私は、
よい母であり
よい妻でありでありたかった。
それは私が
よい母でもなく
よい妻でもないから。
自分というものが
兎に角ダメ人間だと感じていたから、
兎に角良い人間になりたかったのだ。
だから、
思い付く限り出来ることをした。
子ともが食べ物の好き嫌いが多く、
このまま成長したら困ってしまうんじゃないかと考え、
苦手な野菜をミキサーにかけたり、
子どもが好きなキャラクターの食器を使ってみたり
美味しい野菜をわざわざ買いに行ったり
保育園の先生や、ママ友に相談もして
ありとあらゆることを試してみた。
それが
私が気にすれば気にするほど
息子の将来を思えば思うほど
ご飯が不味くなった。
どれだけ頑張っても
息子は嫌いなモノは全く食べない
どれだけ
悩んで
どれだけ
苦労して
どれだけ
頑張っていても
全く報われない
もう、
ありとあらゆることをやりきった私は、
なんだか疲れてしまっていたの。
たまたまテレビで、きゃりーぱみゅぱみゅちゃんが、「好き嫌い多くて、ご飯なんか食べずにお菓子ばっかり食べてた」と聞いて、別に野菜や嫌いなモノを食べなくても立派な大人になる人もいるんだなと感心して息子の食べ物の好き嫌いを無くすことを
諦めた。
よい妻でもありたかった私は、
子どもの好き嫌いを無くす為の食事を考えてながら、
旦那の晩ご飯作りも頑張った。何も望まない旦那が「おかず3品は作って欲しい」と言っていたから、どれだけ仕事で疲れていても、時間がなくても、体調が少しくらい悪くても、ご飯にお味噌汁、おかず3品を作る事を目標にしていた。
そんな私の頑張りを知らない旦那は、仕事のお付き合いでよく晩ご飯を食べて帰ってきていた。
仕事で忙しいかもしれないけど、
電話一本、せめてLINEでもしてくれれば、作らなくていいのに。私がどれだけ頑張って作ったのか知らないくせに、美味しいものばっかり食べて来やがってと腹が立ったが、仕事のお付き合いだから仕方ないと怒りを閉じ込めてた。
旦那が仕事でストレスがたまって、ため息が多ければ、それとなく話しかけても、だいたい「うん」とか「そう」くらいしか帰ってこない。
私はもっと
話がしたかった。
息子が
食べ物の好き嫌いが多くて悩んでいる時に
小学生1年生の時に「しゅうだんとう、いきたくない」と言われてどうしていいか、わからない時、
発達障がいじゃないか??と近所の人に言われてとても傷ついている時、
宿題をやるのが嫌でいつも癇癪を起こして大変なこと、
「ママ、お腹痛いから学校休みたい」とズル休みをしたがる息子の
少し話を聞いて欲しかった。
このまま息子が大きくなり、2人だけの生活になってしまうことが恐ろしくて、夫婦関係を改善しようと、本を読んでみたり、友達に相談したり、わざと喧嘩してみたり、優しくしたり、尽くしたり、無視をしてみたり、ありとあらゆる事をやったが、効き目は残念だけどなかった。
でも、
あぁ、私は相手を自分の思うようにコントロールしたかったんだと気付き、私の願いをそのまま旦那に押し付けるのは何か違う気がして、その思いを手放した。
結局
良い母にも
良い妻にもなれなかった。
頑張れば、頑張るほどに
1つ1つそうやって手放さないといけなかった。
もう、頑張れないし
もう、降参なのだ。
スピリチュアルでは
手放しを
宇宙に託しましょうなんて言う。
確かにそんな方法もあるのかもしれない。
でもね、
例えばめちゃくちゃ好きな人が出来て、運命の人かと思うくらい好きになって、告白したのに「ごめんなさい、あなたにはもっと良い人がいるから」なんて流されたらすぐに手放せないでしょ??
宇宙に投げたら
簡単に手放せる?
人生を呪いたくなるでしょ?目が腫れようがお構いなしに泣きまくって、
友達を誘って飲みに行っては泣き、
家で1人になっては泣き、
読まなくてもいいのに、彼との過去のLINEを見て思い出しては泣き、
もう、こんなに悲しいのなら恋なんて絶対しないと泣くでしょう?
そんな時に
すれ違った彼が可愛い彼女と手を繋ぎながら歩いているのを偶然見かけでもしたら
人生を呪うでしょう。
彼を呪いたくなるでしょう。
もう、こんなに傷つくのなら恋なんてしないと
心に誓うでしょう?
世の中は効率的で、簡単に手放せる人の方が圧倒的に多いのかもしれない。
でもね、
執着ってそんなに悪いことじゃないと
私は思うんだ。
だってね、
きっとその執着って
あなたが大切に思っているからこそ、
譲れないモノがあるからこそ
執着しているんだよ。
大切に思っている気持ちや
譲れないモノを
簡単に手放す方がどうにかしてる。
と私は思うんだ。