「じゃあ、ユ先生、お先に。」
日勤の医師や看護師たちが消えていく、夜間の病院の喫茶スペース。
残っているのは夜勤の職員だけだ。
「ユ先生、当直ですか?」
一人の若い看護士が声を掛けてくる。
「ええ。」
ウンスは自販機でコーヒーを買うと、一番近いテーブルに腰を下ろした。
いよいよだ、魔の当直。
きっと、彼は来る。
あの夜から色々考えてみた。
チェ・ヨンと名乗る男と初めて会った夜から今までのことを。
すると、ある方式を思い付く。
「一週間で禁断症状が現れるのね。」
そう、彼は約一週間の間隔を置いてやって来る。
たまたま、それが私の当直と重なりターゲットにされた。
単純な私は利用するのに都合がよかったのだろう。
ただ単に利用するために近付いて来ただけ。
それがウンスが出した結論だった。
「空腹を満たすのに輸血って、平和主義の吸血鬼なの?それともお手軽だから?」
チェ・ヨン........ 吸血鬼。
呆れるくらい馬鹿げた結論だが、私の中では確信になりつつある。
決まって現れるのは深夜。
血の気のない顔。
怖いくらいの美貌。
血、血、血....
そして消える痕跡。
ゴクリ....
ウンスは息を呑んだ。
そして首の痣に触れる。
消えるどころか、日増しに赤味を増す痣。
ハイネックのセーターで隠しているが、鋭い形は十字架そのものだ。
こんな痣を付けた覚えはない。
この痣が何を意味しているのか、考えれば考えるほど怖くなる。
「ユ先生?」
呼ばれて顔を上げれば、一番気まずい相手と目が合った。
「キム先生。」
「何だ、おまえも当直か?」
男はウンスの向かいに腰を下ろす。
「え、あ、はい、先輩も?」
「ああ、今週は三回目だ、もうクタクタだよ。食事は食べたのか?忙しくなる前に食っておいた方がいいぞ。」
そう言うと、大盛りのオムライスを頬張り始める男。
「いえ、食欲なくて...」
「そう言えば、おまえ顔色悪いな。」
「そうですか?」
「飲みすぎか?」
「まさか...」
酒なんて、あの夜以来飲んでいない。
己の素行を反省して禁酒している訳ではないが、飲みたいと思わないのだ。
むしろ酒や食べ物の臭いが鼻に付いて仕方がない。
「悪阻か?」
ブッ!
思いっきりコーヒーを吹いた。
「おいおい....」
「ゲホッ、ゲホッ...すみません...」
「冗談なのに、そんなに動揺するなよ、それとも身に覚えがあるのか?」
「ないです、絶対に!」
「そんなに強く否定するのも、どうかと思うぞ。」
キム先輩はニヤニヤ笑いながら、オムライスを食べ続けている。
いや、ある..
身に覚えがありすぎる。
『ウンス、愛してる...』
『テジャン、私も愛してる...』
はっきり覚えている、あの言葉。
あの夜、あれが夢じゃなければ..
まさか....
まさか.....
ガタン!
「おい、どうした?」
急に立ち上がった私を見て、先輩の手が止まった。
「ちょっと急用を思い出して、先輩、失礼します。」
「急用って、ウンス?」
先輩の疑問符も無視して私は走り出した。
疑い出したら調べずにはいられない。
ここは病院、その気になればいくらでも調べられる。
だげど.....
長い渡り廊下に差し掛かった時、ウンスは足を止めた。
「調べて、どうするのよ....」
窓に映る夜景を呆然と見つめるウンス。
その時、ポケットの携帯が鳴った。
無意識に手を伸ばし画面をタップする。
『あ、ユ先生、来ましたよ彼が、超イケメン・ひ・ん・け・つ・お・と・こ!きゃあぁぁぁ!』
携帯のスピーカーから聞こえてくる看護師たちの歓喜の悲鳴。
ウンスは呆然としたまま、携帯を持つ手をダラリと落とした。
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