食料で痛手を負った。その反面、川下りでコンディションが大幅に回復した。熱っぽかった体を冷まし、足の疲れも多少和らいだ。最高のコース設定に思えたが、後々聞くと、翌日に小川を通過したランナーがワニを目撃していたらしい。先に聞いていたら間違いなく潜らなかっただろう。
聞いた後に寒気を覚えた。ジャングルの川は時間差で涼しい思いができるのだ。