深夜に急に襲ってきた吐き気。

あまりに突然で、頭がパニックになった。

妊娠が分かってから、胸のムカつきや目眩は何度か経験した。

そのたびに”ああ、楽勝楽勝、これだったら十人は産めるわね”

なんて安易に考えていた。

 

でも・・

ごめんなさい、医者として有るまじき発言でした。

悪阻が楽だなんて、二度と言いません。

 

「ウンス?!」

彼の声が背後から聞こえる。

でも立ち止まる余裕などない。

今にも吐きそうな口元を抑え、必死に外を目指した。

そして霧に包まれた中庭に出ると、堪えきれなくなり、その場に蹲った。

 

「う・うう・・」

「ウンス!どうした?!」

はやっ・・早すぎる・・

 

「やだ、来ないで・・」

こんな姿を見られるなんて恥ずかしい。

何がモリモリ食べるよ・・食べる前に吐いてるじゃない。

ウンスは汚れた口元を拭う間もなく、ヨンに肩を掴まれた。

「だめ、汚いわ・・」

「何を言っている。」

彼が心配そうに顔で覗き込んでくる。

顔を背けようとしても、頬を掴まれ身動きが取れない。

「大丈夫ですか?」

「ん・・ちょっと気持ちが悪くなっただけ、もう平気よ、ただの悪阻だから。」

「悪阻?」

心配するなと言う方が無理だ。

ぐっすり寝ていたかと思えば、今は青い顔で、額に汗まで滲ませている。

ヨンは懐から取り出した手拭で、ウンスの口元を拭いた。

「平気だってば、汚いから自分でするわ。」

彼から手拭を奪おうとしたが、その手は空を切った。

「あ・・」

「汚くなどありません。」

少し怒った口調で、私の口元を拭うあなた。

「俺に心配を掛けたくなくて、今まで我慢していたのですか?」

「えっ?あ、ううん、そんなことないわ、今までは平気だったの、本当よ。」

「俺には何も隠さないでください、いいですね?」

「ん・・分かった。」

そう答えると、あなたはホッと息を吐く。

そして外気から庇う様に私を抱き上げた。

彼の声は真剣だった。

 

「悪阻の時は、どうすればよいのですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、ウンスの食べられそうな物を集めてるって訳かい?ほら、出来たよ。」

マンボ姐さんは大きな包みを抱えて、店の奥から姿を見せた。

「匂いのきつい物は入れていないから食べやすいだろう、あ、それから熱過ぎても駄目だ、少し冷ましてから食べさせておやり。」

「あ、ああ。」

テマンは嬉しそうにクッパの入った包みを受け取る。

「あと、裏の柿を持っておいき、さっぱりしてるから食欲も湧くだろう。」

「分かった。」

そう返事をすると、彼は店の裏手に走って行った。

 

「大方、奥方の悪阻が心配で、何も手に付かないんだろう。幸せな悩みだよ、何だい?」

自分に向けられる異様な視線。

マンボ姐さんは笑っていた口元を引き締め、後ろを振り向いた。

見れば、周りの男達は皆、目を丸くしている。

「ボヤッとして、どうしたんだい?」

「あ、いや・・」

唖然と見守る男達を前に、ジフが口火を切った。

 

「姐さん、やけに詳しいが・・・赤ん坊を産んだ事があるのか?」

 

 

その後、彼らの仕事が倍に増えたことは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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