岡田晴恵『感染症は世界史を動かす』(2006.2ちくま新書)読後感 | 前和光市長 松本たけひろ オフィシャルウェブサイト

岡田晴恵『感染症は世界史を動かす』(2006.2ちくま新書)読後感

岡田晴恵「感染症は世界史を動かす」読了。

岡田さんはテレビなどでの印象は「情念の人」なのですが、本書の文体もどちらかというと文芸畑の人の文章に近い印象。

読みにくいというか、内容からすると違和感のある読み心地で、ただ、感染症と世界史の関係を読み解く、という意味では十分な情報を得ることが出来ました。

また、本書が鳥インフルエンザのパンデミックに関する関心が高い時期に書かれたこともあり、鳥インフルエンザに関する記述に力が入っていました。

 

本書はヨーロッパを中心とした西洋史におけるハンセン病、ペスト、梅毒、結核、インフルエンザという5つの感染症とその時代のトピックを結び付けて、当時のそれぞれの感染症の流行の様子や時代背景、人々の暮らしとの関係を読み解いていく、というスタイル。

 

ハンセン病パートでは、アレキサンダー大王の遠征でもともと熱帯地方の病気だったハンセン病(*1)がインドや中東に広まったこと、さらには十字軍の遠征によりヨーロッパに持ち帰られた史実が語られます。

そして、イエスがハンセン病の患者をいやす奇跡を見せることで人々の心のよりどころとなって行ったことにも言及があります。

 

黒死病パートでは、1338年の中央アジア・カジキスタンで発生した疫病がそれぞれカスピ海と黒海の北端と南端を通ってコクスタンティノープルを経由し全ヨーロッパに侵入していく様が語られます。黒死病の情報を得ていたジェノヴァで寄港を拒否された船がその競争相手マルセイユに入港。いったんは水際で侵入を食い止めたジェノヴァにも結局ペストは侵入し多数の人々が命を落とす。

 

梅毒パートでは、コロンブスらが新大陸から持ち帰った梅毒が、ルネサンスという性に開放的な時代を背景として大変な勢いで広がって行ったこと、さらには1494年のイタリア戦争が全ヨーロッパへの拡散の要因となったことが語られます。フランス軍を率いていったシャルル八世自身もこの病に侵され、彼らはこれを「ナポリ病」と、逆にイタリアの人々はこれを「フランス病」と呼ぶなど、今の国会ではないですが、都合の悪いものは敵方のせいにする風潮は古今東西同じのようです。

 

この次に短い「公衆衛生」のパートがあります。

検疫の始まりはヴェネチアにあり、東洋から来た船を40日間留め置いたこと、保健所の始まりは14世紀半ばの都市の対策委員会にあること、修道院が医療の場になっていたことなどが語られます。

 

結核パートでは、まず結核と文学の関係が語られます。このパートだけはなぜか日本文学の関係者がどんどん出てきます。さすがは一昔前の国民病です。

さて、結核パートの主役は突然エンゲルスになります。エンゲルス目線で語られるのは世界の工場ロンドンでの悲惨極まる労働環境と生活環境。そこはまさに貧困と悪い衛生状態という結核の温床であり、エンゲルスは彼らの生活を取材することで労働者階級の置かれた厳しい状況を告発していく。

 

最後はインフルエンザパート。特に印象的なのは第一次世界大戦を終わらせた、というお話。フランスを攻略し優勢だったドイツ軍がいわゆる「スペイン風邪」でバタバタと倒れ、戦局は膠着。やがて講和につながっていく。

ちなみに、戦場にこれを持ち込んだのはアメリカ軍で、それなのにスペイン風邪と呼ばれたのは戦略上各国がその流行を隠し、スペインだけが馬鹿正直に感染状況を公表したためについた名前なのだそう。

 

そして本書のおまけは新型インフル対策。一番がっかりしたのは鴨の腸管には過去に流行したものも含め、あらゆる新型インフルエンザがいて、再登板を狙っているということ。そして、新型インフルの発生のしくみについてもおさらいさせていただきました。

 

本書は最後の新型インフルのところが古くなってしまっている他は、情報量的にも適切で、感染症と世界史という興味深い分野の楽しい入り口になることと思います。

 

*1 インド周辺が原産地との説もあり。