居合をやっているというと一般には巻き藁を斬る試斬のイメージがあるようだ。
確かに華があり、テレビなどでも放送される事が多い。
だが、居合の稽古というと型を繰り返し行う事の方が圧倒的に多い。
試斬を日常的に行っている人は少ないと思う。
試斬は普段の稽古において実際に斬れるような刀の動きになっているか、また斬るという感触はどのようなものかを知るのに役立つ。
しかし、多くの流派が型稽古を重視しているのは試斬よりも型稽古の方が居合において大切だからであろう。
技を体に覚えさせ、技ができる体の動かし方になる事が大切だったのだと思う。
これは想像だが、居合においては実際に斬ることよりも斬る状態になる事が大切だったのではないだろうか。
相手と互角、もしくは不利な状況から自分が有利になるための方法を学び、それを実際に行えるようになることが重要だったのではないか。
だから試斬は中心とならず、型が中心となったのではないだろうか。