父さん、ネジ食ってますか?
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クラウチングスタートのポーズを取る虚無僧の横で笑う君の顔をボクは忘れないがテーマの刺青

変わらない引きこもり暮らしが続いている日々ですが、陽が落ちて辺りが寝静まるころには外から虫の鳴く声が聞こえてきます。気がつけば今年もあと二ヶ月と少しほどになってしまいました。

歳を重ねるごとに時間の流れが速くなるというような事を時々耳にしますが、自分がそれを実感し始めたのは二十歳を過ぎてからだと思います。おそらくそれはボクだけではなく多くの人がそうなのでしょう。

十代の頃は一年一年に年齢を実感させる、やらなければならないイベントが数多く存在しますが社会に出た途端それらのほとんどは消失し、それ以後は自分より先に社会へ出て行った先輩方たちの元に列席し引退するまでの間、ただひたすら同じ毎日を繰り返していくだけなのですからそう感じるようになるのも当然のものといえましょう。十代の頃とは違い二十歳以降はその年齢でなければいることが出来ない立場というものはありません。あるのは若いか老いているかの漠然とした二つだけです。

幼稚園(保育園)、小学生・1・2・3・4・5・6年、中学生・1・2・3年、高校生1・2・3年といったようにまるで階段を上るかの如く一つ一つ目に見える形で歳を取るのとは違い、ただ20代から30代へ、30代から40代へとまるでグラデーションのように変わっていくだけのものですから、自分自身で注意深く区切りをつけていかなければ十代の時のような年月を過ごすことは出来ないでしょう。

いや、それでもまだまだ無理かもしれません。何より大きいのは十代の時には自由が存在しないという点です。

社会から学校へ通う事を強制され、学生という身分でいることを誰も疑いを持つことはないほど認められています。

確かに二十歳を過ぎてからでもちゃんと学びたい、学びたかったという人たちが高校や大学に入学するということはさほど珍しいことではありません。学ぶという事そのものに老若男女といった区別は存在しないのですから。ですが、学生という肩書きに付随するものは明確にそれらを分け隔てます。ボクは大学に通ったこともない無学な人間ですので大学のことはよく知りませんが、高校で考えるなら文化祭や体育祭といったものを一度社会に出て良し悪し両方の経験を積んだ人間が、初めてその時を迎えた人間と同様に味わうことができるとは到底思えません。

少し前にどこぞの芸能人が大人だって文化祭をしてもいいじゃないというのを掲げ、どこかの学校だかを借りて文化祭を行おうとしているといったものをテレビのニュースで見ました。そういうこまっしゃくれた事をするのは大体演劇関係の人間なわけですが(偏見)、それもやはりその手の人が主導となっていました。

彼らの行為はちょっとだけ見るなら「青春よ今一度」といった感じのいつまでも少年らしさを忘れないかっこいい大人と思えたりしますが、一歩離れて見れば若い頃の思い出と時の流れにすがりつき、必死で今の自分を否定しようとしている侘しい背中が見えてしまいます。おそらく彼らとしては若かりし頃の躍動感といったものを思い起こさせ、昔では力及ばず出来なかった事を今の自分で成し遂げようといったものなのでしょう。それ自体には何の異論もありません、ただそれをするために選んだものが文化祭、しかも普通に文化祭というのがいけません。彼らはいったい何を発表したかったのでしょうか。現役の学生ならば文化祭は自分達の何かを知らしめるための数少ない発表の場として機能することが出来ます。誰もそれを意識する事などありませんが、文化祭というのはただガヤガヤと過ごすだけのお祭りではないわけです。学力ならばセンター試験といったものが存在しますが、文化祭というのは学力ではない何かを学生達が無理やり形にして表に出す場所なのです。その無理やりな力があるからこその輝きであり、躍動感であるわけです。形作る事を覚えてしまった大人がやってもそれは無意味なのです。ですがそれすらも合わせての表現活動として彼らが行っているというのならボクは彼らに完敗です。

しかしボクは文化祭なんかを開かずともいつだって少年時代です。

何故ならこんなに大真面目な文を書いている全裸なのですから。いったいいつから全裸なのかもわからないくらいです。

全裸と少年との間には何の因果関係も存在しませんが、それについて触れることは許されません。

過ぎ去りしあの日を生きていた私たちは触れてはならないものに胸をときめかせていたのですから。

このブログは誰も見ていません。

どこかしかの業者によるトラックバックがありますが、これは閲覧者としてカウントできるような存在ではありません。

ですからこのブログは誰の目に止まっていないものなわけです。

誰も見ていないのなら自分の考えを世に発信するというブログ本来の機能は活動していないことになります。

誰にも読まれない文章、しかも何の資料にもなることがないとくればボクのこの文章はブログでもなんでもない、いわばネットデブリなのでしょう。

ただし、誰も見ていないなら見ていないで使い道はあるのです。誰かに読まれることが前提となっている文章というのは編集やライターといった文筆を生業とする人以外ではそうそう書く機会はありません。

完全に無いわけではないですが、企画書やレポートといったものはあくまで用件を伝えることが目的ですし、必要ない限り自分の感情や感想といったものはなるべく省くように書きます。何よりそれらはその立場にある者ならば誰が書いても構わないものです。

ですが自分でなければならない文章となるとそうそう機会はありません。

ならばその文章をここに書けばいい。人に読ませることが前提の自分でなければならない文章というのを訓練するには絶好の場所ではないでしょうか。それが何に役立つのかなんてのはどうでもいいのです。本来ならとても人様に見せられるようなものではないけれども、誰も見ていないならば恥ずかしがる必要などありはしません。。

こいつは言ってしまえば一人カラオケ。それが役立つことがあるかはわからないけれど、カラオケでの歌い方は確実に身に付けられる。このブログはコミュニケーション不全となっているボクが行う一人カラオケなのです。

ですからちゃんとした閲覧者なんかが万が一出来てしまったらすぐにでも止めるでしょう。

でもそれはそれ。そうなるまで出来る限り書き続けるわけです。無論全裸で。

横須賀忍法帖風雲録 ~ 俺がお前で お前がタージマハルで(本文とは関係ありません)

KEIZOKUは力なりと言いますが、継続できる程の力があるなら継続できるわけで。

それすら身についていないのならら永遠に力がつくことは無いという事になりますがNEETです。

このNEETとトいう言葉もブログと共にここ数年でよく目にするようになりました。

「NEET」だなんてその響きだけを見るとまるで旗にでっかく横文字はためかせ、平伏せぇー平伏せぇーと突きつけられているような感じのする言葉ですが、要は穀潰しです。

日本には古来からそのようなちゃんと当てはまる言葉があるというのに、わざわざ新しい言葉に置き直して危機感を煽るというのはマスコミが良く行う常套手段だと思われます。何せ日本人は新しいものが好きで尚且つ飽きっぽい。同じ言葉をKEIZOKUし続けたのでは慣れてしまい、次第に何も感じなくなってしまいます。それゆえ定期的に新しい言葉が生み出され、その度に心を煽られるのです。

NEETというかいちいち変換するのが面倒なのでニート。この言葉はここ数年で一番のヒットとなった言葉でしょう。

いまやその言葉を見ない・聞かない日は稀じゃないでしょうか。ニートという言葉と遭遇せずに一月過ごせたら100万円というチャレンジがあってもいい位だとボクは感じてます。

しかし今現在耳にするその言葉は本来の語源であるところの

Not in Education, Employment or Training

「教育機関に所属せず、雇用されておらず、職業訓練に参加していない者」

というものではなく、社会に出て働かない・働く力が無いもので例え働いたとしても長く続かずその原因は社会とのコミュニケーションが取れないからだという人間として酷く不出来かつ稚拙極まりないものでそして働かないのだから当然収入などというものがあるはずもなくそうなれば親の脛をかじって生きながらえるしかない存在に税金なんかは払うことが出来るわけもなく社会との繋がりも断たれているので家から出る理由などありはせず一日中部屋に篭り何も生み出すことないままただただ惰眠・無駄飯を貪り親兄弟を暗澹たる気持ちにさせる癖に自分探しの旅に出るそぶりを見せて絶対に出ないような人間として生きる価値も無く出来ることならその資格も剥奪してかまわない人間のような肉。というような意味合いで使われています。

要は穀潰しです。というより上の意味合いでは穀潰しの方が適当なのです。

しかし何故本来の意味ではなく穀潰しという意味合いで使われるのかというと

働かない人間に財産があるわけがない、働かない人間に社会的地位があるわけがない、それらを築くことが出来ないのだからそのような人間には知性があるわけがない、そして知性の無い人間は人間ではない。

風が吹けば桶屋が儲かるのならば、働かない人間は人間ではない、人間より下等な何かだ。

かなり強引ではありますが、ということなのでしょう。

故にニートは人間扱いされない非服従の奴隷・賎民という忌避したい存在であり、労働が常である社会に於いての非日常。

そのような存在をこれだけマスコミに取り上げるのは就労意識を持たない、もしくはその意識が薄弱なフリーターが近年増加しており、就労しないという事はその人たちが支払うべきであった税金が支払わられない(支払えない)為に年金や国民保険といった社会保障に極めて深刻な影響を及ぼしかねないという危惧から、などというのは建前で本心のところはと言うと一例として取り上げられたニートの対象者を見ればそれは一目瞭然。ニートという人間の道から外れた存在がマトモに生きていけないという姿をを垣間見ることにより、マトモに働いている人たちがざまあみろとほくそ笑み、自分達が選んだ道が間違いではなかったのだと確認したい気持ちをうまく掴んだからなのです。言ってみればニートというものは公園にある少し大きめの石を持ち上げた時に現れる虫のようなもの。その虫たちがわらわらと逃げ出す姿が面白い、そんな思いを上手く煽っているからなのです。

ニートは人間ではないのかというと人間的な感情からすれば人間ではないのかもしれません。

ニートとは若干違いますが不労であることが罪ということは歴史上に存在しています。

1530年代にイングランドで発布された初期の救貧法では健常者による不労は強制労働が課されました。

無論それは大昔のものであり現代において人間は何者であろうと人権の名の下に守られているので、そのようなものは最早ありませんし、救貧法が発布された当時は貧民・浮浪者による盗みや暴動などが深刻な問題になっていたという状況があってのことです。

ですが働いている人間にとってニートというのは「自分は働いているのに奴らは働いていない」「自分は税金を払っているのは奴らにタダ飯を食わせるためじゃない」という負の感情を抱かざるを得ない嫌悪の対象であることは間違いありません。

しかしそんな彼らがまっとうな知性を持った存在では笑い飛ばすことなど出来ません。彼らのほうが正しいのでは?という疑念を抱いてしまいますから。だからこそマスコミが取り上げるニートというのは「分かりやすい社会不適合者」ばかりなのです。

しかし世の中には労働せずとも収入がある人間もいます。たとえば賃貸における大家さんなどがそうと言えるでしょう。

働かずとも所得のある人間というのは得てして一般の人間よりも多い資産をもっていることあります。

ですがそんな彼らがニートとしてテレビなどにでてくるでしょうか?そのようなことはありません。

富や地位があっては蔑むべき「ニート」というレッテルを貼ることができません。ですがそんな彼らもテレビといったメディアに出てきます。そう、「セレブ」として。

このセレブはセレブリティの略でありますが、これもまたニートと同様マスコミに於いては本来の意味から少し外れた意味で使われています。本来は著名人・有名人・名士といった人たちを表す言葉ですが、そういう人たちは例外なくお金持ちであり、それが次第にお金持ちをさしてセレブと言うようになったとのことです。

もちろんセレブと呼ばれる人たちも働いて成功することによってその地位を得た方も多いです。きっとそうです、ボクは知りませんが。ですが彼らは不労所得ないし労働せずとも暮らしていける資産を元から持ち合わせていることが大体です。

ここら辺はボクの想像とするところが多いので説得力などは無いに等しいといわれて仕方ありませんが、セレブとニートの差は持つ者か持たざる者かでしかないと考えます。なのでテレビや雑誌に触れたときにセレブを羨み、ニートをあざ笑うその背中は非常に不健康であると進言しておきます。どちらも共に笑い飛ばすべき存在なのです。

とまぁ、つらつらと書いてきたわけですが今現在NOWでブッちぎりもしくはブッチホンじゃなければぶっとび!(宮沢りえ)でバリバリでカラカラのニート(25)が言ってるのではもうほんと、だめすぎて何がダメなのかすらわからないわけで。

そして日記を書いていくつもりだったのに何故社会風刺?という疑問と共に仮に日記だとしても書き終えるのに6時間って何よという大きな問題が表れました。

こんな1000カロリーのものを食べるのに1200カロリー消費するようなことではKEIZOKUしてブログを更新し続けるなど夢物語でしかないです。もう寝たいです。寝て起きたらお日様沈んでてブルーな気分になりたいです。ほんと正直疲れました。

そしてくるんだ!エロ業者のトラックバック!

私はそれだけの為にこんな文を書いたんだからな!

一年放置しておいたけど何の問題もなかったこれ

一年も放置していたのにいまだにページが存在している。
そんなページであるにもかかわらず目にしたランキングは149270位/1170705人中。
自分よりダメな人がこんなにもいるんだと思うとうれしくなりました。


2つ記事を書いた後の放置したこの一年、色々なことがあったものですがネットというもの殊更においてはブログに関してみると
テレビをみているときブログを取り上げる、そんな番組をチラホラと見かけるようになりました。
でもテレビ番組におけるブログというものの取り扱い方がどうにも微妙すぎてなりません。
これはブログではないですが同じネット発のものとして有名な「電車男」以降
ネットで人気→書籍化→売れたらドラマ化。というのが一般的な流れのようです。
こんなことは僕ごときが言わずとも十分承知なことでしょう
しかし、その流れが最近のテレビを見ると
ネットから無理やり発掘→無理やり書籍化→無理やりドラマ化。
という初めからビジネスありきで無理やりなマッチポンプというものが見え見えで、そういった番組はつい冷ややかな目で見てしまいます。


とある番組では「貴方のブログをドラマ化!」などと、まるで夏休みに海外旅行を楽しんできた家族が目にする常温放置されたお爺ちゃん並みにあったかい事を言い出していましたが、その番組はその後どうなったんでしょうか。
あまりに興味がなかったのでいったいいつやっていたのかすら忘れてしまったのですが
そのときに抱いた、モテない男子学生が外に出る気力もない蒸し暑い午後、クラスのイケメン連中は海なんかにいって肌を小麦色に焼き、人溢れる浜辺で青い真夏の空が身も心も開放的にさせている女の子たちと炎天下のビーチで巻き起こる甘い情熱のひと時を下半身の欲望に誘われるまま夏。なんて事をしているに違いないというのに、俺は伸びきったパンツだけをはいて大して面白いとも思ってない「いいとも→ごきげんよう」のコンボを決めつつ茹ですぎたそうめんをたべたのち寝る、そんな時に浮かんだ妄想のような企画が立派な番組として扱われ、それでお金がもらえてしまうのかという大人の世界はやっぱりダメだなぁというのが心に残っています。

そんなブログですが、昨今の猫も杓子もブログブログアフェリエイトブログという流れに乗って始めたはいいもののいざ書いてみれば3日で書けることなんかなくなってしまうわけで。余程、何かに対する造詣が深いとか目的があるというのでもない限り、発信者である書き手は読み手がつく前に離れていくものなのでしょう。そしてそのことを示しているのが「149270位/1170705人中」という数字なわけです。


ニュースを語るには知識がない。流行を追えるほどには敏感じゃない。何かエキセントリックでアンダーグラウンドな職業についているわけでもない。
のんべんだらりと日々惰眠と無駄飯を食らう人間なんかは意見することすらおこがましいわけですがそれはそれ。
とにかく一番重要なのは続いていくことというだけなのです。

江戸時代の名前もわからないような平民の日記が今では大事な歴史資料になってしまったりするわけですから

日記はたとえ何もなくても続いていけばいずれそれ自体に価値が出てくるはずなのです。

もっともそれは当人が世を去ってからの話になるでしょうが。
しかし1年も何もせずにいたのだからどこまで継続されているかは想像に難くないのが情けないところです。
そもそもこの文章じたい以前に書いていたものを投稿しないままテキストにいれていたのを発掘しただけですし。
本当にこの1年は何もなかった、省略しても差しさわりのない1年でした。
これは良くないです、行動しなければ記憶は増えないのを痛感しました。

恐怖!台風が来た夏の夜の別に何もなかった話・・・

台風11号、関東上陸の恐れ

 強い台風11号は26日未明、東京都や神奈川県などの一部を暴風域に巻き込みながら、伊豆大島付近の海上を時速約25キロで北東に進んだ。
 11号は、関東地方を直撃した後、首都圏を縦断し、26日午後までに茨城県から福島県にかけての太平洋沿岸で再び海上に出る見通し。東京など首都圏の海沿いの地域では、26日朝まで強い雨に対する警戒が必要だ。
 台風の接近に伴い、関東や東海地方で激しい風雨に見舞われるところが出ており、伊豆大島では25日午後11時40分、最大瞬間風速57・0メートルの暴風を観測した。
 また、神奈川県西部の箱根町では、25日夜になって、時間雨量で60ミリを超える記録的な豪雨が続いた。25日午前0時からの24時間雨量は約530ミリに達し、土砂災害が起きる危険が高い状態となっている。
 気象庁の観測によると、26日午前0時現在、11号の中心気圧は965ヘクト・パスカル、中心付近の最大風速は40メートル。中心の南東側110キロ以内と北西側70キロ以内では風速25メートル以上の暴風が吹いている。この台風の影響で、空の便に欠航が相次いだのを始め、JR東海道新幹線にも遅れが出た。
(読売新聞) - 8月26日1時29分更新


朝寝て、夜起きたら外はビュービューじゃないですか。

これは部屋に篭っていても仕方がないということで、台風の現場に行って見ることにしました。

雨がとても強いので、いつものようにシルクハットに燕尾服という正装をしていても意味がありませんので、誰が買ったのか忘却のかなたにある短パンと誰かの忘れ形見のジャージだけ羽織って外を観察していきました。

私の住んでいるところは郊外のベッドタウンでありますので、流石に深夜の2時ともなると国道を走る暴走トラック以外に人影は見当たらなくなります。

その上、もう皆眠ってしまっているのでしょうね。どこもかしこもお化けや宇宙人の襲来が怖くないのか窓から見える蛍光灯の明かりすらもまるでありません。

暗くてどうしようもないので持ってきた自転車用のライトをつけて雨の中を歩きます。

目的地もなくさまよっていても何ですので、夜の公園へと赴いてみました。

夏、そして夜。この二つの条件が揃った公園で何が行われているのかは想像に難しくはありません。

そうサバトです。

夏は若者のリビドーが開放される恐ろしい季節なのです。

しかしそのパッションも昼のお日様が照りつける中では回りの景色が見えてしまうので、理性が本能を押さえつけてしまいます。

ですが回りが見えづらくなる夜となると話は別です。夜の暗闇は人間の動物としての本性をさらけ出してくれます。激しい夏の夜、寝静まり誰も邪魔をするものがいなくなった公園。そこは都会に生み出されたエアポケット。いったい公園ではどのようなセメントマッチが繰り広げられているのかと考えるだけで、恥ずかしながら私は年甲斐もなく胸がドキドキしてしまいます。

いい加減、雨に打たれるのにも慣れたころ私は公園に到着しました。

遠くでは何か事故起きたのか、救急車のサイレンが静かな住宅街に木霊しております。

丑三つ時を過ぎた公園は外灯も消されているため不気味なほどの暗闇に覆われておりました。

あまり強くない自転車用のライトの明かり程度ではっきりと照らされるくらいの暗さでありました。

そのライトを頼りに公園に入りますと地面にはこの雨の為に小さな川が行く筋も出来上がっていました。

外灯、ベンチ、ブランコ、そしてジャングルジムと見て回ったのですが、残念なことにこの公園には夏の夜に繰り広げられるサバトの狂態の残り香すらも感じ取ることは出来ませんでした。

でも何故か、雨にうたれてふにゃふにゃになった分厚い地図帳と水を吸い込みまくった小さなクッションが落ちていたりしました。

もういい加減台風の中を歩くのにも飽きてきたので帰ろうとしたところ、ふと私は気がついたのです。

もしかして自分は今、夏の怪談話に出てきそうなシチュエーションにいるのではないのか?

そして自分は何か見てはならないものをみてしまい、そのせいで霊にとりつかれて殺されたりしてしまうのではないのか?


( ・ω・) なんてことはまったくなく、雨も台風とかいってるくせにまだ上陸してないから思ったより弱くてがっかりして帰りました。職質されてたら身分証ない上に傘もさしてないんでお持ち帰りされてたかもしれなかったですけどね。


今日食べたもの:小麦粉を練って焼いた何か。

今日の体重79kg

さてと・・・

さて、解説したはよい物の実に数ヶ月にわたって放置していたこのブログ。

解説してから現在までの間にまったくおなじHNを使っている人のブログを発見したりしちゃったものだから、はてさてどうしたものかと。

もしそのブログを発見された方はあちらが「本家takuhatu」、こちらが「元祖takuhatu」という認識にでもしておいて下さい。後からやってきたくせに元祖を主張するとはどういう了見だ!

( ・ω・)特に意味は無いです。

さてこれがはじめての記事となるというわけですが、今後ともよろしく。と女神転生チックな挨拶をかましておきますがよろしくなんていわれても困ります。実家は米屋だし、息子はまだ3歳だし!

( ・ω・)まぁ、どちらも嘘ですけど。


ということで今日のテーマは「出会い系」

いきなりうさんくさい、そして筆者の品性を貶めるのに適当なテーマではありますが、一つ言っておきます。

出会い系、よくニュースなどで「出会い系で知り合った……」「出会い系でお金を……」というのを耳にします。ですがこの出会い系、やっている人は私のまわりに一人もおりませんでした。

そこで一つ疑問がわきました。

本当に出会い系で出会えるのか?そして危険ではないのか?

( ・ω・)いきなり二つになってますね。

そういったわけで先々週の土曜日にいわゆる出会い系のサイトに片っ端から登録しました。

どこもかしこも似たようなもので、やれ完全無料だ、やれサクラはおりませんだ、やれ淫乱人妻大フィーバーだ、どいつもこいつも一人でも多く登録させようと魅力的なワードをちりばめまくっております。

かくいう私はそれらの言葉に一切惑わされず、はなからサクラしかいない、あらゆる手段を使い個人情報を抜き取ろうとしているのだ、などといった被害者意識全開で出会い系に望ませていただきました。


さて、最初のサイトの登録が終わって5分程度たったときにメールが届きました。

件名を見ると「今から会えない?」

もうね、人間として疑ってしまいますよ。

だって自分の自己PR欄には「コサック覚えて20分、そんな私とShall we dance?

いったいどんな奴がこんなわけのわからないPRをみて今から会えない?と言い出せるのでしょうか。

まだ「ロシア人って一日中コサックなの?」とか「そういえばザンギエフとゴルビーってコサックってたね」とかならまだ分かりますが、どこをどうしたら「今から会えない?」とコサック完全スルーで言い出せるのでしょうか。

と、そんな思いを抱いているうちに登録したサイトから続々とメールがやってまいります。

件名「待ち合わせは電話で決めませんか?」、件名「30万までならお支払いします。」


あんたらコサックはスルーかよ!!

ですが、その普段見ることの無いエロ全開な件名が面白かったので当分の間放置することにしました。


そしてそれから2週間がたちました。

あいもかわらずエロ満開な件名が1日で150通送られてきます。

さすがにそれだけの数を毎日見ていると、メールの内容が一定のルールにそって書かれていることに気がつきます。

まずは自己紹介系、これは見ず知らずのPRだけしか送り先の男性の情報がないにもかかわらず、出会い系だというのに自分語りをはじめ送信可能な文字数限界まで使って書き、しかも完結しているという頭の悪い代物です。そこまでいえるなら普通にナンパでもしてこいと。

そして次は援助します系、これはサイトの規約に「売春にあたるような行為とそれを助長するようなものを禁じます」とあるにもかかわらず、貴方を金で買いますという内容のもの。額はバラバラで一発10万だったり月100万だったりと分かりやすいくらいのあまい話を展開させてくれます。自分が見た中での最高額は1発1000万円。そこまで出せるなら普通にナンパでもしてこいと。

その次は露骨変態系。これは字そのままに男の股間をダイレクトに狙ったエロワード満載のメールです。書くのもはばかられますが「貴方の精液を飲ませて!」とか「あたしのマ○コが疼いて仕方がないの!」といった読んでて笑いの止まらないロマンポルノであふれかえっている代物です。この中で最高だったのが


「右のポッケにお前のチンコ」

お前絶対女じゃないだろ。

そして最後にアドレス・電話番号送ります系。通常出会い系サイトは男と女のやりとりはサイトを通して行います。本当に完全無料というものでない限り、メールを出せばお金がかかり、そして来たメールを読むのにもお金がかかります。その中でも特にお金がかかるのがメールアドレスや電話番号です。これらは一度教えてしまえばサイトを通さずにやり取りができるようになるものなので、出会い系の業者としては一番回避すべき者といえます。その証拠にそれらを送るための特別料金を支払ったりしなければアドレスや番号を書いても自動的にその部分だけ削除されてしまいます。だいたいのものは削除されているのを承知で送り、受け取った男性に「こいつはすぐ食える」という思いを引き出させ男性側から追加料金を出させるといった代物なのでありましょうが、極々まれにいきなり女性側から削除されていないアドレスや番号が送られてくることがあります。これはかなり危険なものだと思われるので騙されないように注意しましょう。

( ・ω・)私は今しがた送られてきた番号に電話をかけましたが、かける前のメールのやりとりでなぜか向こう側はしきりに”非通知設定を解除してほしい”と訴えかけてきました。

純粋に話したいのならば非通知でなくとも一定時間だけ解除するなりするものでしょうが、非通知設定はやめてくれの一点張りです。これは何が目的かお分かりでしょうか。そう電話番号だけを抜き取りたいということなのです。

非通知でかければ、あいての(今しがた私がかけたのは携帯でしたが)電話には番号が現れるはずです。

その番号があれば後日、出会い系を利用した料金を払えといった感じの電話をかけることができます。

そしてこれらは出会い系を通してしか知りえない電話番号にかけたという、男性側の負い目を狙っているだろう事なのでいわゆる常套手段の「貴方がお支払いしなければ家族や親戚、職場にもお知らせさせていただきます」という脅し文句が効果てき面に働くということなのです。


( ・ω・)とはいえ、これらのものがボクの元にくるのはまだ先のことなので実際にこういったものがきたらブログに書くことにいたします。因みに私はただいま現役バリバリの無職ですので、職場に電話されても一向に困らないどころかむしろ俺にその職場を紹介してはくれまいかという気持ちです。


しかしまぁ、、、出会い系を本当のサクラでない女性が利用しているなどということがあるのでしょうかね?


( ・ω・)ノ それではまたごきげんよう。


今日の体重78kg