おはようございます!

今の季節にピッタリな造花が
あったんだな~(●^o^●)

仕舞い込んで、すっかり忘れてた汗①

さっそく机の横に飾りました♪





さてさて
今朝の6時台の番組で
広島原爆の語り部さんの話に
若い人たちが関心を持たない、
というような内容のものが放送されていた。

昔話として関心を持たれない
とか
悲惨だから
とか
そんな感じで避けられたり無関心で
反応が薄い

…というようなお話がされていた。



あまりに大きなテーマだから
突っ込んで書くことはしませんが、

原爆や戦争が
自分の毎日の暮らしと地続きのものである
というリアルさが
感じられないということも
一因なんだろうな
と思った。

それは自然な事だと思う。


ただ、
  日常と非日常 
  平和と戦争
  愛と正しさ
  健全とやまい…といった

一見、対照的なものが
そっくり同居しているっていう妙な感覚を
別のかたちでも感じることがあったなら
少しは関心も増すんだろうという気がした。






弟が遺書を置いて家出したときに
こちらを参照)
話を聞いてくれたり
捜索の交通費を貸してくれたO君と
その妙な感覚について話をしたことがあります。

弟が遺書を置いていなくなったという電話を受けたら
じゃじゃじゃ、じゃ~~んびっくりパカッ
と舞台が暗転し、照明と音楽が切り替わって…
っていう展開になるんだよねびっくりマーク2
っと思いきや
そうではなく

…イヤイヤ進めていた卒論の準備からしばらく離れる口実ができた
という、しょーもない発想が湧いて来たり

…あーこうなる気がした
っていうダルさがあったりしました。


見つかるまでの数日間を
実家で過ごしたのですが、

弟がどこかで命を絶っているかもしれないけれど
朝になれば皆が朝食をとり
父は出勤する。
お腹が空くし、トイレにも行く。
いつも通り世の中は回っている。
なんじゃ、こりゃ~~

って、ものすごく妙な感じでした。


こういう話をしたら顰蹙を買ったり
理解されにくいんだろうなー
と思いつつ話してみたら
O君は自分が阪神大震災で被災したときの事を
話してくれました。


彼は神戸市長田区の出身で
火災の被害がいちばん大きかった地区に住んでいました。


家が揺れて
一瞬で壊れて
がれきの町になって

それでも朝日がのぼって
町を歩いてみた。

そうしたら

倒れている人を見て
人の声も聞こえて

どうしようもなく大変な状況なのに
とても静かで、静かで
しーーーんと静かで

それがものすごく変な感じだけど
リアルな感覚だった

という話をしてくれました。


O君に話を聞いてもらって
とても支えられました。


一時期は「好きかも」ハートと思いましたが
彼女がいたのでガマンしました。
若いな、私(笑)


彼は卒業後にレスキューを志して自衛隊に入りました。

いつの間にか連絡を取らなくなりましたが、
昨年facebookで気まぐれに検索したら
今は民間で働いているようでした。
でも、メッセージは送らないことにしました。

折に触れて思い出して
幸せでいて欲しいと願っています。



(追記:O君が感じた静けさや、私が捜索しながらも悲しみが湧かずフラットな気持ちだったことは、分析すればフリーズ状態とかそういったものかも知れません。その状態を説明や解釈するのではなく、シンプルにそう感じたということを受けとめてもらえて嬉しかったのです。また、弟の家出など比較的大きなエピソードは分かりやすくてネタにしやすいのですが、そうではない地味な小ネタは、勇気を出して声を上げても理解してもらいにくいという点が、複雑性PTSDやアダルトチルドレンや虐待の問題の困ったところだと考えています。ポジティブ解釈で励まされたり、ずれたアドバイスをくれたり。。。善意なのは分かりますが「その気持ちだけ受け取るよ」なんていう余裕もない時に限って、そんな対応に出会ったりします。グレーな部分は、大変な部分です。爆発するまで救われないってのは、困りますね。ボディブローのように効いてきます。それが複雑性PTSDです。診断名はついていなくても、メカニズムは同じで参考にできることが沢山あります。期待はしないが諦めずに「助けて」と言って動き探し続けることが大切。ということも、結局は爆発してから骨身に沁みて分かったのですが。)

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