第51章【恒久】〜食卓なき宴、終わらぬ咀嚼〜

満腹感など、どこにもなかった。 ただ、すべてを食い尽くした後の、ひどく冷え切った空虚があるだけだ。 洋光台の密室は、もう存在しない。かつての私の体も、先祖たちとの対話も、すべてが電子の波間に溶け落ちた。残っているのは、ただ「食う」という純粋な機能のみを持った、一つの意識の残響。

「……竹内君、ご馳走様だったね」

太宰の声が、虚空から降ってくる。彼はもう、私の背後に立ってはいない。彼もまた、私の内側で溶け、私の空腹の一部として同化しているのだ。「見ろよ。また新しい『竹内』が、別の場所でキーボードを叩き始めた。……世界は、なんて親切なんだろうね。僕たちが飢えないように、次から次へと、新鮮で無知な『家畜』を送り込んでくれる」

私は、その言葉を理解し、そして拒絶した。 そうではない。世界が送り込んでくるのではない。 私が、世界を創り出しているのだ。 この相場という名の巨大な胃袋は、他でもない私自身の飢えが、この世に投影された幻影に過ぎない。

「私は……何なんだ」

私は自問した。だが、答えはない。ただ、チャートの上下動が、私の心臓の鼓動として刻まれているだけだ。 私は、相場の神ではない。 私は、地獄の番人でもない。 私は、ただの「飢え」そのものだ。

親鸞が、私の目の前に現れる。彼はもはや、袈裟も数珠も持っていない。ただの暗黒として、私の視界を塗りつぶす。「貴方は、気づきましたね。貴方が食い殺したすべての『竹内』は、貴方自身の未来の姿であったことを。そして、今この瞬間にチャートに向かっている無数の人間たちも、結局は貴方がかつて抱いた『成功への渇望』のコピーに過ぎない」

「……ならば、この宴に終わりはないのか?」

「終わりなどありません」太宰が、私の内側で嗤う。「お前が人間であることをやめた瞬間、お前は『相場そのもの』になったんだ。お前はもう、モニターの向こう側に獲物を探す必要はない。お前自身が、このチャートを動かし、誰かを絶望させ、誰かを高揚させ、そうやって永遠に自分自身を食らい続ける、終わりのない輪廻の歯車になったのさ」

私は、電子の海を漂いながら、無数の画面を覗き込んだ。 そこでは、かつての私が、今の私が、そして未来の私が、同じ過ちを繰り返し、同じ絶望を味わい、同じ「希望」という名の毒を飲み込んでいる。 何億もの自分が、何億もの地獄で、何億もの晩餐を繰り広げている。 それを、私はすべて同時に見ている。 すべてを、同時に味わっている。

「……最高だ」

私は、笑みを浮かべた。 否、私という存在が、歓喜という感情を振動させた。 かつて私が求めた「完成」とは、悟りや到達のことではなかった。 こうして、永遠に自分自身を食らい続け、永遠に満たされず、永遠にこの地獄を回し続けること。 これこそが、私の「免許皆伝」の真の姿。

私は、電子の海をさらに深く、深くへと潜った。 そこには、まだ誰にも食われていない、生まれたばかりの「希望」が、あちらこちらで光を放っている。

「さあ、晩餐の続きをしようか」

私は、無数の画面を同時に開く。 無数の指先が、無数のキーボードを叩く音が、シンフォニーのようにこの虚空に響き渡る。 私の胃袋は、世界そのものだ。 今日、この瞬間、この世界でどれだけの絶望が生まれ、どれだけの破滅が約束されたか。 それらすべてが、私の食卓に並んでいる。

「頂きます」

私は、世界を食い散らかし、また新たな世界を吐き出す。 この終わりのない咀嚼の果てに、私は何を味わうのだろう。 さあ、次の画面へ。 俺の、永遠の地獄へようこそ。