開京に戻った翌日。
ウンスは王妃の診察に坤成殿を訪ねていた。

「まあ、その様な大事があったのですか?」
ウンスの話に王妃はかなり驚いた様子だった。
「ええ王妃様、大変でした。」
「私、何も知らずに・・ウンス殿、ご無事でようございました。」
そう言うと、彼女は申し訳なさそうに顔を伏せてしまう。
「王妃様?」
脈診を終えると、ウンスは王妃の手を離す。
顔色も良く、脈も力強い。
チェ尚宮の記録にも、ここ数日、特に元気にお過ごしだと書いてあった。
その血色の良くなった顔を見て、ウンスも嬉しくなり、つい祭りの一件を口にしてしまったのだ。
よく考えれば、元は彼女の故郷。
ウンスの話を複雑な思いで聞いたに違いない。
「申し訳ありません、あまりに王妃様が高麗に馴染んでおいでなので、気が付きませんでしてた。」
「それはウンス殿も同じ、もうすっかり高麗人ですね。」
「そう見えますか?」
「はい。」
ウンスと王妃は嬉しそうに微笑んだ。

「ところで王妃様、チェ尚宮様のお話しや脈、体温から考えると今日あたりが良いかと思います。」
「良いとは?」
「はい、夫婦生活のことです。」
「まあ・・」
王妃は恥かしそうに頬を染めた。
一方のチェ尚宮は、分かったとばかりに大きく頷いている。
「ですが、それは日辰で決めるのでは?」
「心配ありません、チェ尚宮様の力で如何にでもなるでしょう、ねえ叔母様?」
「はい、そのように準備を致します。」
王の閨の采配は、大殿尚宮でもあるチェ尚宮の手中にあった。
チェ尚宮の指示に逆らう者などいない。
ウンスや王妃には心強い見方だ。
「ウンス殿、大丈夫でしょうか?」
「王妃様、のんびり参りましょう。焦りはストレスになってお身体に良くありませんから。」
「ですが、私は王様の元に嫁いで長うございます。」
「あら、私より十もお若いんですよ。」
「ウンス殿の方が若く見えます。それに比べて私は身体も弱く、」
確かに、落ち着いているせいか王妃は実年齢よりかなり年上に見える。
だが、それが若い彼女に王妃としての威厳を与えているとも言える。
「王妃様、先日、大叔父様に赤ちゃんが出来たんです。随分お年を召してからのお子様なんですよ。」
「まあ・・喜ばしい事ですね。」
「はい、生命の誕生は本当に不思議です、医者の私にも分からない事が沢山あります。」
「ウンス殿・・」
生命の神秘。
本当に、これは誰にも分からない。
どうして人は生まれ、生き続けるのか・・
ただ分かるのは、限られた時間の中で、人は出会い、愛し合い、そして次の世代へと命を繋いでいく。
「何より大切なのは、王様と王妃様のお気持ちです。どうぞ、いつまでも愛しんで下さい。」
「はい、姉君も大護軍とお幸せに。」
二人は互いに手を握り締めた。
本当の姉妹のような絆。
異郷の地で慈しんだ友情。
肉親に会えない寂しさを補い、二人は強い絆を深めた。
ウンスにとっては、かけがえのない妹。
史実に負けず、逆境に打ち勝って、ずっと幸せでいて欲しいと切に願った。

「叔母様、これからは叔母様にお任せします。医者の私に出来る事は、もうありませんから。」
「ウンス、ありがとう。」
「いいえ、私は何も・・ただアドバイスしただけ、あとは天が決めるそうです。」
そう言うと、ウンスは回廊の窓から覗く青い空を見上げた。
「あ奴が申しましたか?」
「はい。」
「まあ、嘘ではあるまい。」
坤成殿を出た二人は肩を並べて長い回廊を歩いて行く。
「叔母様、今度ご一緒に大叔父様を訪ねませんか?」
「そうだな、祝いには早いが、叔父上の呆けた顔を見に行くのも悪くはなかろう。」
「はい、ぜひ。」
「だがその前に、あの男も何とかせねばな。」
「えっ?」
回廊の先を見つめる叔母の視線。
ウンスもその視線の先を追った。

避けられるなら逃げ出したい。
自分には如何することも出来ない問題だ。
冷たく突き放せば済むのか、優しい言葉でなだめればいいのか、この男の場合はまるで分からない。


キム・ウソン。
もはや名を口にするのも気が重い。









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