■ 高齢者に「使え」と言いながら、60歳から収入不安を作っていないか
日本では、
高齢者が資産を持っている。
もっと消費してほしい。
という議論がある。
しかし、
60歳で給料が下がる。
65歳まで年金開始を待つ。
その先、
何歳まで生きるか分からない。
医療。
介護。
も分からない。
なら、
人はどうするだろう。
当然、
貯める。
これは、
以前から続く老後不安の問題にもつながる。
■ 「生活を縮める」のは、本人の合理的な防衛である
60歳。
給料が減る。
65歳。
年金が始まる。
でも年金額だけで十分か分からない。
90歳まで生きるかもしれない。
なら、
支出を減らす。
正しい判断である。
だから、
消費しない高齢者を責めても仕方がない。
問題は、
消費すると危険だと思わせる所得設計
の方である。
■ 60歳の崖は、55歳から始まっている
実際には、
60歳になって突然考え始めるのでは遅い。
50代になる。
役職定年。
定年。
再雇用。
退職金。
年金。
住宅ローン。
親の介護。
これらが視界に入る。
すると、
50代から、
お金を使わなくなる。
つまり、
60歳の崖は、
本人の頭の中では55歳頃から始まっている
とも言える。
■ 「老後が心配だから今を我慢する」が再び始まる
30代。
住宅。
教育。
老後。
40代。
住宅。
教育。
老後。
50代。
定年が見える。
もっと貯める。
60代。
給料が下がる。
もっと節約する。
65歳。
年金生活。
医療・介護が怖い。
まだ使わない。
70代。
長生きが怖い。
まだ残す。
では、
いつ使うのだろう。
■ ここにも「人生を後ろへ送る構造」がある
若者には、
結婚はあとで。
住宅はあとで。
旅行はあとで。
と待たせる。
中年には、
教育費が終わるまで待て。
老後資金を貯めろ。
と言う。
60歳になれば、
収入が減るから節約しろ。
65歳になれば、
長生きに備えろ。
日本人は、
人生のほとんどを、
「後のために今を縮める」
ことに使っていないだろうか。
■ では、どうするか
私は、
「定年を全部なくせ」
という一本だけでは解決しないと思う。
働きたくない人もいる。
体力が落ちる人もいる。
責任の重い仕事から離れたい人もいる。
重要なのは、
一律に70歳まで働かせることではない。
60歳に集中している制度変更を、50代から70代へ分散させること
なのである。
■ 解決策1――60歳定年+再雇用から「65歳まで連続社員」へ
まず、
60歳で一度雇用関係を区切り、
再雇用する方式から、
希望する人については、
65歳まで連続した雇用へ移す。
実際に、
定年を引き上げる企業は増えている。
2025年6月時点で、
高年齢者雇用確保措置を、
定年引上げで実施する企業は31.0%まで増えている。
この流れを太くする。
■ ただし「65歳まで同じ仕事をしろ」ではない
連続社員でも、
仕事内容は変えてよい。
管理職から専門職。
フルタイムから週4日。
営業から後輩指導。
現場から品質管理。
本人と会社が選ぶ。
重要なのは、
誕生日で雇用身分を切らないこと
である。
■ 解決策2――賃金を年齢ではなく、仕事・技能・責任で決める
前の記事ともつながる。
60歳。
だから7割。
ではない。
仕事内容が7割になった。
だから給与も変わる。
なら分かる。
逆に、
同じ仕事。
同じ責任。
同じ成果。
なら、
年齢だけでは大きく変えない。
こうすれば、
60歳の崖はかなり低くなる。
■ 解決策3――55歳で「人生後半の給与明細」を見せる
私は、
これはかなり必要だと思う。
55歳になった時点で、
会社と社会保険制度をつなぎ、
本人へ、
今後の見通しを示す。
60歳の想定給与。
65歳の想定給与。
退職金。
公的年金見込額。
企業年金。
税。
社会保険料。
住宅ローン残高。
を、
一枚にする。
私はこれを、
「人生後半の給与明細」
と呼びたい。
■ 60歳の誕生日に初めて給料を知る社会をやめる
給与がどうなるか。
契約がどうなるか。
年金はいくらか。
分からない。
だから、
念のため貯める。
これが不安を増やす。
55歳。
50歳でもよい。
かなり早い段階で、
複数シナリオを見せる。
65歳までフルタイム。
週4日。
60歳で転職。
65歳から年金。
70歳まで繰下げ。
それぞれ、
手取りはいくらか。
これを見えるようにする。
■ 解決策4――「60~65歳橋渡し所得」を考える
高年齢雇用継続給付という制度はすでにある。
だから、
ゼロから新制度を乱立させる必要はない。
むしろ、
これを、
単なる「給料が下がった穴埋め」から、
職業転換・技能更新・所得移行を支える橋渡し制度
として再設計する。
例えば、
大幅な賃金低下があり、
一定所得以下。
かつ、
働き続けている。
あるいは職業訓練を受けている。
人について、
一定期間支える。
■ ただし企業の低賃金を国が永久に補助してはいけない
ここには注意が必要である。
会社が、
60歳になったから半額。
残りを国が補ってください。
では、
企業側に処遇改善の動機がなくなる。
だから、
橋渡し給付は、
期間限定。
所得制限。
職務転換。
研修。
などと組み合わせる。
国が安い賃金を固定する制度にしてはいけない。
■ 解決策5――住宅ローンにも「60歳の崖対策」を入れる
60歳を超えて住宅ローンが残る家庭もある。
問題は、
借金があることそのものではない。
給与が大きく変わる時期と、
返済額が変わらないことだ。
そこで、
50代から、
返済計画を再点検する。
期間延長。
一部繰上返済。
返済額変更。
借換え。
などを、
本人の老後所得見込みと合わせて相談できる仕組みを強化する。
■ 家は人生を守る場所であって、60歳を縛る鎖にしてはいけない
住宅を買った。
30年ローン。
それ自体は普通である。
しかし、
会社制度が60歳で所得を変えるなら、
金融制度も、
それを前提に設計すべきである。
雇用だけ60歳。
住宅は35年。
年金は65歳。
では、
三つの時計が合っていない。
■ 解決策6――「定年」を一日ではなく5年間の移行期間にする
私は、
定年という考え方そのものを、
点ではなく線にしてもよいと思う。
例えば、
60歳から65歳。
フルタイム。
週4日。
週3日。
専門職。
研修担当。
など、
段階的に働き方を変える。
給与も、
仕事内容に合わせて滑らかに変える。
これを、
「ソフトランディング定年」
と呼んでもよい。
■ 飛行機も、突然地面へ落ちない
飛行機は、
着陸する時、
高度1万メートルから、
突然ゼロにはならない。
少しずつ高度を下げる。
速度を落とす。
滑走路へ入る。
ところが、
人生では、
59歳。
現役。
60歳。
定年。
再雇用。
という形で、
急に高度を下げる会社がある。
人間の人生こそ、
ソフトランディング
させるべきではないか。
■ 解決策7――60代にも「上へ行く転職」を用意する
60歳を過ぎた。
もう仕事は余生。
ではない。
60歳から、
新しい専門職。
別会社。
地方企業。
中小企業の経営支援。
教育。
観光。
介護。
など、
経験を生かして、
むしろ価値が上がる仕事もある。
60歳以上向け求人を、
「軽い仕事」だけにしない。
■ 60歳の経験を、人手不足企業へ移せばよい
大企業で、
部長を退いた。
しかし、
中小企業なら、
その経営経験が必要かもしれない。
製造大手で、
品質管理30年。
地方の中小工場には、
非常に価値があるかもしれない。
つまり、
一つの会社で値下げされた経験が、
別の会社では高く売れることもある。
必要なのは、
高齢者版の人材市場
なのである。
■ 解決策8――65歳を「突然の年金生活開始日」にしない
65歳になった。
今度は、
会社中心の所得から、
年金中心へ。
ここにも段差がある。
だから、
働きながら年金。
少し働く。
年金を繰下げる。
資産を少し使う。
など、
複数の組み合わせを、
簡単に比較できるようにする。
本人に、
「どれを選べばよいか」
分かる道具を渡す。
■ 年金制度は「金額」だけでなく「選び方」を教える
老齢基礎年金は原則65歳から。
繰上げ。
繰下げ。
という選択肢もある。
しかし、
制度を知っていることと、
自分にとって何がよいか分かることは別である。
平均寿命。
貯蓄。
健康。
仕事。
家族。
によって答えは変わる。
だから、
50代後半から、
無料で中立的な、
年金・仕事・資産一体相談
を受けられるようにする。
■ 解決策9――政策指標に「60歳所得維持率」を入れる
政府は、
65歳まで雇用したか。
70歳まで働ける制度があるか。
を調べている。
それだけでは足りない。
55~59歳の手取りを100とした時、
60~64歳で、
どれだけ残っているか。
仕事内容はどれくらい変わったか。
勤務時間はどうか。
本人が望んだ変化か。
これを調べる。
私は、
「高齢期所得移行率」
のような指標を作ってもよいと思う。
■ 雇用率99.9%だけでは見えないものがある
65歳まで雇える制度が、
99.9%。
これは立派である。
しかし、
その人が、
どんな仕事をしているか。
給料はいくらか。
本人は納得しているか。
生活できるか。
までは、
99.9%という数字だけでは分からない。
これからの政策は、
「働けるか」から「どう働けるか」へ
進む必要がある。
■ 解決策10――「老後政策」を65歳から始めない
老後政策というと、
年金。
介護。
医療。
を考える。
しかし本当は、
50歳頃から始まっている。
役職。
給与。
住宅ローン。
子どもの独立。
親の介護。
自分の健康。
この時期から、
人生後半の設計を支援する。
私はこれを、
「老後政策」ではなく「人生後半政策」
と呼びたい。
■ 60歳を「老後の入口」と決めつけない
60歳。
まだ働きたい。
なら働く。
少し休みたい。
なら減らす。
別の仕事へ行きたい。
なら行く。
勉強したい。
なら学ぶ。
完全退職したい。
それもよい。
重要なのは、
国家や会社が、
「60歳だからあなたはこのコース」
と一つに決めないことだ。
■ 一斉定年から「個別移行」へ
これからの日本では、
60歳。
65歳。
70歳。
という年齢は、
制度上の目安として残ってもよい。
しかし人生まで、
同じ日に切り替える必要はない。
59歳まで100%勤務。
60歳から80%。
63歳から60%。
65歳から年金併用。
あるいは、
65歳まで100%。
67歳まで専門職。
人によって違ってよい。
人生の出口を一列に並ばせない。
■ 翻訳係――60歳の崖は「階段」ではなく「エレベーターの床が突然下がる」ようなもの
今回の問題を、
建物に例えてみたい。
59歳まで、
普通の床を歩いている。
60歳。
その瞬間、
床が一段下がる。
給料。
役職。
雇用形態。
そして向こうを見ると、
65歳に、
年金という次の床がある。
しかし、
その間に5メートルの谷がある。
本人へ、
こう言う。
「気をつけて渡ってください」。
おかしくないだろうか。
政治の仕事は、
注意書きを貼ることではない。
橋を架けること
である。
■ 「節約してください」は政策ではない
60歳になります。
給料が下がります。
老後に備えて、
生活を見直しましょう。
もちろん、
家計管理は必要である。
しかし、
それだけでは政策とは言えない。
制度が作った段差なら、
制度側も段差を小さくする。
これが先である。
■ 60歳から旅行をやめる国は、本当に豊かなのか
長く働いた。
子どもも育てた。
住宅ローンも払った。
ようやく、
少し自由になる。
そこで、
「老後がありますから節約してください」。
人生には、
順番がある。
60代前半には、
まだ体力がある人も多い。
旅行。
趣味。
学び。
友人。
孫。
社会参加。
にお金を使える時期でもある。
この時間まで、
将来不安のために凍らせてよいのだろうか。
■ お金には「使える年齢」がある
80歳で100万円。
60歳で100万円。
同じ100万円である。
しかし、
できることは同じとは限らない。
旅行。
登山。
長距離移動。
新しい仕事。
学び。
体力のある時期だからこそ、
価値が高い支出がある。
だから、
60歳の所得急減は、
単なる金額問題ではない。
人生の時間価値の問題
でもある。
■ 「60歳の崖」は消費問題であり、少子化問題にもつながる
60代が不安。
だから、
資産を残す。
子どもへ十分早く渡さない。
若者は、
住宅。
結婚。
子育て。
の資金が足りない。
高齢者側には金がある。
しかし使えない。
若者側には必要。
しかし届かない。
以前の世代間資産問題とも、
ここでつながる。
■ 高齢者の安心と若者の資本不足は、別問題ではない
60代に、
「老後が安全だ」
という確信があれば、
自分で使う。
子どもへ早く渡す。
孫へ使う。
寄付する。
社会へ回す。
可能性が高まる。
つまり、
60歳の崖を低くすることは、
高齢者だけを助ける政策ではない。
お金を社会へ流す政策
でもある。
■ 「60歳だから縮む人生」を終わらせる
今までの日本は、
60歳という数字に、
多くを載せすぎた。
定年。
役職。
給与。
再雇用。
老後準備。
一度に切り替える。
しかし、
寿命は延びた。
働く期間も伸びた。
ならば、
制度の時計も伸ばさなければならない。
■ 最後に――人生は連続している。制度だけが崖を作ってはいけない
2025年、
65歳までの雇用確保措置を実施する企業は、
99.9%。
70歳までの就業確保措置を実施済みの企業も、
34.8%まで増えた。
2026年からの政府方針では、
2029年までに、
60~64歳の就業率79%以上、
65~69歳57%以上を目指している。
つまり、
国は明確に、
長く働く社会へ向かっている。
一方で、
賃金統計を見ると、
55~59歳から60~64歳にかけて、
平均賃金は下がる。
男性の非正規雇用比率も、
55~59歳の10.3%から、
60~64歳では41.3%へ大きく上がっていた。
そして、
老齢基礎年金の標準的な受給開始は、
65歳である。
ここに、
今回の矛盾がある。
働いてください。
でも条件は変わります。
年金は65歳からです。
それまで、
何とか調整してください。
これでは、
本人へ制度間の隙間を埋めさせている。
私は、
この60歳から65歳を、
本人の自己責任だけで渡らせてはいけないと思う。
必要なのは、
賃金の橋。
雇用の橋。
住宅の橋。
年金の橋。
そして、
情報の橋である。
55歳になった時、
これからの15年間が見える。
60歳になっても、
急に収入が崩れない。
仕事を減らすなら、
本人が選ぶ。
65歳になれば、
年金と仕事を自由に組み合わせる。
70歳で働く人もいる。
60歳で辞める人もいる。
それでよい。
大切なのは、
60歳だから貧しくなることを制度上の当然にしないこと
なのである。
定年とは、生活水準の定年であってはならない。
そして、
もう一つ。
60歳とは、人生を縮める年齢ではない。
人生後半の使い方を、自分で選び直す年齢である。
人生100年時代なら、
60歳は終点ではない。
折り返し地点に近い人さえいる。
だから、
60歳の誕生日に、
人生の床を一段下げる社会ではなく、
50代から70代まで、
なだらかな坂を自分で歩ける社会へ。
私は、
これからの高齢社会政策の目標を、
「長く働かせること」だけに置くべきではないと思う。
目指すべきなのは、
長く働いても、休んでも、学び直しても、生活が急に崩れない国。
その時初めて、
60歳は、
「生活を縮める入口」ではなく、
人生の第二幕を、自分で選べる入口
になるのである。
今回の中心概念は、**「60歳の崖」「老後前夜」「人生後半の給与明細」「ソフトランディング定年」**です。特に「雇用がつながることと、生活がつながることは同じではない」という一文が、制度の問題を端的に表しています。