竹内眞記雄 一代FX成長記 第二部
清く伸ばす修行――億を動かす器と、駿河平への帰還

第78章
しまう時刻を決める日――伸ばしながら、出口を濁らせない修行

第七十七章の夜、眞記雄は千三百四十円を清く終えた。

前日は、分かったつもりを見て取引なし。

その翌日、相場が教えた時だけ道具箱を開けた。

九割ロットで買った。

第一波には飛び乗らなかった。

押しを待った。

相場の理由と心の理由を分けた。

第一利確で半分を返した。

残り半分を建値へ移した。

条件が残る間だけ少し渡した。

条件が鈍ったところで残りを利確した。

二回目は見なかった。

そして、道具箱を閉じた。

ノートには、こう残した。

「道具を清く使う者は、使い終えた後に、静かにしまえる者である。」

そして、最後にもう一行。

「使い終えた道具をしまえる者だけが、次の相場で手を濁らせない。」

その一行を書いた時、眞記雄の胸には、小さな留め金が置かれたような感覚があった。

道具箱を開ける。

道具を使う。

使い終えたら、しまう。

それが一つの取引だった。

入口だけではない。

出口だけでもない。

出口の後に、心を戻すところまでが相場だった。

翌朝、眞記雄は少し穏やかに目を覚ました。

昨日は悪くなかった。

千三百四十円。

大きすぎない。

小さすぎない。

九割として、ちょうどよい。

しかも、二回目を見なかった。

道具箱を開け直さなかった。

そのことが、胸を静かにしていた。

だが、布団の中で、別の声が来た。

昨日は、しまえた。

ならば今日は、もう少し伸ばせるのではないか。

昨日は道具をしまえた。

だから、今日は少し長く持てるのではないか。

出口の後を整えられたなら、今日は出口までをもう少し伸ばせるのではないか。

その声は、落ち着いていた。

派手ではなかった。

だからこそ危なかった。

眞記雄は起き上がった。

水を飲む。

今朝の水は、少し冷たく感じた。

ノートを開く。

前夜の最後の一行を見る。

「使い終えた道具をしまえる者だけが、次の相場で手を濁らせない。」

眞記雄は、その下に書いた。

「今日は、しまえた自分を、伸ばす理由にしない。」

少し間を置いて、もう一行。

「伸ばすなら、出口を先に濁らせない。」

書いた瞬間、胸に小さな重さが出た。

利を伸ばす時、人は入口に集中する。

どこで入るか。

どのロットか。

どこまで伸びるか。

だが、本当に大事なのは、どこでしまうかだった。

保有中に、出口が濁り始める。

もう少し。

せっかくだから。

昨日より。

二千円まで。

前の高値まで。

あと一押し。

それらの声が出た時、出口は少しずつ曇る。

眞記雄は、さらに書いた。

「出口が曇ったまま伸ばすな。」

午前八時台。

ドル円は、前日の上昇を少し残していた。

だが、勢いが続いているというより、少し高い場所で休んでいるように見えた。

下押しは浅い。

ただし、上値も重い。

前日の高値付近に近づくと、少し売りが出る。

五分足は、細かく押しては戻す。

十五分足では、上昇の流れは残っているが、前日ほど素直ではない。

米金利は、やや上向き。

ユーロドルは、まだ重い。

ただし、昨日のように分かりやすくはない。

眞記雄は、すぐに判断しなかった。

ノートに二つの欄を作る。

今日の相場。
伸ばしたい理由。

今日の相場には、こう書いた。

前日の上昇の余韻あり。
下押し浅い。
前日高値付近で上値重い。
五分足、押して戻す。
十五分足、上昇は残るが勢いは鈍い。
米金利、やや上向き。
ユーロドル、重い。
ただし、東京前でまだ決め手薄い。

伸ばしたい理由には、こう書いた。

昨日、道具箱をしまえた。
今日は少し伸ばせそうな気がする。
前回より大きく取れるか試したい。
千三百四十円の次は、千五百円以上を見たい。
出口を濁らせずに伸ばせる自分を見たい。

眞記雄は、右欄を見た。

出口を濁らせずに伸ばせる自分を見たい。

また、自分を見ている。

相場ではない。

彼は書いた。

「伸ばせる自分を見たい日は、出口が濁りやすい。」

八時台は見送った。

九時。

東京勢が入り、ドル円は一度下へ振れた。

前日の高値付近で買った短期勢が、少し振り落とされる。

だが、下げは深くない。

すぐに止まる。

下ヒゲ。

戻す。

眞記雄は見た。

下は浅い。

だが、上もまだ遠い。

第一波ではない。

問いの前の揺れだった。

九時半。

ドル円は前日高値へ向かい始めた。

少しずつ戻す。

途中で押す。

押しは浅い。

再び上へ向かう。

前日高値の少し手前で、一度止まる。

眞記雄の胸が鳴った。

ここを抜ければ第一波。

だが、入らない。

第一波は問い。

第六十三章から、何度も学んだ。

値は前日高値を少し抜けた。

小さな陽線。

次の足で少し伸びる。

眞記雄は、マウスに触れなかった。

問いに飛び乗らない。

返事を待つ。

値は少し押した。

前日高値のあたりへ戻る。

そこを大きく割るか。

眞記雄は見た。

割らない。

小さな下ヒゲ。

再び上へ向かう。

第二波の候補だった。

彼はノートに相場の理由と心の理由を書いた。

相場の理由。

前日高値を小さく上抜け。
第一波後の押し浅い。
前日高値付近を大きく割らない。
五分足、下ヒゲ。
十五分足、上昇の流れ残る。
米金利、やや上向き。
ユーロドル、重い。
ただし、前日からの高値圏で上値追いすぎ注意。

心の理由。

昨日、道具箱をしまえた。
今日は伸ばせる気がする。
九割でまた清く扱いたい。
通常も少し考える。
千五百円以上を見たい。
伸ばす修行を続けたい。
出口を濁らせずに伸ばしたいが、その願い自体が少し濃い。

眞記雄は、長く見比べた。

相場の理由はある。

ただし、高値圏である。

通常では少し重い。

七割では軽すぎるかもしれない。

九割。

昨日と同じ九割ではない。

今日は、出口を決めて伸ばす九割だった。

だが、出口を決めずに入れば、九割は欲の道具になる。

眞記雄は、ノートに別の欄を作った。

しまう時刻。

そこに書いた。

第一利確で半分。
残り建値。
前日高値抜け後の伸びが続くなら、次の抵抗まで。
米金利鈍化、ユーロドル戻し、上ヒゲ連続、押し深まりのうち二つが出たら降りる。
二千円という数字では降りない。
二千円という数字では持たない。

眞記雄は、最後の一行を見た。

二千円という数字では降りない。
二千円という数字では持たない。

大事だった。

数字は、出口ではない。

条件が出口だった。

彼は書いた。

「しまう場所を決めずに伸ばす者は、伸ばしているのではなく迷っている。」

十時前。

ドル円は、押しを浅く止め、再び高値へ向かった。

米金利は、まだ上向き。

ユーロドルは重い。

条件は残っている。

眞記雄はノートに書いた。

「九割。買い。損切り固定。第一利確で半分。残り建値。出口条件を先に書く。伸ばすためではなく、濁らせずにしまうために入る。」

そして、買った。

約定音が鳴った。

九割。

胸は鳴った。

だが、今日は入口より出口を見ていた。

値は少し上へ進んだ。

含み益が出る。

すぐ止まる。

少し押す。

損切り位置は決めている。

動かさない。

値は再び上へ向かった。

第一利確候補へ近づく。

眞記雄は、いつものように早く取りたい声を感じた。

九割だから、まず半分を返したい。

しかし、予定まで持つ。

条件は消えていない。

やがて、値は第一利確候補に届いた。

眞記雄は予定通り半分を利確した。

すぐに残り半分を建値へ移した。

ノートに書く。

「半分利確。残り建値。ここからは、伸ばすより、しまう時刻を見る。」

この一行を書いた時、胸が少し静かになった。

半分を返した。

もう傷は深くならない。

だが、ここから欲が来る。

値は、半分利確後にさらに伸びた。

前日高値を少し上抜け、次の抵抗へ向かう。

残り半分に含み益が乗る。

眞記雄の胸に、声が出た。

今日は二千円が見える。

昨日より伸ばせる。

道具をしまえるようになったから、今日は持てる。

すぐに、彼はノートを見た。

「二千円という数字では降りない。二千円という数字では持たない。」

数字ではない。

条件を見る。

米金利はまだ上向き。

ユーロドルは重い。

ドル円の押しは浅い。

上ヒゲはあるが、連続ではない。

条件はまだ残っている。

眞記雄は持った。

しかし、心の中で、しまう時刻を見続けた。

伸びているから持つのではない。

条件が残っているから持つ。

値は次の抵抗に近づいた。

少し大きな上ヒゲが出た。

押す。

押しはまだ浅い。

米金利は上向きを保つ。

ユーロドルは重い。

条件は一つだけ鈍った。

まだ降りない。

眞記雄は呼吸を整えた。

水を一口飲んだ。

値はもう一度上へ向かった。

高値を少し更新する。

だが、更新幅が小さい。

次の足で、また上ヒゲ。

二つ目。

米金利の上向きが少し鈍る。

ユーロドルがわずかに戻す。

ドル円の押しが、さきほどより深くなる。

しまう条件が、二つ、三つと出始めた。

眞記雄は、残り半分を利確した。

合計利益は、千五百九十円だった。

二千円には届かなかった。

だが、昨日の千三百四十円よりは大きい。

通常ロットの千六百八十円には少し届かない。

九割で、よく伸ばした。

だが、今日の意味は数字ではなかった。

しまう時刻を先に書き、その時刻が来たらしまった。

眞記雄は、すぐに画面を閉じた。

二回目は見ない。

ノートに書く。

「九割。買い。第一利確で半分。残り建値。出口条件を先に書く。条件残り、少し保有。上ヒゲ連続、米金利鈍化、ユーロドル戻し、押し深まりで残り利確。千五百九十円。二回目なし。」

それから、もう一行。

「しまう時刻を先に決めたから、伸ばしても迷わなかった。」

この一行を書いた時、眞記雄は深く息を吐いた。

伸ばすとは、いつまでも持つことではない。

伸ばすとは、出口を曇らせずに、条件が残る間だけ相場に居ることだった。

午後、眞記雄はチャートを見なかった。

見たい気持ちはあった。

千五百九十円。

二千円まで、あと少しだった。

もしもう少し持っていれば。

その声が、すぐに出た。

だが、彼はノートを見た。

しまう条件は出ていた。

ならば、それでよい。

眞記雄は書いた。

「あと少しを追う者は、しまう時刻を壊す。」

夕方、少しだけ振り返った。

利確後、ドル円は一度上へ試したが、すぐに押し戻された。

しばらくもみ合い、その後、少し下げていた。

もし持っていれば、二千円に近づいたかもしれない。

だが、押し戻しで心が揺れたかもしれない。

結果では分からない。

今日の答えは、しまう条件が出た時にしまえたことだった。

夜、老人が現れた。

「今日は伸ばしたな」

「はい」

「二千円には届かなかったな」

眞記雄は少し笑った。

「はい。少しだけ、あと少しと思いました」

老人は頷いた。

「それで何と書いた」

眞記雄は答えた。

「あと少しを追う者は、しまう時刻を壊す」

老人は静かに笑った。

「それでよい」

眞記雄はノートを見た。

「今日は、しまう時刻を先に書きました」

老人は言った。

「それが伸ばす修行だ」

眞記雄は顔を上げた。

老人は続けた。

「人は、伸ばすことを保有時間の長さだと思う。だが本当は、出口を濁らせない時間の長さだ」

眞記雄は、その言葉を書いた。

伸ばすとは、出口を濁らせない時間を長くすること。

老人はさらに言った。

「今日の勝ちは、千五百九十円ではない」

眞記雄は、老人を見た。

「しまう時刻を決めてから伸ばしたことだ」

眞記雄は、その言葉をゆっくり写した。

しまう時刻を決めてから伸ばしたこと。

老人は言った。

「出口を持たない者の保有は、伸ばすではない。迷いだ。出口を持った者だけが、相場に預けられる」

眞記雄は深く頷いた。

出口を持った者だけが、相場に預けられる。

夜のノートに、眞記雄は一日の記録をまとめた。

「第78章。
前日、道具箱を開け、使い、閉じた。
今日は、しまう時刻を先に決めて伸ばす日。
朝、昨日しまえた自分を伸ばす理由にしそうになる。
東京、前日高値上抜け。第一波見送り。押し浅い。
相場理由と心理由を分ける。
九割買い。
第一利確で半分。残り建値。
出口条件を先に書く。
条件が残る間だけ保有。
上ヒゲ連続、米金利鈍化、ユーロドル戻し、押し深まりで残り利確。
千五百九十円。
二千円という数字では持たなかった。
二回目なし。
合格。」

最後に、一行を添えた。

「出口を先に清めた者だけが、利を伸ばしても心を濁らせない。」

その一行を書いた時、眞記雄の胸は静かだった。

今日は伸ばした。

だが、伸ばし切ろうとはしなかった。

二千円を追わなかった。

あと少しを追わなかった。

しまう時刻を守った。

竹内ブログを開いた。

今日は「出口」「伸ばす」「利確」と打った。

短い記事が出てきた。

利を伸ばすとは、出口を消すことではない。
出口を持ったまま、条件が残る時間だけ相場に預けることである。
出口を失った保有は、伸ばすではなく迷いである。
出口を先に清めよ。そうすれば、利益が伸びても心は濁らない。

眞記雄は、その一文を三回写した。

そして、自分の言葉を書いた。

「私は今日、長く持ったのではない。出口を持ったまま相場に居た。」

その一行を書いた時、竹内という名が、また深く胸に沈んだ。

この人は、伸ばすことを欲で見ていない。

出口で見ている。

持つことを強さで見ていない。

しまう時刻を守れるかで見ている。

だから、伸ばす修行は、ただの利益拡大ではない。

心を濁らせずに、相場へ一時預ける修行なのだ。

眞記雄は、画面に向かって小さく頭を下げた。

夜更け、彼は布団に入った。

千五百九十円。

二千円には届かなかった。

しかし、今日はその不足が、あまり胸を刺さなかった。

なぜなら、出口は先に決まっていたからだ。

出口が決まっている利益は、幻になりにくい。

しまう時刻を守った利益は、後悔に変わりにくい。

眞記雄は目を閉じた。

伸ばすとは、長く持つことではない。

出口を濁らせずに、条件が残る間だけ、相場に居ることである。

その夜、眞記雄の胸に、静かな一文が残った。

しまう時刻を持つ者だけが、安心して利を伸ばせる。

その一文が、億を動かす器の底に置かれた小さな留め金の横へ、静かな時計のように置かれた。