生活保護の医療扶助で「自己負担」を求めることは意外に難しい、その理由
生活保護と医療費の一部自己負担は意外に制度的な相性が悪い。それは、生活保護の支給額が積み上げ方式で計算されていて、それは全額使い道が決まっている、という立て付けだからだ。一方で医療扶助は現物支給。つまり、仮に自己負担が一回500円だとして、その500円の原資が生活保護費の計算モデル上存在しない。自己負担を導入すれば、「制度上の想定外の支出」が発生し、それは事実上の生活扶助の減額(=最低生活費を下回る可能性)と同じことになる。場合によっては違憲(日本国憲法第25条の生存権との抵触)ということになる。よって、自己負担ではない方法で無駄な診療をなくす努力をするしかない、というのが制度との整合性という意味では正しいということになる。
例としては、
・受診時の健康状態のアセスメント強化(ケースワーカーと医療機関の連携)
・地域包括ケアの中で「主治医・薬剤師・ケースワーカー」の情報共有を義務化
・マイナンバーによる頻回受診の抑制と服薬管理
などが考えられるだろう。
自己負担を求める、という政策を主張する人はこの無理を知っていて見て見ぬふりをしているか、知らない、ということになる。もちろん受けはいい。しかし、制度というものは建付けがあり、整合性が必要である。でなければ制度全体の信頼性が危うくなる。
前に挙げたように、自己負担以外でも無駄な受診の抑制をする方法はあるので、そちらを実施してもらえばいいんだよね。それが制度の根幹を守るということであり、同時に現場の負担を増やさない道でもある。
一見、効率が良さそうな案が重大な憲法リスクにつながったりもするのが福祉制度の難しいところ。