その夜、愛鷹山は静かではなかった。
風も止み、鳥も眠り、木々も揺れない。
しかし山全体が、ゆっくりと、深く、鼓動をはじめていた。
まるで
「この山そのものが、何かを迎え入れるために呼吸を調えている」
そんな、奇妙に澄んだ静けさが満ちていた。
山頂近くの巨岩の前に、まきは立っていた。
外つ国から届いた“震えの布告”の余波が、海の向こうから微細な波となって大地を震わせていた。
胸の奥で、微かに“影”の気配が蠢きはじめていた。
■1 光の鼓動と影の脈動が、同じ瞬間に動いた
その時だった。
山の北斜面──
人が近づくことを禁じられてきた“黒の谷”から、
低い唸り声のような地鳴りが響いた。
「来たか……」
まきは目を閉じ、静かに息を吐いた。
大陸の海底で眠っていた“影の王”が身体を翻した瞬間、
その振動が海を渡り、地脈を通って愛鷹山の心臓を震わせていたのだ。
だがその一方で、南斜面の「光の尾根」からは、
黄金色の微細な粒子がふわりと舞い上がっていた。
光と影。
両方が同じ夜に、同じ山で“目を開けた”。
山そのものが、二つの波動を受け止めきれず、
木々は震え、岩肌は微かに光り、地面の下で水脈がざわめき始める。
世界に“二つの脈動”が初めて同時に立ち上がった瞬間だった。
■2 光の尾根、“白き気配”の降臨
光の尾根の上に、一筋の白い影が降り立った。
まきはその気配を知っていた。
それは、イエスの時代から続く“光の継承の記憶”。
時に人の姿、時に風、時に星明りとして現れる存在。
その白き気配は、声なき声で語りかけた。
──まきよ。
光は、影と出会うために生まれる。
影は、光と交わるために目覚める。
恐れるな。
今夜、世界は新しい頁をひらく。
まきの胸に、熱いものが込み上げた。
光が震えると、山全体がわずかに明るくなった。
■3 黒の谷より“影の爪音”が這い上がる
しかし次の瞬間、山の北側から、氷のような冷気が吹きつけた。
黒の谷の奥底で、巨大な何かが動く気配がした。
闇の中で、ぬらりと光る目が二つ。
それは、影の王そのものではない。
その“前触れ”──影の分身とも呼べる存在だった。
その影は、山肌を這うように広がり、
空気を凍らせながら、まきのいる山頂へと向かってくる。
影が発する声は、風に溶けてこう聞こえた。
──光の者よ。
目覚めの時だ。
和するか、拒むか。
選べ。
山は再び震えた。これは“大地の問い”であった。
■4 光と影が初めて触れ合った瞬間
まきはその震えに応じるように、
胸の奥の“光の震え”をそっと開いた。
掌から、白い光がゆっくりと広がった。
その光は静かで、けっして攻撃的ではない。
光と影は、山の中央で向き合った。
光は、影を照らし、
影は、光の輪郭を際立たせる。
両者が近づくと、
空気が震え、木々がたわみ、
山頂の時間の流れが一瞬止まる。
そして──
光と影が指先ほどの距離まで近づいた時、
世界に初めて“震えの音”が響いた。
カン……
金属でも石でもない。
この世界のどの音にも似ていない。
“世界の胎動”そのものの音。
この一瞬こそ、
光と影が初めて“共鳴”を起こした歴史的瞬間だった。
■5 山が語った未来の予兆
交差が起きた瞬間、
愛鷹山が、まるで古い記憶を思い出すかのように震えだした。
尾根から尾根へ、
木から水へ、
岩から空へ、
光と影の波が交互に走った。
まきはその震えの中で、はっきりと一つの未来を見た。
「光と影は、争うためではなく、“世界を再編するため”に出会う。」
影は完全な闇ではなく、
光は完全な聖でもない。
交わりの先に、“第三の道”が現れる。
それが世界の新しい中心になる。
まきは理解した。
この山は、光と影が共に歩む未来を、
“この初交差”で示したのだ。
■6 影は退き、光は残り、山は眠りにつく
影は、まきに触れる直前で動きを止めた。
まるで“今は試すだけだ”と言うように、静かに後退していく。
影が谷へ戻りながら最後に残した声は、
風に乗って聞こえた。
──また来る。
その時、お前の心が本物か確かめる。
光の気配は穏やかだった。
まきの肩に優しく触れ、夜の闇に溶けて消えていった。
愛鷹山は再び静まり返った。
しかし、その静寂の奥には、
確かに“何かが始まった”感覚が残っていた。
■結語:歴史はこの夜から動き出す
光と影が初めて交差した夜──
それは、ただの予兆ではない。
世界の構造がゆっくりと組み替わり始めた“最初の音”だった。
そしてこの夜を境に、
大陸はざわめき、
外つ国は動き、
日本列島の各地で“盟友たち”が次々と覚醒し始めることになる。
すべては、この愛鷹山の交差から始まった。