周りからは「頑張ってますね」とか、「すごいですね」とか、言われます。
気持ちは嬉しい。でもそんな言葉はいらない。そこで少しでも満足してしまう、しょうもない弱い自分が垣間見えてしまうんです。
まだまだ頑張りは足りない。もっともっとできたはずだし、もっともっとできるはずなんです。
頑張るのは当たり前なんです。僕はここに遊びに来てるわけでも、友達作りに来てるわけでもなく、
今いる場所に闘いに来てるんです。
命をかけて今この一瞬一瞬を生きてるんです。
僕の為にも闘ってくださっている方々がいます。だから僕も背負わなければならない。
正直、このブログを書いてる今この時でも自分の神経の一本にでもいいから1時間2時間をかけてでも呼びかけたい。それくらい一日の1時間1分1秒を自分の身体にかけたい。
今までの人生の中で、どこかで手を抜いていた自分がいました。もっと努力できただろうことがありました。自分が生きてきた38年間の生き方には一度も満足したことはありませんでした。ただ事故に遭ってからのこの6年間の生き方に恥じるものはありません。
だからこそ、今回のこのチャンスはたまたま訪れたのではなく、
僕自身が信じて、周りに笑われようとも一度も諦めなかったことで自らの手で手繰り寄せることができたと自負しています。
ここまで来るのに奇跡的な事が数多くありました。ドラマのような奇跡的なご縁がありました。奇跡の連続です。
事故当初、医師から「今までのようなアレは天文学的数字の確率だ。」と言われました。隣で聞いていた姉はため息をついていました。でも僕は「よし!」と気合いが入ったことを覚えています。可能性が0じゃないんだ。例え可能性が0.000000001%でもあるのであれば「よし!やってやるよ!俺が人知を超えたとんでもない奇跡を起こしてやるよ!」と。まぁ、元々、超がつくほどの大馬鹿野郎だから、笑われても関係ないでしょ。
今まで6年間で一度たりともアレを諦めたことはないし、誰が何と言おうとアレを諦めるつもりもない。
最高で最後のノンフィクションエンターテイメントを起こそうと思っています。
僕がICUにいる時に描いた最後の夢、、、
『歩く』
自分の足で、ただ『歩く』ということ。
もちろん歩けたから幸せ。歩けなかったら不幸。そういうことでもありません。
寝たきりだろうが、車いす生活だろうが、幸せを掴み取ることはできる。今だって僕はめちゃくちゃ幸せです。
でもそれはこの6年間いっぱいいっぱいいっぱい夢を抱いてきたから。夢があったり希望があったりしたから幸せを感じることができました。それは何でもいいんだ。明日は美味しいビーフカレーを食べようとか、面白いミュージカルを観ようとか、、昨日の算数のテストの点数を10点上げようとか、好きな子に告白しようとか、サッカーの大会で優勝するとか…
別に、それらの夢を達成できたとしてもできなかったとしても、それに向かって全力で勇往邁進できたならば、確かに失うものもあるかもしれないが必ず何かを得られてるはず…。得られた何かから、また何かを得られるし何かを創造できる。
僕は、例え70歳になっても80歳になっても言い続けてると思う。
言霊じゃないが言い続けること、信じ続けることは大切。それが自分の発奮材料にもなるしね。
最後に、この6年僕を支え続けてくださっている家族、友人、仕事関係者、ファンの方々、本当に有り難うございます。
人が動かないなら、まずは僕自身が動く。人が信じないなら、まずは僕自身が信じる。
毎日が闘いです。自分にだけは負けません。もっと前へ進んでやりますよ!
みんな!
『一生青春しよう!』
『一緒に歩こう!』
実は、
僕は今、2023年4月から前向きな入院中です。
超挑戦中だけど、めちゃくちゃ苦しくて苦しくて苦しくて…めちゃくちゃ楽しいんです!
結果はどうなるかはわかりません。
でも必ず何かを持ち帰ってみせます!
だからしばらく、誰の為でもなく自分の為にとことん無我夢中でやらせてください。
2023年9月15日
滝川英治
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