スタートを翌日に控え、各選手が緊張した面持ちで調整に励む。
などということはない。
ストレッチ程度の運動以外は前日と同様、みんなのんびりしている。
レースに備えて体を休めているのだろう。
ただ独り、韓国から出場する24歳の大学生J・Jだけが浜辺を走っていた。
彼は2種類の靴を用意してくるなど準備に余念がない。
「兵役があるから今のうちにいろんなことに挑戦したい」と各地を旅して見聞を深めている。
爽やかな横顔から充実した学生生活を送っていることがうかがえる。
思い出を記録に収めようと、自分の走る姿を動画撮影する姿すら、まぶしく見えた。走った後は川で汗を流し、顔に乳液を塗る。スキンケアにもぬかりはない。
午後になり、ようやくレースのガイダンスが行われた。
走る上での注意点や危険が主なテーマとなる。
スタッフが木の幹を持ってきた。表面には小指ほどの長さの鋭いトゲが無数に生えている。
「つかまないでほしい」。
誰がつかむか。
坂を走って下っていると、木に手をついてバランスを取ることがある。そこで突然現れた幹のトゲが手に刺さるのだという。天然のトラップだ。コース上に罠の仕掛けられたマラソンの大会がこの世にあろうとは。
次にジャングルの住人を説明された。
まずはジャガー。
初日はジャガーの通り道がコース上にある。コース確認のために歩いていたスタッフがこの日、姿を目撃したそうだ。
声を弾ませて話す主催者のシャーリー。その嬉しそうな表情に身の危険を感じる。無事に帰ることができるのだろうか。
スタッフからは、ジャガーは神経質なので、積極的に襲ってくることはない。突然、遭遇しても自分より大きな動物は襲わない。しゃがまずに何人かで固まっていると大丈夫だとのこと。
なおもスタッフがよどみなく語る。
タランチュラは噛むまでの動作が遅く、「死ぬことはないし、安全な生き物」だ。
危険なのは毒ヘビ。「踏まないでくれ」と注意点はいたってシンプル。倒木をまたいだ直後や休憩で座ろうとすると思わぬところにいるらしい。
ボランティアスタッフの地元住民は「噛まれたらすぐに応急処置をしてほしい」と促す。
その後を受けたメディカルスタッフは「自分で手当てをせずに、すぐスタッフのもとまで走って来てくれ」と正反対。どっちが正しいのだ。
選手もスタッフも質問しないどころか、平然と聞いている。
ツッコミどころが多すぎる。
広大にして様々な動植物の生きるジャングルでは、そんな些細なことはどうでもいいのかもしれない。
言ってみたものの、いや、そんなことはない。さすがに死ぬかもしれない毒はまずい。
ただ結局のところ、自分の置かれた状況で判断しなければならないので、どっちでもいいのだろうと自分を納得させた。