(5)鳩山由紀夫代議士 | 神奈川県会議員滝田孝徳オフィシャルブログ「ノーブレス・オブリージュ」Powered by Ameba

(5)鳩山由紀夫代議士

民主党本部幹事長室の前に立っていた。

『どうぞ。』

ノックに答える声が聞こえた。

聞き覚えのある声。

間違いなくTVで聞いた『鳩山由紀夫』の声だ。


秘書の方に促され先に入室すると・・・

『本物だ!!』


『民主党幹事長 衆議院議員 鳩山由紀夫』

が立っていた。


身長は178センチの私とほぼ同じ、思っていたより大きい。


民主党の幹事長室とはいうものの極めて質素な部屋だった。入口を入るとソファーがあり7~8人が座れる。その奥にシンプルな執務デスクがあり後ろには大きな窓があり明るい日差しが差し込んでいた。


机の横にあるハンガーから上着をとり羽織るとソファーまでやってきて着席するように促された。


『失礼をいたします。』着席をした。


『代議士、先日報告いたしました。滝田さんです』『○○さん(私をつないだ先輩)からも紹介状を頂いています。』

と『聖徳太子の後継者』が私を紹介した。


すると

『鳩山由紀夫でございます。』

とゆっくり話すと微笑みながら丁重におっとりと頭を下げ名刺をくれた。


いきなり面食らった。

なぜなら、『鳩山由紀夫です。』ではなく『鳩山由紀夫でございます。』だったからだ。


TV画面からでは伝わらないのだが明らかに普通の人とは違う。

一度でも本人に会ったことのある方なら意味をわかってくれると思うが、歩く姿、お茶を飲む姿、動作の一つ一つが非常に『洗練』されていて『奥入瀬の清流』のように『滑らかに美しく』動く。

まさに『やんごとなき』人だ。

また、英国屋オーダーのような堅い仕立ての『ブリティッシュスタイルスーツ』をクラシックな政治家とするなら服装も政治家らしくなかった。


少し肩がゆったりとしたダブルのスーツに華やかなタイ。

スーツの色合いは独特のグレー。ゆったりとしたラインとその特徴ある独特のグレーの色合いは当時『ジョルジオ・アルマーニ』のショップで見かけるものによく似ていた。高級感ある柔らかな仕立て感から見ても多分間違いないだろう。


タイについては判別がつかなかったが『ピカソの絵』のような大きめの模様とシルクの発色の良さからは『ジャンフランコ・フェレ』に近い印象を受けた。

当時は『ヴェルサーチ』や『エルメス』にも似たような路線のものがあったが、『ヴェルサーチ』なら間違いなくもう少し迫力が出てしまい強面に仕上がるだろうし、『エルメス』にしてはネクタイの幅が若干幅広のような気がした。


『面接』がスタートした。

最初は体型についてだった。

『一見細身に見えましたが、近くで見ると結構がっちりしてますね。』微笑みながら尋ねてきた。


『格闘技が好きでよく見てます。』と答えた。


問いと答えが全く噛み合ってない。

我ながらあきれるぐらい頓珍漢な回答だ。

だいたい、毎日格闘技を見るだけでガッチリとした体になるならスポーツ選手は誰も苦労しない。


自分では落ち着いているつもりだったが動揺をしていたのだろう。
また、格闘家には失礼だが冷静に考えれば『格闘技』は面接に馴染む答えとは言い難い。


すると

アントニオ猪木は見てました。』と小声でつぶやいた。


思わず噴き出しそうになった。

討論番組などに出ている有名政治家から『アントニオ猪木』という単語が出てくるのが意外だったし、小学生の頃プロレスを見に行った時、花道で『アンドレ・ザ・ジャイアント』に叩かれ涙目になった同級生を思い出したからだ。


こちらが笑顔になったのを見ると安心したようだった。

なるほど、『アントニオ猪木』はこっちが緊張をしていると見ての冗談だったのかと初めて気がついた。

そして、現在の仕事について聞かれたので、

『法人に対する営業はもちろん、街頭でのキャンペーンもやりますし、一軒一軒訪問して商品を売ったりもします。』と答えた。


『知らない人の家にいきなり行くのですか?』

政治家らしく戸別訪問に興味を示した。


『はい。得意です。仮にガラクタでも納得して買って頂く事はできると思います。』と答え、さりげなく営業マンとしての実績をアピールした。


『東京より選挙区の秘書としてスカウトしたいな』隣に座る『聖徳太子の後継者』である和賀小輔(仮名)秘書を見た。


そして、民主党についてどう思うか聞かれた。

『歴史的に意義ある政党だと思います。なぜなら、日本には自民党以外に政権を担える政党が必要であり、民主党が伸びる事によっていつかは政権が交代し、今よりいい政治が行われると思うからです。』

と答えた。


微笑みが消え大きくうなずいていた。


その後も民主党についていくつか聞かれた。しかし、知識を問うというより世間が党をどうみているのかリサーチをしているような質問だった。

また、不思議だったのは鳩山由紀夫代議士本人について一切聞かれなかった事だ。

この人にとって『民主党』と『鳩山由紀夫』は同じ事なんだろうと思った。

民主党を大きく育てていくことに使命感を持つとともに最大のエネルギーを使っているのがわかった。


しかし、こちらは田久保忠衛先生の門下生であり政治スタンスは明らかに保守。

鳩山代議士は別にしても『国旗や国歌を尊重しない』等、当時の民主党議員には違和感を覚える人物が結構いた。

だから、鳩山由紀夫に仕えるつもりでも民主党には少し冷めた考えを持っていた。


でも、話を聞きこれは『戦い』なんだと思った。

時間をかけながら党を大きくし自分の考えの方向に持っていく。この作業に力を使っているのだと感じた。


ならば、代議士に対して賛同できれば党に対しての違和感は克服できる。

『意気に感じる』ってやつだ。


時計を見ると1時間が経とうとしていた。

今から考えれば非常に長く時間を取ってくれていた。なによりも嬉しかったのは、初対面の私を子どもの頃から知っているかのように温かく迎えてくれた事だった。

『有名代議士』のおもてなしは違うとあらためて敬服した。


和賀秘書が代議士に対し何度か目の終了合図を出した。

残念そうに立ち上がると右手を差し出してくれた。

握手をすると

『議員をサポートする事は共に政治を変える事に参加するという事です。日本を変えて行く仕事をするという使命感を持ち続け頑張って下さい。期待しております。』

ドアの所まで見送ってくれたのが嬉しかった。



『僕の席でちょっと待ってて下さい。』和賀秘書はそのまま部屋に残った。


和賀秘書の席に着くと手紙のコピーが置いてあった。どうやら先程話に出た先輩からの紹介状らしい。紹介状を書いてくれていたのは知らなかった。

特徴ある達筆で『人物に間違いがない』事など縷々書かれており『一緒に働いていた際、ボランティアにもかかわらず早朝から深夜まで真面目に一生懸命仕事をしていた。必ずお役に立てると保障するので私を採用すると思って何卒御採用をお願いしたい』とあった。

『私を採用すると思って』この1文が胸にしみた。


和賀秘書が帰ってきた。

『こちらとしては採用させて頂きますが、よろしいですか?』と聞かれた。

『ありがとうございます。全力で頑張ります。何卒よろしくおねがいいたします。』と答えた。


夕方、会社に戻ると部長に時間を取ってもらった。

当時の部内の人事権は人事課ではなく部長にあった。

手短に鳩山由紀夫代議士の秘書として採用された事。学生時代からの目標に向かって力を試してみたい旨を説明した。

件数を上げる営業マンは中々辞めさせない事で有名な部長であり、内心円満退社まで時間がかかると覚悟をしていた。


『ええ話やないか!大きなチャンスやろ。頑張ったらええ。』

特徴ある関西弁が繰り出す意外な言葉に驚いた。

『ほんまはな、おまえをドーンと出世させたると思っとたんやけど、それならしゃーないなぁ。』

『他の奴が政治やる言うたら、普通はむちゃするなと反対するところや。でもな、あんたはあんだけ件数上げれるやから大丈夫や。』

そして、

『もし、ニッチもサッチいかなんやったら、いつでもまた戻っといで。』

退職者と縁を切る事で有名な部長の予想外の激励。


『いつでも戻ってこい。』の言葉はサラリーマン生活で一番嬉しい言葉だった。


そして、最後に

『いつから来いと言われているんや?』と聞かれ『円満に退社するように言われているので相談させてください。』と答えた。


『こっちはお前のええタイミングでええ、でも次行ったら休めないやろ?』『今月末日でどうや?』

まだ、月がはじまったばかり1か月近くある。


『有給を全部消化せい。足らん分は直行・直帰でええ。タイムカードはわしが押したる。最終日だけでてこい。』

黙ってうなずいた。

仕事に厳しい鬼部長の大きな気遣いに応える『感謝の言葉』が見つからなかったからだ。


次の日の夕刻。

パールホワイトの砂浜の上に立っていた。


OKINAWA ムーンビーチ。


季節外れのせいか誰もいない。

一人のためだけに存在するプライベートビーチ。穏やかな波の音と夕陽の沈む音しか聞こえなかった。


入社直後ダメ社員として毎日のように怒られた日々。


『俺はここにいられない。』言葉を残し営業の厳しさについていけずに退職してった同期の顔。

大きなミスをして平身低頭した日。

はじめて営業成績優秀者として社内報に名前が載った時の事。

様々な場面が浮かんでは消えた。


上司はもちろん同僚、後輩多くの方々に支えられてサラリーマンをやってきた。本当にありがとう。


白い砂浜に足で会社名を書くと大きな波が来て文字が消えた。


『そっか、終わったんだ。』

どんなに楽しかった日々でも振り返ってはいけない。前に進むと決意した以上、脇目を振らず前進するしかない。


いつの間にか日が沈んでいた。

静かすぎる波が海に映る月をひときわ綺麗に映す。


社会に出て初めての給料で買ったラルフローレンのパーカを脱ぐと部屋に向かってゆっくりと歩き出した・・・(終了)


神奈川県議会議員 滝田孝徳