30年つもりに積もったホコリにさよなら。とりあえずリビングの壁を張り替えます | 昆布ジャム YokotaNoo konbu ( Peace@table)

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(一社)日本昆布協会 2015年度昆布大使山中陽子が北海道のおいしい昆布で昆布のジャムを作りました。

ご無沙汰しました。
相変わらずじたばたしながら生きています。

高齢の両親を手助けするので実家通いが忙しいのか、家のことにもなかなか手が回らず、世の中いろんなことがおこって、あれこれ考えててもブログにまとめる気分にもなれず、といった感じです。
facebookやInstagramにはちょこちょこ投稿してますけど、わたしにとってブログはちょっと時間がかかるし、世の流れとほぼ関係ない庭とか庭仕事にまつわるあれこれを書いているnoteも遅々として進みません。
媒体が多すぎでしょうか?

ことほど左様に、何事も能力以上に手を出しすぎ、ものも持ちすぎなので、とりあえず片付けして、一旦スッキリとしたい、と常々思っていました。

というわけで、断捨離ーとか、片付けー、とか、この一年いい続けての年末。
リビングの壁紙を張り替えることにして、無理やりとにかく一歩前進となりました。
ピアノは実家の母が弾く(90の手習いか?!)というので実家に引っ越し、今、壁面からリビングの家具を動かせるように中身を軽くしたり、他の部屋に移したりで引っ越し前夜のようです。
30年つもりに積もったホコリにまみれています。

ものの捨てられないわたしが、何とかしなければとじたばたしているとき、なるほど、と得心がいって、その後なんとなく動けるようになった言葉に「愛着とコンプレックスは違う」と言う、断捨離のヒントがありました。
できなかったこと、ならなかったもの、もしかしたらまだできるかもしれないと思うもの、の道具をずっととっておくことと愛着とは違う、と。
折しも一昨日のあさイチは片付け特集で、以前やっていた習い事の道具を目につくとこにおいておくと、脳が、やりきれなかった、途中でやめてしまったというネガティブな認識をしてしまってメンタルによくない影響がある可能性があるなどと、脳科学者の人がのコメントがあり、ひゃー、わたしそんなのばっかり!と驚いたり(笑)。
古い古い英会話教材、各種とらなかった/とれなかった資格試験の教材を捨てることができました。そしたら画板のなかからなんと40年前のデッサンが!
写真を撮ってさよならしました。


でも、捨てられないものは捨てなくてもいいと思います。
昔、私は夫が描いた二人の似顔絵捨てました。夫に腹が立って仕方なくて、家を出ようか、離婚しようかとモヤモヤした気持ちを抱えていたときでした。それはまだ新婚時代にお菓子の袋かなんかの端っこに夫が描いた二人のイラストというか、ポンチ絵というか、何気ないものだったのですが、いかにも二人の様子が面白く描けていて気に入って、切り取って5センチ角くらいの小さな額にいれていたものでした。そのときの私は、こんな小さな思い出を、私は大切に持ってるのにどうしてこの人はなにも気づかないのか!なにもかも捨ててやる!この似顔絵だって、捨てられない自分が弱いんだ!えいっ!て捨ててしまいました。でも、それは、後々もう取り戻せない思い出になって、悲しくて悲しくて泣きました。
そんな苦い経験もあって、愛着とコンプレックスは違う、というのは胸に刺さったのでした。
どうして捨てられないのかは、よくよく自分にに聞いてみて、心のなかを掘り下げるのが肝要ですね。

今回のデッサンは大丈夫だと思います。
油絵の道具も一旦整理。またいつか、ゆっくり絵が描けるようになりますように。

こうして、ごみ袋がひとつできても、大海の一滴だなーと思うのだけど、それでも、今日は、捨てられた自分を誉めよう!と、思いました。

さて、今日はいよいよ張り替え。
どんな風になるか、楽しみです。