ぼくは「やさしい」らしい
たしか小学校に入ってすぐの宿題で
「家族のひとに自分の長所短所を聞く」
というのがあった
小学校の1年のときのぼくは
まだ母が働いていたため
学校が終わるとじいちゃんばあちゃんの家で
母の迎えを待っていたので
ばあちゃんに宿題の質問をしてみた
ばあちゃんの答えは
「良いところはやさしいところ」
「悪いところはやさし過ぎるところ」
だった
その後のぼくは
いろんなことが原因で
人の目が怖くなってしまったから
その「やさしいところ」も一緒に歪んでしまった
ぼくのやさしさには
ひとに嫌われたくないとか
いい子だと思われたいとか
逆にやさしくしてもらいたいとか
そういうものが絡まってしまったからだ
だからひとに「やさしい」と言われると
後ろめたい思いを抱いていた
じぶんのやさしさが純粋なものでなく
欲にまみれた汚いものだと思っていたから
今でも周りのひとにはたいてい
「やさしい」と言われる
でも
じぶんではどこがどうやさしいのかは
分からない
ぼくにとっては当たり前に
ひとにしたり言ったりしていることだから
特別じぶんがやさしいとは思わない
ただ前と違って
誰かに「やさしい」と言われたら
うれしいし「ありがとう」と言える
初めてそう言えたとき
ぼくのやさしさから
見返りを求める気持ちが
なくなったんだと気が付いた