陽が西に傾き、空が茜色に染まる頃。
ウンスは病室の窓から、夕方の慌ただしい街の様子を見ていた。
「ユ先生、明日は退院ですね、おめでとうございます。」
「先生、仕事にはいつ復帰されるんですか?」
代わる代わる訪れる看護師達。
「あの・・ウォン先生との関係は・・」
「なんだぁ‥結局聞きたかったのはそれ?」
「いえ・・でも‥はい、そいです。」
「可愛いわね。」
「ユ先生、からかわないで下さい。」
「はい、はい。」
話の節々に出る彼の名前。
どうやら私との仲を疑っているようだ。
「本当の事を話して、信じてくれる人がいるかしら?」
ウンスは苦笑した。
やがて彼女は、広げていた韓医学の本を静かに閉じる。
全てを覚える事は出来なかったが、必要な部分は頭に叩き込んだ。
「大丈夫、暗記は得意なんだから。」
そう呟き、茜色の染まる街の光景も心に刻んだ。
「これが最後よ、しっかり覚えておこう。」
騒がしいと思った雑踏も、眩しいと思った灯りも、そして懐かしいと思ったソウルの街。
二度とここには戻らない。
母や父、友達や同僚。
ウンスは自分を慈しんでくれた人達に別れを告げた。
「ありがとう。」
そして、さようなら・・・
また行方不明になったと騒ぎになるだろう。
だが今度は自分の足でこの地を去る。
「前は抱えられてたわね。」
暴れる自分を抱え、天門に向かうヨンの姿を思い出した。
あの時は本当に怖かった。
不安と恐怖しかなかった。
でも今は・・・懐かしさと恋しさで胸が痛む。
会いたい。
あなたの声が聞きたい。
そして抱きしめてあげたい。
どんなに怖かっただろう。
私が死んだと思っているに違いない。
もし、そうだとしたら・・
彼の様子を想像すると不安で、居ても立ってもいられなかった。
「大丈夫、彼は生きてる。きっと待っていてくれるわ・・信じるのよ、ウンス。」
彼女は何度も自分に言い聞かせた。
信じる・・
不安な気持ちで天門はくぐれない。
少しでも迷いがあれば、また違う世界に迷い込んでしまう。
「彼のことだけを考えて、絶対に振り向かないわ・・」
ウンスは唇を噛み締め、お腹に宿る命と一緒に自分の身体を抱きしめた。
「お父様の所に帰りましょう・・お願い私を導いて・・・」
彼女は小さな命に語り掛けた。
そして徐々に暗くなる空に向かって呟く。
「ヨン、そこにいる・・?」
「ウンス?!」
一瞬、心臓が止まった。
大きな鼓動の後に身体が氷の様に固まる。
「上護軍?」
「あ、ああ、すまぬ。」
武官の声を聴いて、ヨンは大きく息を吐いた。
「気を緩めるな、まだ戦は終わっておらぬ。」
平静を取り戻してからの彼の戦術には、誰もが舌を巻いた。
街の地形を生かし一気に敵を追い詰める迅速さ、そして的確な指示。
武神に戻った彼の姿に兵達の心も奮い立っていた。
敵軍も一致団結した高麗軍には到底かなわない。
あとは残党軍との戦いのみ。
「気のせいだ・・」
ウンスの声が聞こえるなどあり得ない。
俺のことなど忘れて、天界で幸せに暮らしているはずだ。
その彼女が自分の名を呼ぶはずがない。
「もう、こんな俺には嫌気がさしたはずだ。」
護と誓った約束も果たせず。
泣かせて、苦しませ、最後には命まで・・・
会いたいと想うのは、恋しいと想うのは俺だけでいい。
だから俺は最後の時を待っている。
絶望に生きて得た死ではなく、精一杯生きた先にある世界。
きっと、そこで彼女と巡り会える。
そう信じて、生きている限り戦い続けよう。
「だから、少しだけ待っていてくれ・・」
ここの時は天界の時より早く流れている。
”時間の流れが違うのよ”
あの時の彼女の言葉。
それが本当なら、あの方の瞬き一つが俺の一日。
彼女が眠る一夜の間に俺の人生は終わるだろう。
「ウンス、すぐにお前に会いに行く・・待っていてくれ。」
茜色に染まる空。
いま・・二人は同じ空を見ていた。
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