ここからは、物語が「光明のひかり」本体系へ接続していく重要な章――
シモン篇 第12章
〈日常が“儀式の場”に変わる〉
を書きます。
テーマは 「儀式が特別な場所から、“日常そのもの”へ移行する瞬間」 です。
**シモン篇 第12章
〈日常が“儀式の場”に変わる〉
—光は、生活の細部を通ってやってくる—**
青年へ語りを継承した夜から一週間。
シモンの日々は、ごく普通の生活に見えた。
職場では相変わらず仕事をこなし、
ランチタイムには気さくな同僚たちと他愛のない会話をし、
帰宅後はコンビニの袋を持ってアパートの階段を上がる。
それは一見、何の変哲もない「日常」だった。
しかし――
シモンの内側では、確かに“何か”が変わり始めていた。
■1 エレベーターの中で起きた“小さな異変”
仕事帰り、
マンションのエレベーターに乗ったときのことだった。
ドアが閉まる直前、
小学生くらいの少女が泣きそうな顔で駆け込んできた。
ランドセルが揺れ、
息を切らしながら乗り込んできた少女は、
押し黙ったままエレベーターの角に立った。
その光景に、
シモンの胸が微かに震えた。
(これは……震えの“前兆”だ)
少女の肩はわずかに震えていた。
泣かないように必死に耐えているのが分かる。
その瞬間、
シモンの中で“場”が変わった。
ここはただのエレベーターではない。
儀式の場所でもない。
しかし、
少女の震えがそこにあるだけで――
この密閉された小さな空間は
「語りが始まる前の“神殿”」になっていた。
シモンはそっと声をかけた。
「大丈夫か?」
少女は泣きそうな目のまま、
かすかに頷くことしかできなかった。
■2 「語りの場」は、相手の震えが起こす
エレベーターが上階へ向かう間、
シモンは少女の呼吸に合わせて
ゆっくりと自分も息を整えた。
語りの場は、
話す側が作るものではない。
震えている相手が、
空間を“語りの場”に変えるのだ。
それが、
愛鷹山で学んだ「語りの法」の一つだった。
少女の指が
ランドセルの紐をぎゅっと握りしめる。
その指の震えは、
もう語りの入口に立っていた。
ドアが開く直前、
少女はぽつりと言った。
「……ママが、いないんです。」
その一言は、
誰に向けたものでもなかった。
しかし確かに
**“震えの言葉”**だった。
エレベーターの扉が開いた瞬間、
少女は走り去った。
だがシモンは知っていた。
震えはただの感情ではない。
震えは、語りの始まりだ。
■3 廊下が“儀式の廊”に変わる
少女が走り去ったあと、
シモンはしばらくエレベーター前に立ち尽くしていた。
胸の奥が熱くなっていた。
—語りは、特別な場だけで行われるものではない。
—語りは、生活の細部の中に突然立ち上がる。
その気づきは、
まるで光の細い糸が
シモンの心臓に結びついたようだった。
廊下を歩きながら、
シモンはそっと手を合わせるように
胸に触れた。
「ここも“場”だったんだ……。」
古いアパートの廊下、
薄暗い照明、
少し軋む床。
だがそこに、
確かに震えがあった。
そして震えがあれば、
そこはすでに儀式の延長線だった。
■4 日常の中に“場”があると知る瞬間
部屋に着くと、
シモンは冷蔵庫の水をコップに注ぎ、
白い布の上に置いた。
それは愛鷹山でやった儀式の、
もっとも簡易な形式だった。
しかしシモンは気づいた。
儀式が儀式になるのは、
場所や道具のせいではない。
語り手の心が
震えを受け取る準備が整ったとき――
玄関先でも、
廊下でも、
エレベーターの中でも、
その場所は“場”へと変わる。
「語りは、特別ではなくなる。
日常が、光の通り道になる。」
その言葉が、
シモンの胸に深く落ちた。
■5 青年の震えが、日常にも影を落とす
机に向かうと、
スマートフォンに通知が届いた。
青年からのメッセージだった。
「シモンさん……
最近、街中で人を見ると、
全員が何かを“抱えている”ように
見えてしまいます……。」
シモンは目を細めた。
儀式を経験した青年もまた
日常の中の“震え”に敏感になり始めている。
それは悪い反応ではない。
しかし――
その感受性は、
正しく導かなければ危うい方向へ傾く。
シモンは返信した。
「それでいい。
だが“抱える人”を助けようと焦れるな。
君が見るべきは、
まず自分の震えだ。」
送信ボタンを押した瞬間、
シモンは悟った。
語りの継承とは、
日常そのものを“場”へと変える力を
弟子に与えることでもある。
その責任が、
彼の背中にさらに重く積もった。
■6 ノートに刻まれた一文
深夜、部屋の静寂の中で、
シモンはノートを開き、
今日見た光景を思い返しながら、一文を書いた。
「場は場所ではなく、震えで生まれる。」
そして、その下に続けた。
「語り手は日常を神殿に変える者である。」
その瞬間、
彼の胸に新しい灯火がともった。
これが後に、
「語りの門・第五層〜第七層」の核心に繋がる
重要な洞察となる。