勝海舟なら、竹内眞記雄という人物を「思想の中身」だけではなく、何を背負い、なぜこれほど書き続けるのかまで見ようとすると思います。以下は、史実上の勝海舟の発言で、彼の現実主義・人物眼・権力観を踏まえた人物評です。
勝海舟、竹内眞記雄を評す
――「お前さんは、天下を取りたいんじゃない。天下に物を言いたいんだろう」
竹内眞記雄という男か。
いや、これは一言では片づけられねえな。
政治を語ったかと思えば、宗教を語る。
経済を論じたかと思えば、小説を書く。
相場を見ていたかと思えば、人間の孤独を考えている。
自分の一生を語っていたかと思えば、突然、日本という国の行く末を論じ始める。
普通なら、
「何屋なんだ、この男は」
と言われる。
だがな。
俺は、そこを欠点だとは思わねえ。
むしろ竹内という男を理解するには、
「一つの肩書に収まらない人間である」
というところから始めなければならねえ。
一 この男は、政治家になりたい人間ではない
俺がまず見るところは、そこだ。
竹内は政治のことを随分考えている。
景気。
円安。
物価。
地方。
医療。
福祉。
交通。
少子化。
貧困。
株式市場。
国家の仕組み。
だが、よく見ると、政治家になって偉くなりたいという欲とは少し違う。
議席が欲しいわけでもない。
役職が欲しいわけでもない。
政党をつくって天下を取ろうという話でもない。
お前さんが欲しがっているものは、
「自分の考えが世の中に届くこと」
なんだろう。
これは政治家より、むしろ昔の「浪人」に近い。
幕府にも藩にも完全には属さず、
「国はどうなる」
「民はどうなる」
「このままでいいのか」
と考えて歩く人間だ。
俺の時代にも、そういう連中は山ほどいた。
坂本龍馬もそうだ。
西郷も一面ではそうだった。
横井小楠なんぞもそうだ。
肩書より、天下国家を先に考える。
竹内にも、その気質はある。
二 だが、竹内の本当の主題は政治ではない
もっと奥を見よう。
竹内は政治を論じているようで、実はいつも同じ問いに戻っている。
「人間は、どうすれば安心して生きられるのか」
だ。
金の話もそうだ。
社会保障の話もそうだ。
投資の話もそうだ。
医療の話もそうだ。
地方交通の話もそうだ。
結局、
「弱った人間を、社会はどう支えるのか」
というところへ戻ってくる。
これは面白いところだ。
普通の経済論ならGDPを見る。
普通の政治論なら選挙を見る。
普通の投資論なら利益を見る。
ところが竹内は最後には、
「それで普通の人間の暮らしは楽になるのか」
と聞く。
この癖は、かなり強い。
俺なら、ここを竹内眞記雄という人間の中心に置く。
三 長い停滞を経験した人間だから、敗者を切れない
人を見る時は、その人間が何に腹を立てるかを見るんだ。
竹内が強く反応するのは、
強者がもっと強くなることそのものじゃない。
弱った人間が放っておかれること
なんだな。
一度人生につまずいたら戻れない。
地方に住んだだけで不便になる。
病気になったら社会から遠ざかる。
金がなければ選択肢がなくなる。
助けが必要な人間ほど、自分から役所へ申請しなければならない。
そういう仕組みに怒る。
なぜか。
これは恐らく、本で覚えた怒りだけではない。
竹内自身が、社会の中心から離れた長い時間を経験している。
だから、
「頑張ればいい」
だけでは人間が救われないことを知っている。
ここは強みだ。
順風満帆で来た人間には、どうしても見えない景色がある。
四 竹内は「成功者の哲学」ではなく「戻る者の哲学」を作った
俺が面白いと思うのはここだ。
竹内の考え方には、
勝て。
上へ行け。
成功しろ。
金持ちになれ。
という臭いが薄い。
代わりに、
迷ったら水。
怒ったら半拍。
崩れたら一行。
止まったら一手。
失敗したら戻る。
という。
これはな、
実に変わった思想なんだ。
世の中の教えというものは、大抵、
「もっと立派になれ」
と言う。
だが竹内は、
「駄目になっても戻ってこい」
と言っている。
俺ならそこを高く買う。
人間というものは、立派になる方法より、
駄目になった時にどう帰ってくるか
のほうが大事だからな。
五 ただし、俺なら竹内に一つ厳しく言う
ここからが本音だ。
お前さんは、ときどき自分を大きく語りすぎる。
天皇。
神。
救世。
復活。
世界。
歴史。
そういう大きな言葉を使う。
それがお前さん自身の人生認識として切実なのは分かる。
だが世間はな、
人間の中身より先に、言葉の大きさを見る。
そして、
「この人は何を言っているんだ」
と引いてしまう。
そうすると、お前さんが本当に伝えたかった、
貧困の話も、
地方の話も、
孤独の話も、
再起の話も、
届かなくなる。
俺なら言う。
「天下を動かしたければ、天下という言葉を減らせ」
とな。
大きな思想ほど、小さな言葉で語るんだ。
六 人間は、自分で自分を偉くしてはいけない
俺は幕臣だったが、幕府が絶対だとは思わなかった。
徳川も永久ではない。
薩摩も長州も永久ではない。
明治政府だって永久じゃない。
人間なんて、みんな途中の者だ。
だから竹内にも言う。
自分が何者であるかを最終的に決めるのは、
自分ではない。
後の人間だ。
竹内が自分を預言者と思おうが、思想家と思おうが、作家と思おうが、それは本人の認識として持っていていい。
だが歴史は、それとは別のところで判定する。
百年後に一行でも残れば、それは残った思想だ。
誰も読まなくなれば、それまでだ。
歴史とは冷たいもんだよ。
だが公平でもある。
七 竹内最大の才能は「連結する力」だ
俺が竹内を見て一番面白いと思うのは、
知識の量ではない。
別々の話を一本につなぐ癖
だ。
為替を物価につなぐ。
物価を生活につなぐ。
生活を政治につなぐ。
政治を人間心理につなぐ。
人間心理を宗教につなぐ。
宗教を日常生活へ戻す。
これは一種の編集能力だ。
専門家は一つの穴を深く掘る。
竹内は逆だ。
いくつもの穴の間に道を作ろうとする。
だから専門家から見ると、
「粗い」
と思われることがあるだろう。
だが一般の人には、
「ああ、これは全部つながっているのか」
と見えることもある。
ここは竹内の武器だ。
八 しかし最大の弱点も、同じところにある
何でもつなげられる人間には危険がある。
本当は関係のないものまで、つないでしまうことだ。
歴史上の出来事。
政治判断。
自分自身の経験。
偶然。
直感。
これらは区別しなければならない。
ここを混ぜると、読み手は一番大事なところで信用しなくなる。
俺なら竹内に、
「自分が知ったこと」
「自分が感じたこと」
「資料で確認できること」
この三つを分けて書けと言う。
これは思想を弱めるためじゃない。
逆だ。
文章を強くするためだ。
九 俺なら「神」を論じる前に、一杯の水を見る
竹内の思想の中で、俺が一番好きなのは、
壮大な宗教論じゃない。
「迷ったら、水」
というところだ。
なぜなら、それは実行できるからだ。
人間が苦しい時に、
宇宙とは何か。
神とは何か。
歴史とは何か。
なんて論じても仕方がない時がある。
水を一杯飲む。
座る。
眠る。
一行書く。
明日もう一度やる。
それで救われる人間もいる。
思想ってものはな、
最後には飯と水と寝床へ戻ってこなきゃ駄目なんだ。
その意味では、
竹内が長年かけてたどり着いたところは、
意外に現実的なんだよ。
十 竹内は「革命家」ではない
お前さんは国を変えたいと思っている。
だが俺から見ると、革命家ではない。
なぜなら、
全部壊せ、
とは言っていないからだ。
少しずつ直せ。
弱者を拾え。
制度を使いやすくしろ。
暮らしを守れ。
と言っている。
これは俺の好みに近い。
俺も江戸城を焼いて幕府と新政府を全面戦争させるより、
「まあ、話をつけようじゃねえか」
と考えた人間だからな。
大改革を叫ぶ奴より、
戦争をせずに一歩前へ進める人間
のほうが、案外世の中を変える。
十一 竹内の中には二人いる
俺にはそう見える。
一人は、
世界や歴史や宗教まで背負おうとする、
巨大な竹内眞記雄。
もう一人は、
一人の人間が今日をどう生きればいいかを考えている、
生活者としての竹内眞記雄。
俺なら後者をもっと前に出せと言う。
なぜなら、そっちのほうが強いからだ。
巨大な竹内を信じる人は少ないかもしれない。
しかし、
「失敗しても戻ればいい」
と言う竹内には、
助けられる人間がいるかもしれない。
十二 お前さんが本当に欲しいのは、権力じゃない
ここまで見れば分かる。
竹内眞記雄が欲しいのは、
金でもなければ、
官位でもなければ、
肩書でもない。
恐らく一番欲しいのは、
「自分が生きたことには意味があった」と確認することだ。
だから書く。
誰か一人でも読んで、
「この考えは役に立った」
と言ってくれればいい。
政治家が読んだ。
若者が読んだ。
病気の人が読んだ。
生活に苦しんでいる人が読んだ。
そういう痕跡を求めている。
これは名誉欲とも少し違う。
もっと根の深い、
存在の証明
なんだろう。
十三 だがな、竹内。焦るな
ここは俺ならかなり強く言う。
思想というものは、自分が生きている間に評価されるとは限らねえ。
一日に何人読んだ。
政治家が反応した。
世間が気づいた。
それを毎日数えていたら、
思想家じゃなくて商売人になっちまう。
書くべきことを書いたなら、
少し世間から離れる勇気も持て。
世の中は、お前さん一人で背負うものじゃない。
十四 俺が竹内に残すなら、この一言だ
竹内。
お前さんは、天下人じゃない。
だが、
天下に向かって物を言わずにはいられない人間だ。
それでいい。
無理に自分を偉くすることもない。
無理に救世主になることもない。
世の中には、
王様より、
「これはおかしいんじゃないか」
と一言残した町人の言葉のほうが、
百年後まで残ることだってある。
お前さんが本当に残すべきものは、
自分が何者であるかという宣言ではない。
何を見たか。
何を苦しんだか。
何を考えたか。
そして、次の人間に何を渡すか。
そこだ。
勝海舟の本音
竹内眞記雄という男は、
天才かと問われれば、
俺はそんな簡単な言葉では決めねえ。
預言者かと問われても、
俺には分からねえ。
救世主かと問われても、
そんなものは本人や同時代の人間が決めることじゃない。
ただ一つ言える。
この男は、随分長いこと、自分の人生と世の中との折り合いをつけようとしてきた。
そして最後には、
自分だけ助かりたいという話ではなく、
「他の人間が少しでも楽に生きられる仕組みを作れ」
というところへ来た。
そこは、俺は嫌いじゃねえ。
だが竹内。
最後の最後まで覚えておけ。
人を救おうと思うなら、まず人を驚かせる言葉より、人に届く言葉を選べ。
天下国家を百遍語るより、
一人の人間に、
「失敗しても戻っていい」
と言ってやるほうが、
ずっと大きな仕事になることがある。
そしてもし、お前さんの思想に本当に値打ちがあるなら――
お前さんが大声で自分を説明しなくても、
後の人間が勝手に拾う。
歴史ってやつは、
そういうものだよ。
――勝海舟
今回の勝海舟は、かなり竹内眞記雄に好意的でありながら、**「自己評価を大きくするより、生活者へ届く言葉を残せ」**という一点では相当に厳しく言わせました。私は特に、「巨大な竹内」と「生活者としての竹内」の二面性を見抜くのが、勝海舟らしい人物評になると思います。