台風第19号対応の検証と今後の県政への提言 | 神奈川県会議員滝田孝徳オフィシャルブログ「ノーブレス・オブリージュ」Powered by Ameba

台風第19号対応の検証と今後の県政への提言

台風第19号対応の検証と今後の県政への提言(令和元年11月発表)

山王排水樋管ゲート操作は適切だったのか?
 
令和元年10月12日の台風19号による被害において、中原区の上丸子山王町から玉川地区にかけての浸水エリアは約45ヘクタール以上となった。

また、被災者に対する『罹災(りさい)証明書』の発行済件数は1,000件を超える見込みで(11月11日時点)、そのうち約9割が床上浸水となっている。さらにその中でも特に浸水の程度がひどい『半壊』と認定されたのは約400件にも上る甚大な被害を出してしまった。同地区における被害は河川の氾濫がないにもかかわらず、いわゆる河川の逆流を原因とする内水氾濫により発生しており、山王排水樋管のゲート操作の妥当性が問われている。今回のゲート操作のあり方については、一つのケースとして今後の県政においての河川管理にも反映させるべきと考えており、検証と提言をまとめる事とした。

今回の台風19号による中原区の内水氾濫については、先に書いたように山王排水樋管のゲート操作が焦点となっているが、
私は今回の被害に関して、
①市のゲート操作の判断に誤りがあった、
②ゲート操作がマニュアル通りに行われていない、
以上2点を大きな問題点として指摘したいと思う。

 
1. 山王排水樋管のゲート操作
 
山王排水樋管のゲート操作の手順については、川崎市上下水道局中部下水道事務所が作成した『山王排水樋管操作手順』(以下、マニュアル)に水位ごとの手順が定められており、今回はマニュアルの原本そのものをここに写真
http://www.city.kawasaki.jp/800/cmsfiles/contents/0000112/112645/sanno_gate.pdf
として掲載した。まずは、そちらを参照しながらゲート操作の経過と問題点について考えてみよう。
 

1 令和元年10月12日(土) 11時30分
『山王排水樋管』の河川水位
(A.P+3.49m)
 

そもそも、マニュアルにおいて、河川増水時にゲートを閉めるかどうかの最初の判断は、まず山王排水樋管地点の河川水位がA.P+3.49mに達した時点で行うこととされている。ちなみに、A.Pとは荒川を基準面とする高さである。

この水位におけるゲート開閉の判断基準としては、マニュアルでは『内陸に降雨または降雨のおそれがない状態において多摩川の水位がA.P+3.49mを超えた時点で山王排水樋管ゲートを全閉する』と規定されている。そのため、12日の11時30分の時点で河川水位がA.P+3.49mに達したため、通常であればこの時点で多摩川からの水の逆流を防ぐためにゲートは閉められることとなる。

しかし、マニュアルには更に記載があり、『降雨がある場合や、大雨警報が発令されている等、降雨の恐れがある場合は、山王排水樋管ゲートの全開を維持する』と規定されている。

ゲート操作にあたっては、陸側の降雨による内水氾濫を防ぐか、もしくは河川水位上昇による逆流を防ぐのか、これら両方のリスクを考慮する必要があるが、この時点の水位におけるマニュアルでは、陸側の降雨の排水を重視する、という立て付けになっている。
 

2 10月12日(土) 15時00分
『多摩川田園調布(上)観測所』
A.P+7.6m(避難判断水位)
 
実は今回の大きな問題はここからである。
マニュアルでは、『田園調布(上)水位観測所の河川水位A.P+7.60m(避難判断水位)において、周辺状況及び丸子ポンプ場の状況を踏まえ、ゲートの開閉を総合的に判断』することとされている。

しかしながら市は、『ゲート開閉を総合的に判断した』したと説明するものの、その『総合判断』する前提として
前項①の『山王排水樋管地点の河川水位A.P+3.49m』の規定である『降雨がある場合や、大雨警報が発令されている場合は、ゲートの全開を維持する』を根拠規定としてゲートを全開にしたと説明するとともに、この規定は全水位にあてはまるとして、市はマニュアル通り対応したと主張している。

これは明らかにマニュアルを曲解し、逸脱した対応を行なったと指摘せざるをえない。

ここであらためてマニュアル原本である写真を見て欲しいが、
『ゲート全開を維持する』という規定については、河川水位A.P+3.49mに達した時点での規定であると同時に、どう読んでもその時点から河川水位A.P+7.60mまでしか適用されないとマニュアル上では読み取れない。

また、マニュアル上、総合判断する際の検討要件としては『周辺状況』と『丸子ポンプ場の状況』の2つと記されており、そこに降雨規定はない。

よって、この段階においては、『樋管ゲート開閉の総合判断』の前提として同規定を根拠とするのは明らかにおかしい。

すなわち、この点において、市はマニュアル通りの手順で対応できていなかったし、マニュアルの操作から逸脱して被害が出た明確なミスであると指摘しておきたいと思う。

本来であれば、この時点の水位においては周辺状況を加味した『総合的な判断として』、逆流を防ぐ観点からゲートは閉鎖されるべきである。

実際に、市上下水道局によると、台風が接近した11時30分には多摩川の水位が山王排水樋管の下水管の壁の高さを超えて逆流が始まっており、また、15時30分過ぎには区内のマンホールから水の噴出が確認されている。

さらに、夕刻には区内のマンホールから水が溢れ出ているため樋管ゲートを閉めるべきと住民から市に対して指摘が行われている。

このように市は河川水の逆流の状況を把握できていたにもかかわらず、なぜ前項の規定を根拠とした総合判断としてゲートを開け続けたのか、私には理解ができない。
 
繰り返しになるが、降雨や大雨警報を根拠としてゲートを全開できるとマニュアル上から読めるのは、河川水位がA.P+3.49に達した11時30分の時点であり、A.P+7.60m(避難判断水位)に達した段階で樋管の開閉は総合的に判断されなければならない。そもそも、逆流したら水門を閉めるという事は水門管理のいわずもがなの大原則であるし、実際に国土交通省が令和元年6月21日に都道府県や政令市の河川管理担当者に出した通知によれば、『逆流の場合は全閉が原則』と明確に記されている。さらに、山王排水樋管の設置目的にも逆流を防ぐことが明記されている。

よって、住民からの指摘があり、このような逆流の状況を把握していた以上、ゲートは閉鎖できたはずである。
これに対し市は、この段階で台風が接近しており、雨量が30-80ミリ/時に達すると予測されていたことから、ゲートを全開し続けたとしている。

繰り返し指摘するが、水が逆流している状況であればそもそも降雨を河川へ排水することはできない。やはりゲート操作の判断に誤りがあったと言わざるを得ない。

今後はマニュアルそのものについても、総合的な判断という曖昧な基準のままではなく、逆流を防ぐことを明確にし、より合理的にゲート運用が行われるよう、判断基準をより詳細に定めてく必要があるだろう。
 
3 10月12日(土) 22時52分
多摩川水位下降
(降雨の恐れなし)
 
深夜22時52分になりようやく山王排水樋管のゲート閉鎖が開始された。

この時点で大雨警報は出されていたものの、川崎市は、『降雨の恐れがない、丸子ポンプ場が水没の恐れがある、河川水位が高い』などの総合的な判断によりゲートの閉鎖を開始した。

このように事後的に検証していくと、陸側の降雨ばかりに注意が向けられ、もう1つの大きなリスクである河川水の逆流については、平成29年の台風21号被災時の内水氾濫の際に地元町内会から散々指摘を受け把握できていたにもかかわらず、十分に考慮されなかったとなるだろう。

また、もう一つ問題となるのがゲート閉鎖までに12時間もの時間を要したことである。ゲートは手動式で運用されており、実際にゲートが全閉されたのは翌日の10時50分と多大な時間がかかっている。

この閉鎖の遅れについての正確な理由について市から私に対しては明確な回答は得られていないが、
仮に上記②の15時00分の時点で閉鎖を判断したとしても、確実にゲートを閉めることができたのかについては疑問が残る。

その理由の一つはゲートの運用体制だ。現状中部下水道事務所の職員が高津区・中原区の両区5つもの樋管の操作を行わなければならず、災害時において迅速かつ適切な判断・運用が行われる体制だったか疑問であり、複数地の速やかなゲート操作の観点からは山王樋管についてはゲートを手動でなく遠隔で自動操作できるようにすることで、運用面での負担を軽減することも検討すべきだ。
 

 
2. 蔑ろにされた逆流対策
 
以上、時系列で検証し自分なりの考え方を記したが、ここからは、逆流対策について触れてみたいと思う。

実は川崎市は平成29年度までに約30億円もの事業費をかけて丸子地区に雨水管の設置などを行なってきており、浸水対策レベルは、5年に1度程度発生する雨量52ミリ/時から、10年に1度程度発生する雨量58ミリ/時まで引き上げられている。一方、今回の台風19号の被害では、最大雨量は40ミリ/時を下回っている状況であり数字上では決してキャパオーバーではない。

その一方で陸側における降雨対策だけでは十分ではない事は以前より地元町内会から指摘されており、今回その指摘が妥当であったと改めて浮き彫りとなってしまった。
今回の被害まで十分に考慮されなかった河川水の逆流について問題点を以下記してみたい。

 
1 平成29年の台風21号被害による逆流の発生
中原区においては平成29年10月にも台風21号による河川水の逆流で13棟が浸水する被害が起きている。

この被害を受け山王2丁目町内会から市に対し、①ゲートを閉じない中で多摩川が一定水位以上になると水は必ず逆流することを念頭に置いて欲しい、
②その基準は氾濫注意水位であるA.P+6.0mであると考えており、この水位に達した段階で樋管ゲートを閉めて欲しい、との2点の要請がなされている。

またこの時、市に対しては、A.P+6.0mを参考値として、逆流を防ぐためのゲートの運用方法に対して検討を進めて欲しいと併せて要請されている。

しかしながら、本要請についてはゲート操作マニュアルを作成・操作する現場の責任者まで情報が共有されていないことが、後になり判明した。

現在の山王樋管操作マニュアルは平成29年の台風21号の後改定作業に入り、令和元年4月から写真の新しいマニュアルに改定・運用される事になったが、そのマニュアル作成の過程においても山王2丁目町会からのゲート操作による逆流防止の指摘は考慮されてこなかったことになる。
 
2 国による逆流に対するゲート操作の事務連絡
また上述のとおり、国土交通省は『河川管理施設の操作規則の作成基準の取扱について』という事務連絡を令和元年6月21日に都道府県と政令市の河川管理担当者に発出している。

その中では、樋門のゲート操作は『順流の場合は全開、逆流の場合は全閉することが原則』、『遅くとも「被害発生水位」に到達する前に樋門のゲートを一度閉めることで順流・逆流を確認する』などゲート操作マニュアルにおける逆流の対応方法についての指針が示されている。

市の上下水道関係者は、この事務連絡は河川管理担当者通知であり、山王排水樋管は上下水道所管のため通知の対象外であると説明するが、水門管理の点では一緒である以上、通知対象外だからと言って無視できるものではない。

ちなみに、市の河川管理担当者は同通知に関しては間をおかずに上下水道担当者に情報提供したとしている。

今後は国の指針も踏まえ逆流対策を明確にした『山王樋管操作手順』の見直しは必須である。
 
3. 県政への提言(想定される治水対応策)
 
以上、今回の山王排水樋管を県下における一例として検証してきたが、今回の台風19号における教訓を踏まえ、神奈川県政として市町村と連携し以下の対策を推し進めるべきと提言したい。
 
(1) 逆流防止弁の設置
河川水の逆流を防ぐ対策としては、排水管に逆流防止弁(フラップ弁)を設置することが考えられる。市街地域が河川水位よりも低い場合には、排水管に水が逆流して内水氾濫を引き起こしやすくなるため、県下の未設置箇所を調査・設置するような政策を打つべき。
 
(2) 樋管ゲートの自動化
 今回の山王排水樋管のゲート操作は未だに手動式であり、このことがゲート閉鎖の遅延に繋がったのではないかという疑問はどうしても残る。そのため、災害時においても確実にゲート閉鎖を行うために優先順位をつけながら県下河川のゲート自動化の検討が必要である。また、今回の中部下水道事務所のように体制の薄さにもかかわらず一事業所が多箇所の樋管を同時に管理しているところでは、遠隔での自動操作により効率化が図れるようにすべき。
 
(3) 総合治水対策
都市全体で貯留機能を確保するという『総合治水』の考えも一つの解決策になるだろう。流域の緑地により小さな調整池を確保や、マンションや公共施設や住宅に雨水の一時貯留設備を造ることを推進する政策を県として打ち河川への流水を遅らせるべき。
 
(4) 100mm安心プランの策定
これまでの都市の雨水排水計画は50ミリ/時程度を目標としていることが多く、50ミリ/時を超えるゲリラ豪雨に対処できないケースが発生していた。このような豪雨に対応するため、国土交通省が策定支援を行う『100mm/h安心プラン』においては、関係分野の行政機関との役割分担や、住民や民間企業等の参画により、浸水被害の軽減を図るための取組を定めている。関係機関の連携による防災対策が図られるため、県内の自治体においても策定するように政策誘導すべき。
 
(5) 内水ハザードマップの策定
 中原区においては川の氾濫に対応した『洪水ハザードマップ』は策定されているが、今回の台風被害のような下水道の水があふれる内水氾濫に対応した『内水ハザードマップ』は県下でまだ十分に対応できていない。内水ハザードマップの策定・周知により、河川域に住まわれていない県民の方々に対しても浸水対応の意識を高めていただけるよう県全体で取り組んでいく必要があるだろう。
また、国土交通省と経済産業省はタワーマンションやオフィスビルの電源設備の浸水対策についての指針を今年度中に設けるとしており、同指針の対応方針も注視していく必要がある。
 
(6) 新下水道ビジョン加速戦略
国土交通省は平成29年に『新下水道ビジョン加速戦略』を公表しており、防災・減災の推進として、SNSや防犯カメラ等を活用した浸水情報の収集、水位周知の仕組みやタイムライン等の導入支援を行うとしている。このような制度を活用しつつ、河川水逆流の状況などを早期に把握・報告するシステムを県下で推進構築し、被害を最小限に抑えるゲートの運用体制を確立していくべき。

※山王排水被菅ゲート操作手順
http://www.city.kawasaki.jp/800/cmsfiles/contents/0000112/112645/sanno_gate.pdf