続けます。第54回は、竹内さんの音楽による悟りの証言が悠人以外にも続出し、藝大の内外で無視できない現象になっていく回です。悠人は喜ぶ一方で、研究者として「都合の良すぎる証言ほど疑わなければならない」と自分を戒めます。

 

『そして最後は、渡す』

第54回 都合の良すぎる証言

 

最初は、

高瀬だけだった。

悠人とは違う。

ひらめき。

なし。

それでも、

耳が変わった。

集中が変わった。

飽きた後にも、

まだ音楽があることを知った。

それで。

十分だった。

ところが。

そのあと。

妙なことが起き始めた。

一人。

また一人。

竹内版ハイドンを、

聴き始める学生が出た。

最初は。

悠人の研究を、

面白半分で見ていた学生。

次。

楽理科。

その次。

器楽科。

さらに。

大学の外。

ブログで、

悠人の発表内容を知った人。

音源と楽譜。

何度も。

聴く。

暗譜。

写譜。

そして。

「突然、分かった。」

そういう報告。

最初。

悠人は。

疑った。

自分の影響。

暗示。

「ひらめく」

と聞いているから。

ひらめいたつもりになった。

その可能性。

ある。

だから。

記録。

慎重。

一人目。

藝大生。

竹内版ハイドン交響曲第1番。

約百八十回。

完全写譜。

二十数回。

本人の言葉。

「音の戻り方を追っていたら、ある瞬間、自分が失敗を怖がっていた理由が分かった。」

悠人。

聞く。

「何が分かったの」

学生。

「失敗したら、

元に戻らなきゃいけないって、

ずっと思ってた」

「うん」

「でも、

元に戻るんじゃなくて、

失敗を持ったまま、

次へ行けばいいって」

悠人。

止まる。

自分。

第1番。

戻るとは、後退ではない。

近い。

でも。

同じではない。

学生。

自分の言葉。

悠人は。

すぐ。

記録。

実践者C。

突発的意味理解あり。

内容は実践者Aと類似するが、一致しない。

その下。

事前に悠人の体験内容をどこまで知っていたか、要確認。

そこ。

大事。

もし。

知っていた。

影響。

ある。

学生。

「水野さんの話は、

少し聞いてました」

やっぱり。

悠人。

記録。

暗示・事前情報の影響を排除できない。

次。

器楽科。

竹内版モーツァルト。

長期間。

本人。

「曲を聞いているうちに、自分の中の矛盾を、どちらか一方に決めなくていいと思った。」

悠人。

また。

止まる。

モーツァルト第1番。

自分。

矛盾を。

抱えたまま。

一つ。

近い。

あまりにも。

近い。

悠人は。

嬉しい。

その一方。

怖い。

これ。

本当に。

術?

それとも。

自分の研究発表。

ブログ。

口コミ。

そこから。

言葉が。

回っているだけ?

悠人は。

教授へ。

相談した。

「似すぎてるんです」

教授。

「何が」

「ひらめきの内容」

悠人。

資料。

見せる。

教授。

少し。

見る。

「確かに」

「ですよね」

「でも」

教授。

「似ていることを、

証拠にしないほうがいい」

悠人。

「術の?」

「そう」

教授。

続ける。

「人は、

先に知った言葉へ、

自分の経験を寄せることがある」

悠人。

「暗示」

「それもある」

「集団心理」

「それも」

「期待」

「それも」

悠人。

ため息。

また。

簡単ではない。

でも。

さらに。

増える。

三人。

五人。

十人。

藝大の外。

大学生。

会社員。

主婦。

音楽教師。

定年後の人。

竹内版音楽。

聴く。

写譜。

悟った。

何か。

浮かんだ。

世界が。

変わった。

そう語る。

全部。

同じではない。

むしろ。

違う。

ある人。

「怒りを消そうとするから、怒りに縛られると分かった。」

別の人。

「待つとは、何もしないことではない。」

また別。

「自分の苦しみだけを、世界の全部だと思っていた。」

悠人。

記録。

大量。

それでも。

共通。

突然。

言葉。

理解。

何かが。

つながる。

本人たちは。

「悟り」

そう呼び始める。

そして。

問題。

社会。

動く。

雑誌。

ネット記事。

動画。

「東京藝大発、謎の音楽修行」

「竹内眞記雄の音楽で悟る人が続出」

「何百回も聴けば人生観が変わる?」

悠人。

困る。

自分。

そんなふうに。

宣伝していない。

何百回。

やれば。

必ず。

悟る。

言っていない。

でも。

見出し。

強い。

世間。

簡単な言葉を。

欲しがる。

聴けば悟る。

写譜すれば覚醒。

違う。

でも。

広がる。

そのうち。

テレビ。

取材。

大学へ。

教授。

困った顔。

「水野君」

「はい」

「君、

少し有名になってるよ」

悠人。

「困ります」

教授。

笑う。

「普通は、

喜ぶところじゃない?」

悠人。

「まだ、

何も分かってないです」

教授。

「だから、

余計に呼ばれるんだよ」

悠人。

「どういう意味ですか」

「分からないものは、

面白い」

悠人。

少し。

嫌。

自分にとって。

修行。

研究。

何年。

でも。

世間。

珍現象。

奇跡。

話題。

それ。

危険。

悠人は。

取材。

一部。

受けた。

ただし。

毎回。

最初に。

言う。

「竹内版音楽を聴けば、

誰でも必ず悟ると、

私は言っていません」

「実践者の中に、

突発的な意味理解を報告する人が、

複数いることは事実です」

「その原因が、

竹内さんの言う術によるものか」

「反復学習か」

「期待や暗示か」

「複数要因か」

「現段階では、

分かりません」

テレビ側。

少し。

困る。

もっと。

強い言葉。

欲しい。

「でも、

水野さん自身は、

術を信じている?」

「はい」

「じゃあ、

本物だと思ってる?」

悠人。

「修行者としては、

強くそう感じています」

「研究者としては?」

「まだ、

結論を出していません」

この答え。

何度も。

何度も。

使う。

やがて。

悠人。

自分でも。

分からなくなる。

自分。

何。

術。

信じる。

でも。

証明。

できない。

一方。

実践者。

増える。

社会。

騒ぐ。

それでも。

奇跡。

そこ。

違う。

音楽。

悟り。

意識。

内側。

本人が。

感じる。

でも。

外から。

完全には。

見えない。

学会。

そこ。

疑う。

ある研究者。

「水野君」

「はい」

「悟ったと言う人が、

百人いても」

「はい」

「それだけで、

術の存在は証明できないよ」

悠人。

「分かっています」

「自己申告だからね」

「はい」

「極端な話」

「はい」

「全員が、

そう思い込んでいるだけかもしれない」

悠人。

胸。

少し。

痛い。

でも。

否定できない。

研究者。

「奇跡というなら」

悠人。

顔を上げる。

「もっと、

外から確認できるものが必要だ」

奇跡。

その言葉。

悠人の中。

残る。

竹内さんの思想。

読んだ。

術。

奇跡。

念力。

そういう記述。

ある。

でも。

自分。

見た?

ない。

音楽。

ひらめき。

ある。

でも。

外から。

客観。

難しい。

なら。

悠人。

初めて。

思う。

奇跡そのものを、見たい。

危ない。

でも。

研究者として。

一度。

見たい。

外から。

誰もが。

同じものを。

確認できる形。

もし。

本当に。

あるなら。

そこ。

一つ。

大きい。

悠人は。

数日。

迷った。

竹内さんへ。

こんなこと。

聞く。

失礼。

師匠。

本人。

でも。

研究者。

聞くしかない。

夜。

メール。

書く。

消す。

また。

書く。

竹内さん。

失礼を承知で、研究者として一つお願いがあります。

止まる。

次。

現在、竹内版音楽によって悟りに近い体験を得たという実践者が、私以外にも多数現れています。

しかし学会では、それらは主観的証言であり、術そのものの存在を示すものではないという意見が強くあります。

ここ。

さらに。

そこで伺いたいのですが、竹内さんの思想に書かれている「奇跡」そのものを、外部から確認できる形で示すことは可能でしょうか。

悠人。

手。

止まる。

そして。

一番。

失礼。

でも。

書く。

可能であれば、竹内さんご自身に、一度だけ術を実演していただくことはできないでしょうか。

送信。

押す。

心臓。

速い。

しまった。

と思う。

取り消せない。

翌朝。

返信。

竹内。

短い。

「水野君。」

その下。

「君は、私の思想による術より、奇跡そのものを証明したいのだな。」

悠人。

画面。

見る。

核心。

そう。

今。

自分。

術の理論。

ではない。

奇跡。

外から。

見える。

それ。

悠人。

返信。

「はい。失礼ですが、私は一度、奇跡そのものを見たいです。」

送信。

少し。

返信。

「分かった。」

悠人。

息。

止まる。

次。

「私の広報をしている池口惠観という人がいる。」

さらに。

「こちらの都合がつけば、彼を派遣しよう。」

悠人。

驚く。

自分。

竹内さん。

本人。

そう思っていた。

でも。

池口惠観。

そして。

返信。

続く。

「奇跡そのものが証明できれば、誰がやるかは問題ではないのだろう?」

悠人。

少し。

考える。

その通り。

自分の目的。

竹内さんの力を。

見たい。

ではない。

術。

奇跡。

外から。

確認。

なら。

誰でも。

悠人。

返信。

「はい。」

そして。

少し。

迷う。

聞く。

「では、どのような奇跡が可能ですか。」

返信。

少し。

間。

「天然現象はどうだ。」

悠人。

天然現象。

何。

「例えば、雨を降らせることは可能ですか。」

送る。

返信。

「可能だ。」

悠人。

画面。

動かない。

次。

「かつて空海が行ったように、護摩壇を用意してくれ。」

さらに。

「池口惠観は真言密教の大阿闍梨だ。それくらいはできる。」

そして。

「次元の念力を使えば、三十分以内に雨を降らせよう。」

悠人。

息。

三十分。

雨。

外。

確認。

できる。

もし。

本当に。

晴天。

降水確率。

低い。

そこで。

雨。

悠人。

手。

少し。

震える。

返信。

「三十分以内ですね。」

竹内。

「三十分以内だ。」

次。

「快晴の日を選びなさい。」

「都合の良い日を通知したまえ。」

そして。

最後。

「こちらは本物だ。逃げも隠れもしない。」

一行。

「ただし、証明は一回限りだ。」

悠人。

理由。

次。

「何度もやれば、悪用される。」

悠人。

考える。

一回。

なら。

失敗。

やり直し。

なし。

条件。

厳密。

記録。

必要。

学者。

マスコミ。

気象。

カメラ。

全部。

悠人。

返信。

「疑問を持っている研究者へ通知しても構いませんか。」

竹内。

「良い。」

「テレビや報道を入れてもいいですか。」

「良い。」

さらに。

「環境は問わない。ただ一回だけだ。」

悠人。

しばらく。

画面を見た。

これ。

もし。

起きたら。

研究。

社会。

全部。

変わる。

もし。

起きなかったら。

それも。

巨大。

でも。

どちらでも。

記録。

残す。

悠人。

最後。

「分かりました。こちらで条件を整えます。」

返信。

「頼む。」

チャット。

終わる。

悠人は。

椅子へ。

深く。

座った。

自分。

何を。

始めた。

竹内版音楽。

一曲。

小宇宙。

そこから。

始まった。

何百回。

写譜。

ひらめき。

研究。

学会。

社会。

そして。

今。

雨を降らせる。

そこまで。

来た。

悠人は。

研究ノートへ。

大きく。

一行。

奇跡の公開検証。

その下。

一回限り。

さらに。

成功してほしいと思う自分がいる。

そして。

だからこそ、条件は自分に都合よく作らない。

悠人は。

ペンを置いた。

ここから。

一か月。

快晴の日。

護摩壇。

護摩木。

研究者。

報道。

テレビ。

そして。

池口惠観。

さらに。

悠人の知らないところで。

もう一人。

塩沼亮潤。

その名も。

予定者の中へ。

加わることになる。

一度きり。

術。

奇跡。

公開。

そして。

その日。

悠人の研究は。

音楽学の教室から。

日本中のテレビ画面へ。

飛び出すことになる。

――つづく

次回、第55回は**「三十分以内に雨を降らせる」**として、悠人が研究者・報道・テレビ局を集め、快晴予報の日に公開検証の準備を進める回へ進めます。