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少し前、サラリーマン時代に部長だった方が逝去されお通夜にお伺いさせて頂いた。
部長→取締役と進んでいった現役時代を彷彿させる微笑んでいる遺影を拝見したとき、退職する時に快く送り出してくださった事を思い出した。
今考えれば私は『生意気な新人サラリーマン』だったと思う。
親しくしていた人に『社内であなたの事をよく言う人を見たことがない。まぁ、憎めない所があるのが救いだけど・・・』と忠告を受けてもまるで反省せず
『何言ってるんだ~俺は誰よりも一生懸命仕事しているぞ!(怒)』と反発をしていたのだから本当に始末におえない。
部長もそんな私の扱いにも困った事が多々あったであろう。
退職後にお話を伺う機会を頂いた時『実はな・・』と笑いながら『私の事』については社内競争も激しい『営業職』ということもあり、各方面から『たまに(?)』クレームが寄せられていたと教えてくださった。
とは言うものの当時はそんな事は微塵も感じさせず常に前を向くよう誘導してくれた。
もし、この『若者をいきなりでなく徐々に教育していこうとする』、『大らかで太っ腹な』上司と出会ってなかったら、『世の中は我慢であり理不尽である』という『ごく当たり前の現実』にその後気づくまでに至らず『退職と転職』を頻繁に繰り返し(もちろん、いけない事ではない。人によってはそれがプラスになる場合が多々ある・・・)、結果として今の仕事につくことはなかったであろう。
お通夜には私を採用してくださった『人事課長だった方』や一緒に働いた先輩・同僚・後輩たちが沢山来ていた。
会社を退職をされて10年は経つのにこれだけ多くの方々が訪れるのだからいかに人望があったかよくわかる。
遠くに新入社員だった頃『雲の上の人』だった方がいらっしゃっていた。
当時10,000人近くいた社員のほぼ頂点に立っていた方。
現在も会社の最高幹部であるにもかかわらず、私の姿を見つけると、わざわざ足を運んでくれ『久しぶりだなぁ!』と声をかけてくれいくつかの『温かい激励』を下さった。
サラリーマン時代はすれ違う際に話すどころか『深々と頭を下げる』ぐらいしかできなかったこちらの事をまさか覚えているとは思わなかったので大変恐縮するとともに、おそらく地域でもこちらが考えている以上に多くの方々の『気持ち』を背負っていることを『常に自覚をし』仕事をしていかなければならないと思った。
あらためて『初心を忘れずに仕事をしよう』と決意を新たにした。
神奈川県議会議員 滝田 孝徳(中原区)