中原中学 | 神奈川県会議員滝田孝徳オフィシャルブログ「ノーブレス・オブリージュ」Powered by Ameba

中原中学

望月正武という懐かしい名前を彫った石を見つけた。

写真は、過日の参議院選挙投票の際、
卒業した中原中学校に行った時、校門の横で見つけたもの。

この石の近くにある体育館を見ながら、やはり自分の帰るところはここであるし、中原区が自分の戻るところなのだろうと思った。

話は変わるが、
参議院選挙についての結果分析は多々あるだろう。
しかし、選挙区が広い全県の選挙であるため、県会議員選挙や衆議院選挙の完全なる参考にはならない。

参議院選挙は地方選挙や衆議院選挙に比べると明らかにフワッとした選挙であるから、参議院選の総括が直接は衆議院選挙には結びつかないし、大きく結びつけようとすれば失敗するだろう。

衆議院選挙勝利に向けての活動は非常にシンプルで個々の候補者が地域に目を向け、地域での日常活動を強化し、日常において地域のためにいかに実績を出すか?という事が大きなポイントとなる。
各候補者におけるこの部分の努力が地力の差となるのだ。

地方選挙や最近の衆議院選は抽象論やイデオロギーでは勝てない。

いや、勝てないではなく、勝ち続けられない。
ましてや比例復活という制度があるので、比例復活する、しない、は日頃のドブ板部分の差で復活する、しないが決まる。

勝ち、そして勝ち続けたいならいわゆるドブ板をバカにしてはいけない。
その意味では日常活動の大切さを常に力説した小沢一郎代議士の言う通りだ。

ドブ板活動こそ民意の把握であり、
ドブ板をやり切る力量・才能がある人だけが長き渡り国政で生き残れるのだ。

支援してくれる団体や応援してくれる市民団体といくら密接な関係を作っても地域に根ざしたドブ板とも言える活動がなければ勝ち続けられるわけがない。

それが私が見てきた限りにおける政治、いや選挙の現実だ。

2003年に県議会に初当選し、
現在の立憲民主党の幹部が所属していた
いい時代の民主党を知ってるし、悪い時代の民主党も知っている。

そこで導き出した教訓は『政治にはアップダウンがつきもの』という事。

民主党のいい時代、民主党に風が吹いていた時代、衆議院選挙においては公認を取り、朝、駅に立てば当選できた。

しかし、風はいつまで吹かない。当たり前だかダウンの時が来る。

その時、風に甘んじて地域活動をしなかった候補者は全て消え去った。

民主党時代、党内が常にゴタゴタしていたと言われていた。
その原因の一つが各議員の地域活動不足による政治基盤の弱さから来ているものだ。

結局、各候補者、議員が日常におけるドブ板ともいえる地域活動をしないから、
党の支持以上の支持が地域で広がらない。
民主党は嫌いだけど、○○候補者は支持するという関係が構築できない。

支持が広がらないので、党の勢いをつける事に傾注し、手取り早く党代表に人気の出そうな人を選ぼうとする。

しかし、悲しいかな党代表を変えたところでその勢いはいつまでも続かない。

そうすると、今度は選んだ党代表を降ろし、
別の人気が出そうな人を党代表に選ぼうとし、党内抗争が始まる。

もちろん、時々大義名分はあった。
しかし、それは大義名分としか見えない事が多かった。

常に党内がガタガタしていたのはそういう事だと、ある種私は冷ややかに見ていた。

冒頭に書いた、望月正武(私の中学時代の校長先生だ!)さんの石を見て改めて感じたのは、
私が今まで何とか勝ってこれたのは、
地域の人達が応援してくれたから、という事。

所属政党の力はもちろんだし、大きい事はその通り。

でも、それを超えた、地元の中学を出ているとか、地元の課題を解決してきた事による一定の評価とか、
政党の支持とは別の地域としての支持があったから今も仕事ができる立場にいられるのだろう。

これからもそのスタンスは変わらない。

多くのところに足を運び名刺を渡す。
多くの場合、その名刺は捨てられてしまうだろう。

でも、渡した何千枚、何万枚の名刺のうち数枚は生きる事となり、
後日、地域課題解決をのぞむ皆さまから連絡がある。

それを信じて、今日も明日も名刺を渡す。

その繰り返しこそが自らの政治基盤を強くする事になる。

選挙は自己責任だ。
まずは自らがシッカリと努力する事に尽きる。

次期衆議院選挙に向けて勝利を目指すなら各国政候補者は誰を頼る事なく、まずは自らがキチンと努力する事から始めるべきだし、その努力をし続けられる人(経歴の良さではない、地域活動をやり切る能力がある人)を候補者として選ぶべきだろう。