「普通に生きる」ことが、なぜこんなに高くなったのか
――住宅・教育・税・社会保険料が奪う生活の余白
※2026年8月8日時点で確認できる厚生労働省、総務省統計局、財務省、国土交通省、文部科学省などの公表資料を基にしています。
■ 冒頭三行結論
日本人が急にぜいたくになったから、生活が苦しくなったのではない。
住む、食べる、子どもを育てる、教育を受けさせる、社会保障を支える、老後に備える――「普通に生きる」ために必要な固定費が重くなり、給料が増えても自由に使えるお金が残りにくくなったのである。
必要なのは一時的な給付金だけではない。政治の目標を「賃金を上げる」から、「必要な支払いを全部済ませた後にも、家庭にお金が残る社会をつくる」へ変えることである。
■ 「普通の生活」は、いつから高級品になったのか
まず考えてみたい。
いま私たちは、どんな生活を「普通」と呼んでいるのだろう。
豪邸に住むことではない。
高級車を何台も持つことでもない。
海外旅行へ毎月行くことでもない。
普通に働く。
雨風をしのげる家に住む。
毎日食事をする。
電気や水道を使う。
病気になれば病院へ行く。
子どもがいれば学校へ通わせる。
大学や専門学校へ行きたいと言えば、できれば応援したい。
そして自分たちの老後にも少し備える。
たまには家族で外食する。
年に一度くらい旅行へ行く。
突然、冷蔵庫が壊れても生活が破綻しない。
本来、これくらいは「普通の生活」であってよいはずである。
ところが現在、
この「普通」を維持するだけで、家計の相当部分が先に消えていく。
ここに日本の大きな問題がある。
■ 最新の賃金は上がっている――それでも問題は終わっていない
ここは正確に見ておきたい。
厚生労働省が2026年8月5日に発表した6月の毎月勤労統計速報では、現金給与総額は一人平均53万1,677円で、前年同月比3.4%増だった。
物価上昇を差し引いた実質賃金も、持家の帰属家賃を除く消費者物価指数で計算すると1.6%増となった。
実質賃金がプラスなのは明るい変化である。
しかし注意も必要である。
6月の給与には賞与が多く含まれる。
特別に支払われた給与は23万2,445円だった。
だから、
「給料が3.4%上がった。もう家計は大丈夫だ」
とはまだ言えない。
本当に問うべきなのは、
月給がいくら増えたかではなく、その給料から生活に必要なものを全部払ったあと、いくら残ったのか
なのである。
■ 2025年、収入は名目で増えた。しかし実質では減った
総務省の家計調査を見ると、この問題がよく分かる。
2025年の二人以上の勤労者世帯では、月平均の実収入は65万3,901円。
名目では前年比2.8%増だった。
ところが物価を考慮すると、
実質0.9%減。
一方、二人以上世帯の消費支出は月平均31万4,001円で、名目では4.6%増だった。
つまり、
収入は増えた。
しかし、支出はもっと増えた。
この状態では、
給与明細を見れば増えている。
銀行口座を見ると増えていない。
ということが起きる。
これが現代の家計の違和感なのである。
■ 物価上昇率が下がっても「昔の値段」に戻るわけではない
2026年5月の全国消費者物価指数は、総合で前年同月比1.5%上昇。
生鮮食品を除く総合では1.4%上昇だった。
以前より物価上昇率が落ち着けば、それは良いことである。
しかし、ここに大きな誤解がある。
物価上昇率が、
4%から1.5%になった。
これは、
値段が下がった
という意味ではない。
値上がりする速度が遅くなった
だけである。
一度100円から120円になった商品が、
物価上昇率が下がったから100円へ戻るわけではない。
だから家計には、
過去数年間の値上げが「新しい基準価格」として残る。
ここが非常に大きい。
■ 第一の壁――住宅
「普通に生きる」ために最も大きなお金が必要になるのが住宅である。
家を買わなくても家賃が必要。
家を買えば住宅ローンが必要。
人間は、
住まない、
という選択ができない。
だから住宅費は、
ぜいたく費ではない。
生存費である。
■ 住宅を持つ人には資産上昇、持たない人には値上げ
2026年地価公示では、全国平均の住宅地は5年連続で上昇した。
三大都市圏でも住宅地の上昇が続き、東京圏、大阪圏では上昇幅が拡大している。
ここには二つの日本がある。
すでに住宅を持っている人は、
「自分の資産が値上がりした」
となる。
これから住宅を買う若者は、
「必要なお金がさらに増えた」
となる。
同じ住宅価格上昇が、
一方には富。
もう一方には負担。
になる。
■ 住宅費が高い本当の問題は「毎月の余白」を奪うこと
例えば、
手取り40万円の家庭がある。
住宅費10万円なら、
残り30万円。
15万円なら、
残り25万円。
差は5万円。
一年で60万円。
10年で600万円である。
この600万円は、
単なる数字ではない。
子どもの教育費になる。
老後資金になる。
NISAの積立になる。
家族旅行にもなる。
突然の病気に備えるお金にもなる。
つまり住宅費が高いということは、
家の問題だけではない。
人生のほかの選択肢まで削っている
のである。
■ 第二の壁――教育
次は教育である。
子どもを育てること自体はぜいたくではない。
学ばせることも本来はぜいたくではない。
しかし教育費は、家計によっては非常に大きな負担になる。
文部科学省が2026年1月に訂正公表した2023年度「子供の学習費調査」では、幼稚園3歳から高校3年まで15年間の学習費総額は、
すべて公立なら約
614万円。
すべて私立なら約
1,969万円。
となる。
差は約1,355万円。
もちろん、
私立へ行かなければならないわけではない。
しかし、公立を選んでも費用はゼロにはならない。
■ 学校は公立でも、子どもの生活は無料ではない
制服。
教材。
給食。
部活動。
修学旅行。
通学費。
スマートフォン。
パソコン。
塾。
受験料。
大学進学。
こうした費用が積み重なる。
そして親は、
「子どもの将来だけは削りたくない」
と思う。
そこで自分の服を買わない。
外食を減らす。
旅行をやめる。
老後の積立を減らす。
一見すると、
普通に子育てしている家庭。
しかし内側では、
親自身の未来を削りながら、子どもの現在を支えている
ということが起きる。
これを「ぜいたく」と呼ぶのは違うだろう。
■ 第三の壁――税と社会保険料
そして給与から先に引かれるものがある。
所得税。
住民税。
健康保険。
厚生年金。
雇用保険。
介護保険などである。
もちろん、これらは無駄なお金ではない。
年金を支える。
医療を支える。
介護を支える。
失業時を支える。
社会を維持するために必要である。
問題は、
制度を守ることと、現役世代の暮らしを守ることの両方を実現できているか
なのである。
■ 国民負担率45.7%とは何を意味するのか
財務省によれば、2026年度の国民負担率は**45.7%**の見通しである。
これは租税負担率と社会保障負担率を合わせ、国民所得に対する割合を示したものである。
ここは非常に重要なので、誤解しないようにしたい。
これは、
「一人の会社員の給料から45.7%が天引きされている」
という意味ではない。
国全体を集計した指標である。
それでも、
働く世代にとって税と社会保険料が、家計を考えるうえで大きな存在であることに変わりはない。
■ 給料ではなく「手取り」、手取りではなく「最後に残ったお金」を見る
私は、経済政策を見る順番を変えた方がよいと思う。
現在は、
企業利益。
GDP。
平均賃金。
賃上げ率。
という順番で語られることが多い。
しかし家庭は、
その逆から見ている。
給料を受け取る。
税・社会保険料が引かれる。
住宅費を払う。
食費を払う。
電気・ガス・水道を払う。
教育費を払う。
交通費を払う。
そこで残ったお金から初めて、
貯金。
投資。
旅行。
趣味。
老後準備。
へ進む。
つまり家計にとって一番重要なのは、
最後の一行なのである。
■ 私はこれを「生活の余白」と呼びたい
例えば月の手取りが40万円。
必要な生活費が38万円。
残り2万円。
もう一つの家庭も手取り40万円。
必要な生活費が30万円。
残り10万円。
年収統計では、
ほぼ同じ家庭に見える。
しかし実際の生活は全く違う。
2万円しか残らない家庭は、
冷蔵庫が壊れただけで苦しい。
病気になれば赤字。
子どもの進学で借金。
旅行は諦める。
老後資金も作れない。
10万円残る家庭なら、
貯金できる。
投資できる。
楽しみにも使える。
失敗にも耐えられる。
つまり豊かさとは、
給与額だけではない。
「自由に使える余白がどれだけあるか」
なのである。
■ 第四の壁――老後まで自分で準備しなければならない不安
現役世代には、
もう一つ大きな支出がある。
まだ払っていない支出である。
老後である。
今の生活だけなら何とかなる。
しかし、
「老後2,000万円必要なのではないか」
「年金だけで暮らせるのか」
「介護費はいくら必要なのか」
と考える。
すると、いま使えるお金まで使えなくなる。
つまり老後不安は、
将来の問題であると同時に、
現在の消費を減らす問題
でもある。