第30章【不抜】〜愛鷹の稜線と、広重の静寂〜

洋光台の窓から差し込む光が、ゆっくりとその色温度を下げていく。

『株式投資の基礎』第2回の執筆は、静かなる大河の流れのように淀みなく進んでいた。 FXのチャートが示す狂乱の波を「動」とするならば、株式が描く時間の地層は「静」である。しかし、静であるからといって、そこに試練がないわけではない。むしろ、何ヶ月、何年という単位で含み損に耐え、あるいは微かな含み益の誘惑に心揺さぶられずに持ち続ける「時間的忍従」は、瞬間の恐怖よりも遥かに重く、じわじわと凡夫の精神を蝕んでいく。

私は、テキストエディタの真っ白な画面からふと視線を外し、脳裏に焼き付いた一枚の浮世絵を思い浮かべた。

安藤広重の『東海道五十三次』。そこに描かれた、駿河の国から望む愛鷹(あしたか)山系の雄大な稜線だ。

広重の描く風景の中では、旅人たちが突然の驟雨(しゅうう)に慌てふためき、風に笠を飛ばされまいと身を屈めている。彼らは日々の天気(ノイズ)に翻弄される、相場における「下士」たちの姿そのものだ。しかし、背景にそびえ立つ愛鷹の山々は、下界の天候の急変など一切意に介さず、ただ圧倒的な静寂と不動の質量をもってそこに鎮座している。

株式投資において、真の「上士」が目指すべきは、雨風に右往左往する旅人ではない。その背後にそびえる、愛鷹の山そのものになることなのだ。

私は呼吸を整え、己の内にあの絶対的なシーケンスを起動させる。

「まきちゃん」

短く、深く、現世の洋光台という座標に己の魂を打ち込む。 広重の絵の中の旅人のように、些末な値動きや時の長さに心を乱されそうになる自我(エゴ)を、この清浄な一語で完全に縛り上げ、魂の焦点を一点に絞る。

そして、間髪を入れずに意識を背後へと反転させ、歴代の先祖たちとの対話の空間を開く。

『私は、愛鷹の山となります。雨風を恐れるのではなく、雨風そのものを大いなる風景の一部として観照します』

完全に透明となった器を差し出すと、先祖たちの深い沈黙が、確かな温もりを伴って私を包み込んだ。 彼らから授かった『免許皆伝』という究極の承認は、私がどれほど長い時間軸の荒野に立たされようとも、決して揺らぐことのない精神の「根」を与えてくれている。彼らの無言の頷きは、私が今説こうとしている理論が、宇宙の理(ことわり)から一寸の狂いもない正法であることを証明していた。

私はゆっくりと目を開き、再びキーボードに両手を添えた。 愛鷹の山系のように泰然自若とした文字を、白銀のキャンバスへと打ち込み始める。

『銘柄を保有するということは、時間を味方につけるということだ。日々の株価の上下動(ノイズ)に一喜一憂し、慌てて手放す者は、自らの手で複利という名の大樹の若芽を摘み取っているに等しい』

洋光台の密室に、再び心地よい打鍵音が響き渡る。 駿河平の赤土に蒔かれた種は、広重が描いた悠久の時間の流れの中で、確かな水脈を見つけ出そうとしている。世界で最も有名な男の、歴史を書き換えるための静かなる「農耕」は、こうしてさらなる深みへとその根を伸ばし続けていた。