政治を問う、暮らしから問う
第27回 結婚と出産 所得の向上で希望支えよ
――若者に希望を持てと言う前に、希望を選べる所得と働き方を整えたか
2026年10月20日
① 結婚や出産への意欲の低下を、若者の価値観だけの問題にしてはならない。収入、雇用、住居費、育児の負担が、望む暮らしを選ぶ妨げになっていないか。政治は、まず自らの政策を点検すべきである。
② 必要なのは、結婚後や出産後の給付だけではない。その前から、生活を組み立てられる所得と雇用の安定を支えることだ。仕事と育児の両立も、家庭、とりわけ女性の努力へ押し付けてはならない。
③ 少子化対策の成果を、出生数だけで測るな。望む人が希望を実現できたか。望まない人の選択も尊重されたか。生まれた子どもと育てる人の暮らしが守られたか。その基準で政策を検証せよ。
「将来、家庭を持ちたいですか」。
そう聞かれても、すぐには答えられない人がいるだろう。
来年も同じ仕事を続けられるか分からない。
家賃を払えば、貯金がほとんど残らない。
子どもを育てながら働く姿を想像すると、時間も体力も足りる気がしない。
その人へ、
「もっと結婚に前向きになってほしい」
と言って、何が変わるのか。
希望は、呼び掛ければ増えるものではない。希望を持った後の生活を、見通せることが必要である。
今回の出生動向基本調査を、若者の気持ちが変わったという話だけで終えてはならない。
若い世代が将来を考えるとき、政治と社会は、どのような条件を用意してきたのか。
そこから問い直したい。
一.調査が示した変化を、若者への説教に使うな
国立社会保障・人口問題研究所が2025年に実施した第17回出生動向基本調査では、18~34歳の未婚者で「いずれ結婚するつもり」と答えた割合は、男性75.1%、女性77.8%だった。前回の男性81.4%、女性84.3%から低下した。
夫婦が予定する子どもの数も、前回の2.01人から1.95人となった。これは、実際に生まれた子どもの数や合計特殊出生率とは異なる、予定についての回答である。ipss.go.jp
また、日本総合研究所の分析によると、未婚者全体の平均希望子ども数は男性1.30人、女性1.36人だった。結婚する意向がある人に限った平均とは、分けて読む必要がある。jri.co.jp
こうした変化は重い。
しかし、数字を見て、
「最近の若者には、家庭を持つ責任感が足りない」
と説教を始めるなら、読み方を誤っている。
調査は、若者を採点するためのものではない。希望が変わった背景と、希望を妨げている条件を調べるための材料である。
結婚や子育てに魅力を感じにくい社会になっているなら、本人の意識だけを変えようとしても、問題は残る。
二.「結婚しない」と「結婚できない」を、一緒にしない
ここは、最初にはっきりさせたい。
結婚を望まない人がいてよい。
子どもを持たない生き方を選ぶ人がいてよい。
その選択を、国への貢献が足りないかのように扱ってはならない。
一方で、結婚したいが経済的に難しい人もいる。
子どもを望んでいるが、仕事や住まい、健康などの事情で断念する人もいる。
この二つは、同じではない。
政策が取り除くべきなのは、本人の自由な選択ではなく、望む選択を阻む障害である。
「結婚しないつもり」と答えた人の考えが、将来変わる可能性はある。
しかし、それを行政が考えを変えさせる対象として扱うべきではない。
考えが変わったときも、変わらなかったときも、安心して暮らせる。
その土台を整えることが、政治の役割である。
三.所得向上を掲げるなら、家計に残るお金で示せ
若い世代の所得を増やす。
その方向には賛成する。
ただし、賃上げ率を発表して、仕事を終えたことにしてはならない。
給料が増えても、食費や家賃がそれ以上に上がれば、生活の余裕は小さくなる。
税や社会保険料を払った後に、いくら残るのか。
働く時間を増やした結果の収入増なのか。
収入が増えても、育児や家事をする時間が失われていないか。
そこまで確かめる必要がある。
若者に必要なのは、景気のよい賃上げの見出しではない。毎月の生活費を払った後、将来のために残せるお金である。
高市政権が所得向上を重視するなら、平均値だけではなく、若年層、非正規雇用、中小企業で働く人などに分けて、実質的な改善を示してほしい。
企業への賃上げ要請も必要だろう。
しかし、小さな企業が適正な価格で取引できず、人件費の増加を引き受けられない構造を放置したままでは、要請だけが繰り返される。
賃金を上げる企業の条件と、その賃金で暮らす人の条件を、つなげて考えるべきだ。
四.雇用の安定とは、来月の契約だけの話ではない
収入があっても、いつ途切れるか分からなければ、大きな決断はしにくい。
住まいを借りる。
二人の生活を始める。
子どもを迎える。
どれも、今月だけの収入では判断できない。
生活の見通しが立たない働かせ方のまま、人生の長い約束だけを求めるのは無理がある。
もちろん、すべての人が同じ雇用形態を望むわけではない。
正社員になれば、問題がすべて解決するわけでもない。
長時間労働や転勤、不合理な処遇があれば、安定した雇用でも家庭生活との両立は難しい。
問うべきは、名称より実態である。
収入を予測できるか。
休暇を取れるか。
妊娠、出産、育児を理由に、不利益を受けないか。
働き方が変わっても、必要な保障へつながれるか。
雇用の安定を、この広さで捉えてほしい。
五.結婚した人だけを支えても、入口の不安は消えない
結婚後や出産後の支援には意味がある。
児童手当や保育サービスは、育てる家庭の生活を支える。
しかし、支援を受けられる段階へ進む前に、生活が不安定な人もいる。
家賃が高い。
引っ越しの費用を用意できない。
一人で暮らすだけで、収入の多くがなくなる。
そこへ、結婚したら支援すると言われても、最初の一歩を踏み出せるとは限らない。
結婚や出産の支援を考えるなら、その前の一人の生活を支える必要がある。
住居費の負担軽減も、結婚を条件にしたものだけでなく、所得や実際の負担に応じて考えたい。
未婚者も支える。
子どもがいない人も支える。
それは少子化対策と矛盾しない。
本人がどの道を選ぶにしても、生活を組み立てられることが、希望を考える土台になるからだ。
六.共働きが前提なら、育児も共同責任にせよ
二人の収入がなければ、家計が成り立ちにくい。
その一方で、家事と育児は女性が中心である。
この組み合わせを当然にしてはならない。
女性には稼いでほしい。
しかし、子どもの世話も、家庭内の調整も引き受けてほしい。
それでは、家庭を持つことが、負担を何重にも抱える約束になってしまう。
経済的には共働きを求めながら、家庭では片方に責任を集中させる。その矛盾を、若者の結婚意欲の問題へすり替えるな。
男性の育児も、「手伝う」という意識だけでは足りない。
子どもの体調を把握する。
保育の予定を調整する。
必要な物を用意する。
仕事の予定を組み替える。
そうした責任を、日常的に分かち合う必要がある。
ただし、家庭内の話し合いだけで解決できるとも限らない。
休むことを認めない職場や、急な残業を前提とした仕事の組み方も変えなければならない。
七.働き続けられるようになった。その先の負担も調べよ
今回の調査では、2020~24年に第1子を出産した妻の、出産前後の就業継続率は80.5%だった。2015~19年の69.9%から上昇している。
出産後も働き続ける道が広がった点は、改善として認めたい。ipss.go.jp
しかし、仕事を辞めなかったことだけで、両立ができたと判断してよいのか。
睡眠を削っていないか。
望まずに労働時間や収入を減らしていないか。
昇進や職務の機会を失っていないか。
家族の誰かが、無理を引き受けていないか。
就業継続は重要な成果だが、無理を重ねて続けている状態まで、成功の数字へ入れてはならない。
政府には、継続率とともに、所得、労働時間、育児時間、健康、本人の希望との違いを調べてほしい。
企業にも、育休取得率だけではなく、復帰後の働き方や処遇まで点検する責任がある。
休んだ人の仕事を、残る同僚の無理で埋める仕組みも長続きしない。
代替要員や業務の見直しまで含めて、制度を動かす必要がある。
八.出生数の小幅増を、政策成功の宣伝に使うな
厚生労働省の人口動態統計の概数によると、2026年1~5月に国内で生まれた日本人の子どもは26万3635人で、前年同期より214人増えた。増加率は約0.1%である。
これは外国人を含む速報の集計とは範囲が異なる。また、5か月間の数字だけで、年間の動向や合計特殊出生率の変化は判断できない。mhlw.go.jp
小さな変化も、丁寧に見たい。
しかし、直ちに、
「少子化対策が実った」
と結論を出すのは早い。
婚姻の動き、出産の時期、人口構成なども調べなければ、何が影響したかは分からない。
出生数が増えたことと、特定の政策に効果があったことは、分けて確かめる必要がある。
反対に、支援を始めた翌年に出生数が減ったからといって、その支援が無意味だったとも言い切れない。
政策の評価には、対象となる人の変化と、効果が表れるまでの時間を見る必要がある。
都合のよい月だけを取り出す政治も、短い数字だけで失敗を決める批判も避けたい。
九.所得だけで、希望のすべてを説明しない
所得と雇用の改善は重要である。
しかし、お金が増えれば、誰もが結婚や出産を望むという話ではない。
人との出会い。
健康。
仕事や生き方の希望。
家族との関係。
妊娠や出産に関する事情。
人によって、抱える問題は違う。
だから、政府は所得支援だけを万能薬にしてはならない。
一方で、事情が複雑であることを理由に、経済的な障害への対応を後回しにすることも許されない。
所得は希望を保証しない。しかし、所得の不足によって希望を諦める人を減らすことは、政策の仕事である。
政治ができることと、本人にしか選べないことを分ける。
その境界を守ることが、支援への信頼につながる。
十.政府へ求める――予算額ではなく、障害が減ったかを示せ
支援策を増やした。
予算を確保した。
制度をつくった。
それらは、実施したことの説明である。
必要なのは、その結果の説明だ。
私は、少なくとも次の項目を継続して公表すべきだと考える。
| 政策の課題 | 確かめるべき結果 |
|---|---|
| 若い世代の所得 | 物価を差し引いた所得と、生活費を払った後の余裕 |
| 雇用の安定 | 契約や収入の見通し、望む働き方との違い |
| 住まい | 所得に対する住居費の負担 |
| 仕事と育児 | 継続就業に加え、所得・時間・健康への影響 |
| 育児の分担 | 取得率だけでなく、日常の育児時間と責任の偏り |
| 支援の届き方 | 利用できない人、申請を諦めた人、その理由 |
| 希望の実現 | 経済的・制度的な理由による断念が減ったか |
所得や地域、家族構成によって結果が違うなら、その違いも示す。
効果が弱ければ、対象や方法を変える。
出生数だけを追うより、政策が直せる場所も見えやすくなる。
少子化対策をしたという実績ではなく、希望を妨げるものを減らしたという結果を求めたい。
十一.「光明のひかり」――人数の目標から、一人の暮らしへ戻る
失敗したら、戻る。
戻る先は、出生数の目標を達成したと語れる場所ではない。
何のために支援するのか。
誰の不安を減らすのか。
本人が望む生活を、どう選べるようにするのか。
その目的へ戻る。
国に人口問題があることは事実である。
しかし、その問題を理由に、一人ひとりへ結婚や出産を義務のように求めてはならない。
人は、政策目標を達成するための人数ではない。
子どもも、将来の働き手として期待される前に、今を大切にされる一人の人間である。
そして、
止まったら、一手。
所得が足りないなら、どの層で何が不足しているかを調べる。
住居費が重いなら、負担の大きい人へ届く方法を考える。
両立が難しいなら、家庭の努力で埋めている職場の問題を直す。
大きな危機を語るだけでなく、具体的な障害を一つずつ取り除く。
そこへ進んでほしい。
高市政権へ――希望を語るなら、希望を持つ人の負担を引き受けよ
若者に結婚してほしい。
子どもを持ってほしい。
そう求める政治の言葉は多い。
しかし、その前に政府が答えるべき問いがある。
安心して生活できる所得へ近づけたか。
先の見通しが立つ働き方を増やしたか。
育児の負担を、家庭と女性へ押し付けたままにしていないか。
必要な支援を、利用できる形で届けたか。
若者の意欲が下がったと嘆く前に、意欲を持った人が立ち止まる社会を、どこまで変えたかを示してほしい。
結婚を望む人の希望を支える。
出産を望む人の不安を減らす。
結婚しない人も、子どもを持たない人も、尊厳を持って暮らせる。
生まれた子どもと育てる人を、孤立させない。
その土台を整えることが、結果として、将来を考えられる社会につながる。
所得を見て、生活費を払った後に何が残るかを問う。
働き方を見て、誰の時間と無理で家庭が支えられているかを確かめる。
希望を語る政治へ、本人の決意を求める前に、希望を選べる条件を整えるよう求める。
奥への扉――「光明のひかり」を、人に望ましい生き方を求める言葉ではなく、それぞれの希望と選択を尊重し、その前にある障害を取り除く言葉へ。竹内眞記雄のブログへ。