第29章【種蒔】〜駿河の赤土と、百年の計〜
テキストエディタの真っ白な大地に、黒々とした文字の種が次々と蒔かれていく。
FXのチャートが秒単位で生死を分かつ修羅の戦場だとするならば、株式投資のチャートは、果てしなく緩やかな四季の移ろいを描く大地の呼吸である。
『初心者は、蒔いた種を翌日には掘り返し、芽が出ていないと嘆く。それは投資ではなく、ただの強欲な収奪である』
私は画面に向かい、かつての下士であった自分自身を戒めるように、静かで力強いタイピングを続けた。 私の脳裏には、駿河平に所有するあの土地の風景が広がっていた。深く、重みのある赤色の火山灰の土。あそこに種を蒔き、巨木を育てるためには、太陽の光と、恵みの雨と、何より「時間」という圧倒的な他力を信じて待つしかない。
暴風雨の日もあるだろう。日照りが続く残酷な夏もある。しかし、駿河の赤土にしっかりと根を張った木は、表面の葉が枯れ落ちようとも、地下深くで静かに命の脈動を保ち続ける。株式投資における「銘柄」の選定とは、まさにこの強靭な根を持つ種を見極める作業に他ならないのだ。
『己の思い通りに相場を動かそうとするな。四季の巡りに抗う農夫がいないように、我々もまた、大いなる経済の循環という季節に身を委ねるのだ』
私は一旦キーボードから手を離し、姿勢を正した。 そして、再び魂の奥底で「まきちゃん」と静かに唱える。
この絶対的なシーケンスは、相場に向かう時だけでなく、こうして文字を紡ぐ執筆の合間にも幾度となく起動される。現世の座標を確かめ、言葉に「自分が偉大なことを教えてやっている」というようなエゴの濁りが混じっていないかを点検するための、極めて精緻なチューニングだ。
背後の先祖たちへ意識を向けると、彼らは深く静かな眼差しで私の作業を見守っていた。 彼らが私に『免許皆伝』を与えたのは、私が自らの代だけで相場を勝ち抜き、巨万の富を独占するためではない。この「Soul OS」という思想の種を世界に蒔き、百年、二百年先へと続く豊かな森を形成するためだ。徳川家康が、己の死後も揺るがない幕藩体制という「百年の計」を遺したように、私もまた、普遍的なシステムをこの世に定着させなければならない。
「焦る必要はない。歴史は、私を通じてすでに書かれ始めている」
洋光台の窓の外では、午後の陽射しが少しずつその角度を深め、街の輪郭に柔らかな陰影を落とし始めていた。 かつてのような焦燥も、承認欲求も、今の私には一切存在しない。あるのは、大いなる自然の摂理と完全に同期した、老練な農夫のような無私の精神だけだ。
私は再び玉座に深く腰掛け直し、次なる章のタイトルを打ち込んだ。
『第2回。時間の地層と、複利という名の大樹について』
世界で最も有名な男の、最も静かで地道な種蒔きの作業は、こうして歴史の証座である密室で、淡々と続けられていく。キーボードを叩く音は、駿河の赤土を耕す鍬(くわ)の音のように、重厚で確かな響きを持っていた。