杉田水脈氏を代議士たらしめている背景は何か/中位投票者定理と選挙制度を学ぶ | 前和光市長 松本たけひろ オフィシャルウェブサイト

杉田水脈氏を代議士たらしめている背景は何か/中位投票者定理と選挙制度を学ぶ

ここでは杉田水脈氏の政治姿勢についての是非は議論しない。杉田水脈さんという衆議院議員が存在しうる理由を初歩的な経済学の定理と選挙制度から説明する(経済学的な正確な定義ではなく、わかりやすくするためのざっくりした説明であることをお許しいただきたい)。

いわゆる(公共)経済学に中位投票者定理という定理がある。小選挙区において、仮に候補者が二人で争点がひとつ(リベラルか保守か)であるとする。
①  Lを左寄りの政治思想(リベラル)、Rを右寄りの政治思想(保守派)とする。
②  両極端から順番に人を並べていくと、LからもRからもちょうど真ん中の人がM、いわゆる中位投票者。
多数決投票となるので、半分以上の票を得る必要がある。左派も右派も両端から順番に票を獲得していき、中位投票者(M)の票を得た政党が選挙で勝利する。簡単に言うとこういう話だ。

 

まあ、そこまでの話ではなくとも、選挙では、極端な人は基本的に態度が決まっているので、小選挙区の選挙戦では真ん中あたりの有権者の取り合いとなる。
つまり、小選挙区制度では、所属がL系でもR系でも、穏健というか真ん中よりの人が選ばれやすい、ということがわかる(もちろん、アメリカのレッドステート、ブルーステートや日本の島根鳥取のように真ん中に来る前に圧倒的にどちらかが得票してしまう選挙区もある。いわゆる無風区である)。
このように小選挙区からは、比較的極端な思想を表明している杉田水脈氏が衆議院議員になる可能性はさほど高くない。小選挙区では杉田氏のような態度表明は非常に不利となる、ということを中位投票者定理は教えてくれる。皆さんの皮膚感覚的なものと同じ結論だろう。


一方で、杉田氏は比例単独候補である。衆議院比例は複数が当選する制度であり、「拘束名簿制度」をとっていることから、政党が用意した名簿が上位であれば、本人がどのような思想信条でも非有名人でも、関係なく当選することができる。拘束名簿の順位は知名度でも得票数でもなく、政党の意思である。つまり、杉田氏は選挙制度を踏まえた自民党の意思で衆議院議員になった、ということが分かる。

参議院比例に出るのはどうか。こちらは非拘束名簿方式であるから、政党が順位を決めるものではないが、逆に極端な思想信条(を表明している人)であっても、その政党から選ばれる複数の政治家で最も人気を得て、名前を書いてもらえれば当選はし得る。ただ、こちらからの当選も可能であるが、巨大な利益集団を背景に持たない杉田氏の背景と、社会一般における知名度ではハードルは高いだろう。特に自民党の参議院比例は利益団体の団体戦であり、ここに故石原慎太郎氏のようなタレントが割って入ることはあっても、一般人が入る隙はほとんどない。

さて、参議院には小選挙区の地域と中選挙区の地域があるが、中選挙区の地域であれば、中位投票者定理はもちろん当てはまらない。よって、比較的極端な思想信条でも、当選ラインの票数さえ積み上げれば当選はできる。しかし、当選者を見ればわかるが、こちらのハードルも高い。

ちなみに、このような複数の仕組みがもたらすのは、党内分裂である。中道寄りが揃う衆議院選挙区議員(および選挙区落選から比例復活のゾンビ)、参議院1人区議員と、極論が言える比例単独や参議院中選挙区の議員が混ざることで政党は求心力を持てなくなる。

さらに、政党には地方議員も所属している。これがまた政党をばらばらにする。
政令市議会は数人まで、都道府県議会議会は定数10数人という選挙区がせいぜいだが、一般市議会、23区の議会では1選挙区だから、50人区なんて無茶な選挙区もある。定数50で当選ラインを越えればいいのだから、過激派の構成員ですら当選してしまう。
よって、政党所属を名乗っていても、なかには極端な人が当選し、党内では政党所属地方議員として発言することになる。
ちなみに、政党が一糸乱れぬ同一の(あるいは近しい)思想により団結し、比較的まとまった議論をして効率的に政策に取り組むことが良い政党である、という考え方が経済学にはある。政治学的にも評価される場合が多い。これを構造化された政党、と呼ぶ。

構造化された政党の特色としてはラベリング効果がある。「〇〇議員は△△党らしいよ。じゃあ思想的には□□だね、お察し―」が明確なのである。選挙的にもわかりやすい。

構造化された政党による戦いのメリットは、選挙区が動いても基本的には全然問題ない、という点にある。

一方で、政党の構造化は階級社会と結びついているケースが多く、メリットばかりではない。

逆に主として個人に立脚した政党を名望家政党などと呼び、政治学的には古い形態として一段低い評価を得ることになる。経済学的には名望家政党の評価は化石扱いだろう。

では、構造化された政党とはどんな特色がある政党かと言うと、これは党中央が強い政党でもある。まあ、読者が思い浮かべられるその党である。その党と、たとえば名望家政党の最たるものである自民党を比較して、どちらがいいか、魅力的かと問われるとなかなか明確に答えることは難しい。もちろん、挙国一致で政策を形成するためには効率的だが、特に、地方分権の考え方との整合性はどうか。

地方議会が地方/地域に立脚して仕事をすべきである、というのが地方分権の考え方であるが、政治学者、経済学者はこのような状況は構造化されない、名望家政党的な色合いを政党にもたらすので良くない、と考える方が多いようである。
ただ、考えていただきたい。構造化された政党の地方議員は国会議員と縦の関係に置かれはしないだろうか。

まあ、国と地方の関係は今回のテーマではないので措く。


少なくとも、国政政党で党内にいろいろな背景のある、極論型の議員と穏健型の議員が混在する理由が選挙制度にある、という意味はお分かりいただけたかと思う。
そして、杉田さんは現在の選挙制度と自由民主党の意思が生んだ衆議院議員である、ということが初歩的な経済学の定理を踏まえて確認できた。