組み敷いた彼女の柔肌。
甘い花の香り。
薄桃色に染まる頬。
その全てが俺の欲情を誘い。
「ん・・あ・・」
彼女の喘ぎ声が俺を狂わせる。
「医仙・・ウンス・・」
名を呼んで、髪に耳元に、そして首筋へと口付けを繰り返す。
緩んだ襟元から、彼女の胸元に手を入れ、柔らかな膨らみに触れた。
「あ・・テジャン・・」
一瞬彼女の体が強張るが拒まない。
俺を受け入れてくれている。
そう思うと、身体が一気に熱くなり、頭が真っ白になった。
「ウンス・・俺のものだ・・」
嬉しくて仕方がない。
俺だけの人だ。
もう、他の誰にも触れさせない。
ずっと俺だけのものだ。
永久に離しはしない。
チュンソクはヨンの部屋の前に立ちつくす。
トクマン達から医仙の様子を聞き、心配になって駆け付けたのだ。
「呪いのせいか?」
彼はヨンにその事を伝えるべきか迷っていた。
おそらく隊長もすぐ気付くはず。
医仙の事を、一番分かっているお方だ。
しかし・・
時折漏れる部屋からの声。
恋い慕う女子に迫られ、我を忘れることもあるだろう。
「隊長も若い男だ。」
ずっと医仙への想いを胸に秘めてきた。
そう考えたら、このまま・・・
「いや、駄目だ。きっと後で後悔なさる。」
今隊長が抱いているのは、彼女じゃない。
違う魂の女子なのだ。
チュンソクは意を決して扉を叩く。
「隊長!チュンソクです。」
中から返事はない。
いよいよもってチュンソクは焦りだした。
「隊長、惑わされてはなりません!これは呪いです!隊長!!」
彼は夢中で扉を叩く。
その音を、ヨンは黙って聞いていた。
床に座り込み、目を閉じて・・
寝台の上では、ウンスが静かな寝息を立てている。
「騒ぐな・・分かっている・・・」
ヨンは寸でのところで、我に返ったのだ。
最後に残った正気で、彼女から身を離した。
このまま抱いていいのか?
彼女の身体に触れても、別の女の心を抱いてしまう。
違う、そんな事は望んでない。
俺はあなたの身の心も欲しい。
「くそっ・・」
ヨンは唇を噛み締め、ウンスから視線を逸らす。
すると彼女は、混濁した意識に耐え切れなくなったのか、そのまま深い眠りに付いてしまった。
「隊長!!」
なお続くチュンソクの怒鳴り声に、ヨンは苦笑いを浮かべる。
いくら不器用な彼でも、この部屋で起こっていることは想像できるだろ。
それにも関わらず扉を叩く。
余程心配と見える。
「チュンソク、大丈夫だ、心配するな。」
その言葉が聞こえたのか、扉を叩く音はやんだ。
「これほど辛い呪いはないな・・」
ヨンはウンスの穏やかな寝顔を見つめ、大きく息を吐いた。
「それは、まことか?」
「はい、本当です。」
一夜明けた典医寺。
チャン侍医は、夜香睡蓮の花を調べた結果をヨンに報告していた。
「呪いではないのか?」
「まさか・・第一、膝にも届かぬ池に身を投げて、死ぬ事など出来ぬでしょう。」
「それは、そうだが・・」
確かに呪いを信じていた訳ではない。
だが、呪いでないと言うなら、昨夜のウンスの行動は如何説明する?
「医仙の様子は?」
「薬湯を煎じましたので、直に良くなりましょう。」
「そうか・・」
ヨンは安堵の息を吐いた。
だが一方で、どうしても彼女の行動が理解できない。
「あの花には催眠作用があるようです。」
「催眠?」
「はい、寝ている間に、心の奥の潜在意識が呼び起こされ・・」
「待て!!」
ヨンは、急に椅子を蹴り立ち上がった。
「それは、まさか・・?」
「はい、簡単の申せば、女達は寝ぼけて、無意識に自分の好きな男の元に夜這い・・いや、寝間に押しかけたのです。」
「では・・」
ヨンの心臓は鋼を打つ。
「驚かれましたか?いや、隊長は沢山の女子達の心を虜になさっておいでだ。」
そう言うと、侍医は愉快そうに笑った。
だが、ヨンには女官たちの気持ちなどどうでもいい。
肝心なのは、昨夜のウンスの行動。
あれは彼女の本心なのか?
「意識を眠らせたまま、身体を動かしていたのです。翌日起き上がれぬのも無理はありません。」
「なら、何故呪いなどと言う噂が流れた?」
「おそらく、意識を取り戻した女が、恥かしさを誤魔化す為に、呪いだと嘘を申したのがきっかけで、それが真実として広まったのでしょう。まあ、その時の記憶は曖昧でしょうから、どちらにしても本当の事は話せぬはず。」
「それが本当なら・・」
昨夜の彼女の言葉は・・
昨夜の彼女の行動・・あれは・・
「俺は耐えずとも良かったのか・・」
「隊長?」
あれほど辛い夜はなかった。
恋い慕う女に迫られ、それを拒まなければならない苦痛。
身を焼かれそうな熱をもて余し、気が狂うかと思った。
あれが全て・・・
「ははは・・」
滅多に聞くことのないヨンの笑い声が、典医寺に響いた。
「如何したのテジャン?なんだか嬉しそうね。」
「いえ・・」
ウンスは兵舎の広間で頭を押さえていた。
そんなウンスの様子を、ヨンはニヤニヤしながら見つめている。
「何か良い事でもあった?」
「はい。」
「ふうん・・良いわね、あ、痛・・」
「大丈夫ですか?」
「もう、最悪・・身体はだるいし、頭は痛いし・・風邪かな?」
そう言うと、彼女は自分の脈を確認する。
ウンスは昨夜の事を、まったく覚えていなかった。
「如何してテジャンの部屋に居たのかしら?」
「寝ぼけておいででした。」
「嘘でしょう?お酒も飲んでないのに。」
ますます彼女は頭を抱えた。
「ねえ、変な事してないでしょうね?」
頬を染めたウンスは、疑いの視線をヨンに向ける。
「まさか・・」
あのまま、あなたをこの腕に抱けばよかった。
そうすれば、今頃はもっと幸せな心持ちだったはず。
昨夜の彼女の様子を思い出すと、無意識に口元が緩む。
あれがあなたの本心だと知っていれば・・
「やあね、ニヤニヤしちゃて。」
「いえ、夜香睡蓮の花は、今宵も咲くのかと・・」
「何言ってるの?咲くわけないじゃない。」
ウンスは呆れた顔でヨンを見た。
「えっ?」
「あなたが全部刈り取ったのよ、テジャン。もう一本も残っていないわ。」
花を奪われた睡蓮の呪いか・・
ヨンの想いがとどく日は、いつになるのやら・・・
夜香睡蓮 end
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