俺はトシキくんに対する感情を失った。 

人から見れば、本当に些細なことで。 

でも俺にとっては、とても大きなことで。 


ただ「感情」は失ったが、「情」は残っていた。 

もしかしたら残された情は、「友情」の残りなのかもしれない、なんて言葉遊びをしてみる。 


というのも、きっかけが些細なことだということもあり、まだ少しだけ、彼の言葉を信じていた。 

「少しずつ関係を築いていきたい」という彼の言葉を。 


ただこれは、彼の言葉を信じてまだ微かな恋心を抱いている、という話ではない。 


もし彼が本当に、本心で、この言葉を言っていたとしたら。 

俺がこのままフェードアウトして、いつか別の人に恋をして、その人と付き合うことになったとしたら。それはとても不義理ではないか、不誠実ではないか、と。

そして、恋愛に良いイメージを抱いていない彼にとって、また更に悪いイメージがついてしまうのではないか、と。

そういう懸念である。 


言うなれば、出口戦略。 

どのようにこの恋の幕を引くか。 

俺の中では完全に終わってしまったこの恋愛を、ちゃんと「終わりました」と彼に伝えるべきか否かという悩み。 

そういう意味での「情」である。 


今の俺とトシキくんの関係に、明確な名前はない。 

少しずつ関係を築いていく予定だった、しかし結果スタート地点から殆ど動かなかった、ほぼただの友達といった状態。 

この状態で、果たして「元の友達関係に戻ろう」と話す必要があるだろうか。 

“元の” もなにも、殆ど動いてないじゃないか。
それが大多数の意見だと思う。このままフェードアウトが理想じゃないか、とも。 


だが一方で、先ほどの懸念が頭を過る。 

一度は好きになった相手だ。俺が原因で、彼にマイナスの影響を与えたくはない。 

だとすれば、大袈裟だとしても、笑われたとしても、ちゃんと伝えた方が良いんじゃないか。 


答えが出ぬまま、時が流れていく。 

恋心を失ってから、1週間、2週間と過ぎていく。 


そして、友達グループで大規模なイベントに参加する日が訪れる。 

そこで、その結論は出た。 


俺は目撃したのだ。 

トシキくんが、別の男と、キスしている姿を。抱き合っている姿を。 


それも一度じゃない。 

イベントの時間の大半を、その男と、イチャつきながら過ごしていた。 


俺は再び「感情」を失った。 

今度こそ、すべての「情」を失った。 


別に俺と彼とはただの友達同士。恋人じゃない。 

彼の行動を咎める権利もないし、道理もない。 

タイプの男がいたら、ものにするために行動すれば良い。なにも間違ってはいない。 


でも、でもさ。
告白された相手のいる場で、「少しずつ関係を築いていきたい」と答えた相手のいる場で。 

隠す素振りも見せず、そんなことしなくても良いじゃないか。そう考えてしまう。 


それなら最初からハッキリと振ってくれれば良かったのに。 

そうしたらこんな風に非難めいたことを考えずに済んだのに。 


今となっては、彼の言葉の本意も分からない。 

傷付けないための、関係を崩さないための、自然消滅を図るための、体よく振るための言葉だったのかもしれない。 


分からないが、もう分からなくても良い。 

分からないままで良い。 

誠実に向き合いたいと思っていたが、誠実に向き合ってくれないのなら、俺だって誠実さを放棄してやる。 


きっと彼の世界に俺はいらない。 

俺がいなくなっても、何も変わらない。 


だったら、このままフェードアウトしよう。 

何も言わずにいなくなってしまおう。 


これがこの恋の幕引きだ。 

あまりにもあっけなく、あまりにも虚しいエンディング。 


10年連れ添った恋人がいる俺は、今親友に恋をした。 

そして、恋人も、親友も失った。 


紛うことなきバッドエンド。 

だが、不思議と気持ちは晴れやかだ。なぜなら俺には今、明確な目標がある。 


ちゃんと幸せを掴み取ること。 

それが、別れた恋人への贖罪であり、親友に対しての復讐だ。そして、悩みもがきながらも前に進んだ自分が、ちゃんと得るべき報酬だ。 


そんな日が訪れることを信じて、これからも腐らずに歩んでいこうと思う。