■感覚の移ろい
年始は毎年父親の実家である彦根へ帰省する。
京都から彦根まで新快速で約45分、社会人になるまで「電車でどこかへ通う」という習慣がなかった自分は大学時代はこの時間がすごく長かった。
今では片道1時間の通勤電車に揺られる日々、45分はむしろ短い。
自分の中での遠出はいつの間にか日々の習慣の中に埋もれていきそうで少し寂しくなった。
■頑固一徹世代のボケ
彦根へ帰るとじいちゃんのボケが進行していた。
元来頑固であるじいちゃんのボケはかなり厄介である。
何か口を出すと、「人をボケ扱いするな」
何も言わなければ、「ワシはボケてるんじゃ」
模範解答というものがまるでない。
たまに帰る自分でさえ感じるストレス、毎日世話をするばあちゃんが心配である。
■巡り巡って戻るばあちゃんのお節
ばあちゃんの作るお節を完食するには舌が何枚あっても足りない。うますぎるのである。
これを食べて1年が始まり、それから色々な店で色々な美味しい食事をするのだが、結局いつもこれを食べて、「あー1年間色々食べてきたけど、これが一番うまいわ」、そう思う。
■年賀状の醍醐味
今でも年賀状を出している。ここ数年は自分が撮った写真の中でお気に入りを使ってデザインしている。
年賀状の素晴らしいところは何といっても「近況報告」をできること、受けること。
あの人が何をしているか知りたいし、自分が何をしているか知ってほしい。
そんな人とこそ年賀状を交換したい。
一言でも近況が書いてある賀状には心がほっこりする。
■思春期の影
3年ぶりに悪ガキの従兄弟と会った。
彼らは中1と小6であるが、本当に幼稚である。
もちろん自分が年をとったというのもあるが、それを差っ引いても・・・。
僕が小6の時は3年間に及ぶ片想いの最終年度であったし、中1の時は合唱祭の指揮者に推薦され、ドヤ顔で断っていたほどである。
まぁそれはどうでもいいとして、そんな彼らも少しは大人になっているようである。
年始の特番で、高校生が好きな人に告白する!みたいな番組を食い入るように見ていた。
思春期の影をこの目で見たようで少し微笑ましい。
■The Future Times
少し出遅れた。タワレコで店員さんに聞くも、もうありませんねー。
そうか、しかし諦めんぞ。
JINSのクソ忙しそうな店員さんを捕まえて、「Future Timesっていうフリーペーパーもう置いてませんか?」私の必死な目力のおかげでゴソゴソ1部持ってきてくれた。やはりできることは全てやるべきである。
※The Future Timesとはアジカンのゴッチが震災をキッカケに自ら執筆や編集を行い発行しているフリーの新聞。
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