「如何して結婚する時に、離縁状が必要なんですか?」
ウンスには、まったく理解できなかった。
婚姻届と離婚届を同時に書くようなものだ。
「顔も知らない相手との婚姻もあります、心が通う相手とは限りません。如何しても我慢できない時は、離縁状を叩き付けて、屋敷を飛び出す奥方も多いのです。」
「はあ・・」
説得力があるわ・・
いわゆる政略結婚の代償だ。
顔も知らない男との結婚。
考えただけでもゾッとする。
だが、この時代では、あたり前の習慣。
親の決めた相手と結婚するのが普通で、私達の場合が例外なのだ。
唯一の救いは、妻からの離婚が許されるという事だろうか。
「はあ~・・・」
「ウンス殿?」
店から出たウンスは、大きな溜息を付いた。
「叔母様、結婚って大変なんですね。礼状で悩む私は幸せだわ。」
「ほほほ、そうですね。」
現代だって、好きで結婚した相手と別れる時はある。
結婚前は分からなかった相手の事情。
嫁姑問題。
経済的なこと。
問題を上げたら限が無い。
他人同士が一緒に生活を始めるのだ、問題の無い方が珍しいくらいだ。
「私達は特別なのね。」
彼に不満はない、むしろ私に不満を持っていないか心配だ。
叔母様や大叔父様、チェ家の皆は優しい。
高麗一の名家だ、お金の心配もない。
「あと考えられる問題って、何だろう?」
ウンスがブツブツ独り言を言っていると、いつの間にか、市場の一番賑やかな場所に来ていた。
「ウンス殿、何か美味しい物でも食べましょう。」
「ええ、そうですね叔母様。開京の美味しいお店は任せてください。」
「まあ、それは楽しみです。」
そう言って、二人は市の中を散策して歩く。
ウンスも、普段はゆっくり見る事が出来ない市場。
気付けば、女二人で話に花を咲かせていた。
すると、前方から見慣れた集団が歩いて来るのが見える。
「あ、迂達赤、あの人も一緒だわ。」
市の人込みの中を、濃紺の衣を纏った男達が近付いて来る。
整った容姿、均整の取れた身体。
頭一つ抜き出た長身の男達の集団は、人目を引く。
その中でも、ヨンは別格だった。
大護軍の風格、高麗一の美丈夫と言われる男の姿は、抜きに出ている。
「照れくさいな・・」
その人が、自分の夫。
私は女性達が憧れる男性を、独り占めしている。
そう考えただけで、頬が熱くなった。
ヨンは、まだウンスに気付いていない。
なぜか、しきりに自分の隣を気にしている。
「何かしら?」
ウンスが疑問に思っていると、彼の隣に、肩に届かない小さな影が見えた。
可愛らしい女の子だ。
歳は二十歳ぐらいだろうか、風に揺れる花の髪飾り、赤いリボン。
髪飾りと同じ、淡い桃色のチマ。
どうやらヨンは、その子が人込みに呑まれないか、気にしているらしい。
「ウンス殿、如何なさいました?」
様子のおかしいウンスに気が付き、叔母は彼女の視線の先を追った。
「あら、ヨンじゃありませんか?」
「ええ、叔母様、こっちへ。」
「えっ?」
ウンスは叔母の手を引いて、店の軒先に隠れた。
「ウンス殿、如何して隠れるのですか?声を掛けましょう。」
「いいえ、いいんです。お役目の邪魔はしたくありませんから。」
違う。
本当は、見たくないのだ。
彼が若い女性と歩く姿なんて。
きっと役目に違いない。
そう信じていても、何故か胸がざわ付く。
「駄目ね、こんな心の狭い妻では・・」
ウンスが自分を責めていると、目の前にヨン達が近付く。
やはり彼は、自分に気付かない。
「何時もは、気配で分かるのに・・」
そんなに隣の子が気になるのかしら?
聞いてみなくては分からない。
「そうよ、コソコソ隠れる必要なんてないわ。}
ただの役目なら、邪魔をする事になる。
だが、このままでは、どうにも気持ちが収まらない。
「ヨ・・」
ウンスが声を掛けようとした瞬間、二人の会話が彼女の耳に入った。
「ねえ、ヨンお兄様、覚えていますよね?私をお嫁さんにしてくれるって言った約束。」
その子は、可愛らしい声で、ヨンの耳元に囁いていた。
その言葉を聞いても、彼は何も言わない。
ただ笑っていた。
「笑ってる・・」
嬉しそうに・・
「ウンス殿?」
「笑ってるわ、ニヤニヤしてる?!鼻の下伸ばして・・あれは絶対喜んでるのよ!」
「ウンス殿、如何したのですか?」
ウンスの突然の叫び声に、叔母は眼を丸くしている。
だが彼女の頭の中は、目の前の光景と女性の言葉でいっぱいだ。
何なの?
あの子は誰?
如何して、楽しそうに歩いているの?
役目?
いいえ、違うわ。
役目にデートなんて聞いた事がない。
ウンスの目には、仲良くデートを楽しんでいるカップルにしか見えなかった。
それに、どう見ても、今日初めて会った様子ではない。
彼女の胸のざわつきは、苛立ちに変わる。
「叔母様、私も離縁状が必要かしら・・」
「ウンス殿?」
冗談に聞こえないウンスの低い声。
この出来事が騒ぎの始まりだった。
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