やっと、やっと望みが叶った。

ヨンの胸に抱きしめられ、ウンスの緊張が一気に解れる。

全身を彼の腕に委ねて安堵の息を吐いた。

規則正しく動く心臓。

その鼓動を頬に感じ、胸を熱くする。

 

「よかった・・生きていてくれて。」

 

苦しんではいないか、自暴自棄になって命を投げ出していないか、そればかり心配していた。

「本当に嬉しい、あなたさえ無事なら、もう何も聞かないわ、あんな・・・」

突然脳裏に浮かんだ光景にウンスの身体が強張る。

迂達赤兵舎で見た重なる二つの影。

どうして、このタイミングで思い出すのだろう。

平気だと思っていた。

彼の気持ちが変わっていないのなら、平気だと・・

 

「ウンス・・」

 

ヨンは腕に中のウンスの顔を熱い眼差しで見つめる。

そして柔らかい髪に指を絡めた。

目の前に見えるウンスの大きな瞳。

泣いて赤くなった頬。

「ヨン・・」

「ウンス、これは夢じゃないと確かめさせて欲しい。」

「うん・・」

ヨンは優しく微笑むと、両手でウンスの頬を包む。

 

「ウンス・・」

「ヨンァ・・」

 

そうよ、気にしない、気にしちゃダメ。

大丈夫、私は平気よ。

 

「これは本当に夢ではないのだな・・」

 

彼の顔が目の前に迫る。

だがこの時、ウンスは悟った。

心と頭は別なのだと。

 

「やっ!」

 

彼女は口づけ様とした彼の唇をとっさに拒んだ。

 

「ウンス?」

思いがけない彼女の反応に、ヨンは愕然とする。

行き場を失った手は宙に浮いたままだ。

「あ、え・と・・」

意識して避けたわけじゃない。

頭ではきちんと理解していた。

ただ”納得できない心が勝手に体を動かした”としか説明出来ない。

 

「ウンス、なぜだ?」

 

ヨンがゆっくり身体を起こす。

彼の戸惑う表情を見て、ウンスは自分を呪った。

馬鹿、馬鹿、ウンス!

あんな事をいつまでも気にするなんて、いつからそんなに心が狭くなったの。

 

「ごめん、これは違うの・・」

「違う?」

「ええ、その・・」

 

だが間が悪い事は重なるものだ。

 

 

「母様!!」

「えっ?」

突然現れた小さな体がウンスに向かって駆けて来る。

そして二人の間に割って入ったかと思うと、ウンスにしがみ付き狂た様に泣き出した。

「母様!!母様!わあぁぁぁ――!!」

「ウネ、どうしたの?」

訳が分からず呆然としているウンスの傍に、もう一人、慌てた男が近付いて来る。

「すまん、ウンス。」

「ウソンさん、何があったの?」

「いや、ただ、お前の事情を話しただけだ、さあウネ、来なさい。」

「いや!父様なんて嫌い!!母様の傍にいる、わあぁぁ――!!」

「ウネ・・」

泣きじゃくる少女は、とても話の出来る状態ではなかった。

「ウソンさん、今は無理そうよ、少し落ち着いてからにしたら?」

「あ、ああ・・だが・・」

ウソンは背後に感じる鋭い視線に気付いていた。

この尋常じゃない殺気は戦場ですら感じたことはない。

 

「おい、ウンス、うしろ・・」

「えっ?」

ウソンに促され、ウンスもやっと異様な雰囲気を感じ取った。

彼女は少女の背を優しく撫でながら後ろを振り返る。

すると・・

 

「母様・・父様・・・ウンス・・これは一体どういうことだ?」

 

「ヨン?」

ここまで怒りに満ちた彼の形相を見たのは、おそらく初めてだろう。

かつてキチョルと対峙した時も、ウンスに毒を持った徳興君に剣を向けた時でさえ、僅かな哀れみがあった。

「きさま・・」

「お、おい、話を聞け・・」

鬼剣を手に立ち上がった男を前に、ウソンも身構える。

少女同様、ヨンも冷静さを失っていた。

今まで心を占めていた絶望と、慣れぬ役目で積み重なった心労。

狂うほど焦がれた女に訳も分からず拒絶された戸惑い。

そして自分の知らない彼女の姿。

全身の血が沸き上がるような怒りと嫉妬心が、ヨンの思考を麻痺させた。

 

全ては神のいたずらか・・

運命の歯車が狂っているのか・・

 

「ヨン、どうしたの?」

「お、おい、やめろ・・話を聞け。」

ウンスとウソン、二人並んだ姿が余計にヨンの怒りを誘う。

 

「はなし・・?ああ、話ならウンスから聞こう、ただし、お前を殺してからだ!」

彼の怒りに共鳴する鬼剣。

 

 

ヨンは迷うことなく、己の剣を抜き放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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