小売りビジネスの世界では、「Retail is detail」という言葉があります。
これは、小売りビジネスというのは、その本質を突き詰めれば、一つ100円、200円という商品販売を、細かい対応で積み重ね、また、VMDや導線管理、店内の細かな設計から、お客様一人ひとりの満足を高めるための実直の努力の積み重ねで優勝劣敗が決まる、決して大胆な魔法の杖があるわけではない、という意味だといわれています。
その為、いくつかの企業では「君は店頭で実際にモノを自分で売ったことがあるのか」という質問を投げられ、多くの頭でっかちな企画部門出身、あるいはコンサル出身の人が「これは使えない」という烙印を押させることになるわけですね。
私も流石に店頭に立ったことはありませんが、一枚 3000円のセーターを何万枚も売り、針一本入っていると(繊維製品では製造工程で針をよく使うため、針が折れて混入することが多い)、下手をすると数億という損失が発生するほど神経を尖らせ、数万、数千というSKU単位の商品管理をしていたし、なにより、競争が激しい業界ですから、お客様の言うことは絶対。こちらの都合やスケジュールなど完全に無視。24時間 X 365日臨戦態勢でいた経験は、ものすごく役に立っています。
私たち、企業改革を推進する立場の側から見ても、大きな戦略よりも細かなオペレーションの方が大事だといわれ、その為、リテールの専門家には、店頭のヴィジュアルマーチャンダイジングから棚割、従業員の教育、接客の技術や5S (整理・整頓・清掃・清潔・躾)からシフト管理など、あらゆるDetail の専門家が存在し、独自の経験などから、いわゆる「かゆいところに手が届く」サービスを行っているわけですね。また、システム化についても、RFIDを使った倉庫の棚卸しや品だしなどに使われますし、こうしたソリューションが中心になっているわけです。
「細部をしらない人」には改革ができない、といわれるゆえんです。
これは、ある意味本当だと思いますし、自分の経験からいっても、業績を改善させた要因は、やはり一人ひとりのモチベーションをあげ、とくに現場の社員が燃えるような気持ちで前向きになり、心一つにして「やる気」になると売上も上がる。Retail is detail の意味はよくわかります。
しかし、今の世の中のように、ビジネスのあり方ややり方が大きく変わるとき、Detail を積み重ねてきた発想で、ブランド戦略や業態改革論を推進することに危険性を感じます。真っ青に晴れた晴天下の静かな海のクルージングのようなときはRetail is detail は有効な手法だと思います。大波がきて海が荒れ狂うような時代には、全く別の技術が必要になる。店頭が消滅し、お店がすべからく自動販売機になる。例えば、無印が生鮮食品を売る、アパレル企業がホテル事業やリフォーム事業をやるような時代になったとき、Retail is detailを超えた、大胆な発想、切り口が必要となり、小さな改善の積み重ねが全く機能しないことが多々あるのです。
典型的なのはビジネスのデジタル化ですね。もちろん、行き過ぎた期待はビジネスの本質的な競争力を壊す可能性もあります。1990年代後半に流行った「持たざる経営」と「アウトソーシング」によって、多くのアパレルは店頭も持たない、工場もEMSという協力工場に委託し、2000年になっては、アパレル企業が持つ最後の砦である「企画やデザイン」さえ、商社や工場に任せるということが進み、今では多くの企業がもっているのは「在庫」と「ブランド(と称する)名前」だけ、という状況になり、企業間の違いは管理の緻密さの違いのみ、ということになり、結果、どんぶり勘定な企業は、緻密なKPIや数字による経営にシフトし、本来ファッションが持つ楽しみを失った企業がなんと多いことか。結局、今勝っている企業は、生産工場も売場ももっているファーストリテイリングや、ハードとソフトの両方をもったAppleのような企業(最近は、MicrosoftまでPCを出しています)一気通貫型の企業のみ、ということになっています。
私が経験したある企業では、自社で工場も、売場も、付属も、生地も、なんと人材輩出の仕組みも持っていながら、それらを有機的に結合することなく、バラバラにビジネスをおこない、結局、今になって残っているのはそれらの中の2つのみ、という結果になっているのですね。一度解体した機能は不可逆的に元に戻すことはできません。日本も繊維製品の製造は全体の2%以下となっており、98%は消滅しました。今更、Made in Japanが流行っているからといって、時間を巻き戻すことはもはや困難なのです。
Detailも近視眼的な対応もとても大事です。数千億といわれる企業でも、何千店舗、そして、その中にいる何千点の商品で構成され、それら一つひとつの積み重ねでビジネスが成り立っているからです。しかし、産業の構造が大きく変わる中、Retail is detailは、その改革の大きな阻害要因になっているのではないか、と思う今日このごろです。