「投票したい候補者がいないから棄権する」という人、フレーミングをどうぞ
「投票したい候補者がいないから棄権する」という人は、実は最悪の事態を防ぐ行動をしていない。つまり、「投票したい人がいない」と思ったら、そのときこそ鼻をつまんで、ではなく、思考を変えて投票すべきだ、ということを発想の転換のツールを使いながら一緒に軽く考えてみましょう。
「誰も支持できない」「まともな候補がいない」
そういう気持ちで選挙を棄権する人は少なくありません。元候補者としても身につまされます。実際の調査を見ても、「適当な候補者・政党がいなかった」「投票したい党・人がいない」が棄権理由のトップクラスに入ります。
でも、ここでちょっと考えてみてください。
「投票したい人がいない」=「誰が勝っても同じ」ではありません。
むしろ、 あなたが本当に「最悪だ」と思う候補・勢力が勝つ可能性が高いときにこそ、「マシな方」に票を入れる(戦略的投票)ことが、最悪の事態を少しでも防ぐ現実的な手段になります。
「本命がいないから棄権」するのは、自分の倫理的一貫性(「嫌いな人に票を入れたくない」)を守るための選択です。
でもそれは同時に、自分がより嫌いな勢力が勝つ確率を高めてしまう選択でもあることが重要です。
これは「感情的・表現的棄権」の典型。
「私は手を汚したくない」「関わりたくない」という心理的逃げ道を選んでいるだけで、結果として、後悔の重さは「投票しなかったせいで最悪の結果になった」方が大きいこともあります。
実際、後でこう言いたくなるようなケースも多い。
「嫌いなAよりマシなBに投票しておけばよかった…」
「棄権したなきゃよかったかも…」
「投票したい人がいない」と思ったからこそ視点を変えてみる。
「一番いやな選択肢にしないために、誰にでもいいから『マシな方』に1票入れる」
これで十分です。
あなたの票は「完璧な理想」を選ぶものかもしれないが、実は最悪を少しでも遠ざけるためのツールという見方もできます。
そして、棄権は「何もしない」ことじゃない。 最悪を許容する積極的な選択という見方ができます。
こういう発想の転換をフレーミングと言います。
選挙で「誰も支持できない」と思ったとき、 このを思い出してみてください。
「投票したい人がいないからこそ、最悪を防ぐために投票する」
それが、感情に流されず、現実を少しでもマシにするライフハックの一歩です。
